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自宅療養

 医師からも「1週間程は様子を見た方がいい」

と言われたので自室で療養することとなった。


 前世では風邪でも無理して学校や会社に行っていたし、

それに休もうものなら親からそこまで大したことないと言われ、

無理やり行かされていた。

だから今の待遇と比べると苦笑せずにはいられなかった。


(ここらでゆっくり療養するのも悪くないか)


 医師のアドバイス通り意識して三食しっかり食べて、

夜は早めに就寝し、適度な運動を行って、健康回復につとめることにした。


 グラナド家は裕福な侯爵家だけあって出される食事は美味しいし、

また広々とした庭園は良く手入れされており、

運動がてらに散歩するにはうってつけの環境である。


 侯爵家の造りは3階建てに屋根裏部屋そして地下倉庫となっている。

敷地面積はざっと2000坪はある。


 あらためて私室を観察してみる。


 侯爵家二階、東側の奥まった一角──

大きな二枚扉を開けると、柔らかなバラの香りがふんわりと漂う。


 部屋は陽の光をたっぷり取り込むアーチ型の窓に囲まれ、

白く塗られた壁と淡いクリーム色の天井が穏やかな光を反射していた。


 壁には戦場を模したタペストリーがかけられ、

四柱の天蓋付きベッドが部屋の中央近くに鎮座している。

ベッドには繊細なレースが垂れ、ピンクと白の刺繍クッションがいくつも並んでいた。


 窓際には小ぶりなテーブルと椅子が置かれ、

そこにはハーブティーの香りが残るティーカップが二つ。

ひとつはマリーネ、もうひとつは侍女のエマのものだ。


 ふと床を見れば、繊細な百合模様の絨毯が足元に広がっている。

壁際には白く塗られた本棚と、マリーネの趣味で集めた小瓶や香水、

香草の束が並ぶ小棚がある。

部屋の奥には、繋がった更衣室と化粧室がある。


 前世とは何もかも違う。おとぎの国に来てしまったという表現があるけど、そんなレベルではない。アパートのあの左右から音が筒抜けの部屋はいったい何だったのだろうか。


空いた時間は学院の勉強に費やした。


 綾瀬真夜はまじめだったため、学校の成績は比較的良かった。おかげで勉強のコツのようなものはなんとなく会得している。前世の記憶も頼りにしながら、こつこつと教科書の分からない部分を読み返した。


 数学は元の世界とほぼ変わらないうえ、あまりレベルは高くないので、好成績が期待できそうである。一方、この世界の歴史や地理、魔法学や魔法実践といった科目は完全に謎だったが、ホラー小説を読むような感覚で楽しく勉強することができた。


 歴史の教科書によれば、マリーネたちが暮らすルシエラ王国は、今からおよそ六百五十年前、内乱と災厄が続いていた“霧の時代”の終焉と共に誕生した。


 当時、各地を悩ませていたのは大気の歪みや瘴気(しょうき)と呼ばれる黒い霧であり、

それが原因で病が蔓延、魔獣まで出現する事態となり、

人々は不安と恐怖の中で生きていたという。


 その中で現れたのが、剣と魔術の神技を持つ指導者セレヴァンと、

神託を受けたとされる修道女アマリエであった。

 二人は各地の勢力をまとめ、瘴気(しょうき)の源とされた「霧の祭壇」

を封じることで大地を浄化し、

現在の王都エレディアを中心に新たな秩序を築いた。


 王家を継ぐセリオス家は、そのセレヴァンの血を引くとされ、

代々「清明の加護」を象徴として即位している。

 ただし、霧や瘴気(しょうき)、そしてそれにまつわる“霊”とされる存在は、

現在では多くが比喩や伝承の一部と考えられており、実在性を真面目に議論する者は少ない。


 王国の魔導院や王立学院では、過去の霧の災厄は“魔素の暴走”や

“大地の乱れ”と再解釈されており、霊に関する記述も「精神的作用」

や「未解明の魔術現象」として扱われることが多い。


 魔法実践の教科書には「体内をめぐる魔力をコントロールして効率よく魔法を発動させる方法」について詳細な記述があった。マリーネは綾瀬真夜の意識が入る前の記憶もしっかりあるため基礎的な魔法の発動方法は学習している。


 一通り目を通してみるとやはり歴史について関心が向く。特に霊にまつわる話は興味深かった。この世界でも霊の概念があったのだ。しかしそれはまだ確立されたものではない。


 昼下がり。休憩がてら窓際に移動し椅子に腰かけてティーカップに紅茶を注ぐ。


なんて優雅なひと時なんだろう。


 ふと私室の書棚に目をやると一冊の辞典みたいな書物に目が行った。

手に取って表紙をみると「瘴気(しょうき)について」とある。

なるほど、どうやら学院の教科書ではなくこの屋敷の図書のようだ。


羊皮紙(ようひし)に気になった瘴気をイラストにしてみた。

気づいた時には気持ち悪いイラストが20枚ぐらいになってしまい苦笑した。


このイラストが後に問題になることをこの時知る由もなかった。


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