2-1.鴻巣 蕾は一緒に暮らしたい
私、鴻巣 蕾は思う。
学生同士の恋愛であれば"愛"だけでほぼ全てのことを乗り越えられる。
なぜなら彼らには住む場所があり、食事や衣服も用意されて、なおかつ自由にできる時間もあるからだ。
だが、社会人の恋愛はそうはいかない。
まずは"お金"、何をするにもお金がかかる。
衣食住全てにお金が必要であり、それを稼ぐために働かなければならず、その疲労感を引きずり家事をこなし恋愛関係にも力を入れていくと自由がなくなる。
しかし、その自由…つまり趣味にもお金が必要なわけである。
このような話しをすると私の相方は「大変そうだね」と興味なさげに返事する事がほとんどだ。
"告白記念日"から数年経過し、私達は22歳となった。
一緒に住もうと勧めた物件は人気があり、翌日には【成約済み】と表示されていた。
勤務地から近く、2人以上、なおかつ家賃もこだわると中々いい物件には出会えない。
時間があれば様々なサイトを見たりするのは大変だが、新しく始まる生活を大切な人と迎えられると思うと嬉しさのほうが勝っていた。
現在どちらも実家暮らしで、そこまで切羽詰まった状態ではないのでマイペースに探そうとは思っている。共に暮らす場所を探す、その前に超えなければならない重要なことがある…それは"親への報告"である。
付き合っていることを知っているのは、会社の後輩である本庄 カナタさんだけであり、お互いの両親はしらない。
私が休日出掛ける事が多くなっているので、母は誰かとお付き合いしてるのでは?と薄々気が付いているようで、最近では出掛ける際にオススメの店などを勧めてくるようになった。
父は仕事が忙しいようで出張も珍しい事ではなく、家に帰れないことも多い。
私達の関係は知らないだろうが、昔から理解力のある方だと思ってはいるので大丈夫だろうとは感じているし、向こうの母親もまた同じタイプだ。
問題はお付き合いしている深谷 カレンの父親、深谷 道雄さんである。
学校の教師をしているのだが、厳しい教育方針を持っており、カレンが学生の頃は服装等指摘する事も多くマナーにも厳しい。
学校側でも"鬼の道雄"と呼ばれているくらい厳しいようだ。
そんな人に交際宣言、なおかつ交際相手は娘の幼なじみで隣に家族絡みで交流がある女性と知ったらどうなるだろうか...何回か脳内シミュレーションをしたが、殴られること5回、泣かれること2回、その場から出ていくこと多数、まだ交際は許されていない。
「大変そうだね」
先程の内容を彼女に伝えると、他人事のように答えカクテルを口にする。
前に会社で利用して以降、私達の行きつけの店となった【居酒屋~ミリオンバンブー~】。
休日前はここで飲むことが恒例行事となっており、本庄さんも誘い"女子会"を開く事も多く、今日は本庄も誘い、3人でお互いの悩みなどを吐露していた。
本庄さんは私の悩みを一生懸命聞いてくれて助かるし、助言もしてくれる…どこかの飲んだくれとは違う。
「ダメ元で言うしかないと思います。"案ずるより産むが易し"ですよ!」
本庄さんが力強く言う。
確かにそうだ…キャッチボールは相手にボールを投げなければ始まらないし、行動しなければ前に進まないのだ。
思考が優先してしまい、行動できなくなるのが私の性格、そこを本庄さんはわかってくれているのだ。
「ありがとう本庄さん、今度カレンの両親も誘って交際してる事を報告してみるよ」
チラっとカレンの方を見ると彼女も私を見ていた。
その表情は自信に満ち溢れており、この先何があってもこの人と一緒なら大丈夫かな?と少し思ってしまう。
「ところで蕾さん。私の方が年下なんですし、名前で呼んでもいいですよ?」
本庄さんがお酒を飲みながら言ってきた。
今更呼び方を変えるのも…とは思ったが好意にあまえることにした。
「わかったわ、カナタちゃん。
そうそう、話は変わるけどカナタちゃんお酒強いよね。私、お酒弱いのもあるけど美味しいとか思えなくて…」
「カレンさんは強い方だとは思いますが、私は強いほうなんですかね?…味で言うなら、蕾さん甘い飲み物よく飲んでますし、"カルーアミルク"なんてどうです?」
お酒の名前は多すぎて全て覚えてはいないが、その名前とどう言うものなのかは知っていた。
勧められるがままに注文し、私の前にそれはすぐ来た…リキュールを牛乳で割ったそれは、一見ミルクティーにしか見えなかった。
少し口にすると甘く飲みやすかったし、初めて美味しいと思える味であった。
好みのお酒を見つけた私はソフトドリンク感覚で飲んでしまった。
「もう…私とカナっちが止めたのにガバガバ飲むから…」
気がつくと自宅前の公園におり、ベンチでカレンに膝枕をされ私は横になっていた。
そうだ、無理しない方が…とカナタちゃんに止められたのに美味しいからと勢いよく飲んでしまったのだ。
頭痛と吐き気が襲ってきて、とても立てる状態ではなかった。
それでも彼女から頭を撫でられると少し楽になり、嬉しさで笑みが漏れる。
介抱されるのは以前バスで酔った時と合わせて2回目か、普段何も考えてなさそうでも、いざと言う時は頼りになる…それが深谷 カレンの長所であり、私が好きな所でもあるのだ。
「…大好き…」
思わず気持ちが口に出てしまう。
うん、と頷き頭を撫で続けている彼女は聖母の様であった。
「これから先、色々あるだろうけど、一緒に頑張ってこうよ。…私も好きだから」
カレンからの言葉が私に刺さる。
ベンチに座りながら上体を起こし、左にいる彼女の方を見た後、愛情が溢れて我慢できなくなり抱きついてしまう。
「ほんっと、蕾は甘えっ子だなあ」
「…カレンの前だけだし…これからも…よろしくね…」
彼女も私を抱きしめてくれた。
彼女の体温、心音、香り…全てが愛おしくかんじた。
私達は大人になってしまったが、今でも学生のように互いを思う"愛"さえあればなんとかなる…
そう思えた。
しかし、それは急に起こった。
「うっ…気持ち悪っ…」
多分、緊張の糸がとけたのが原因か吐き気が襲ってきた。
彼女に助けを求めようと抱きしめた腕をさらに強く握ってしまった。
朦朧とする意識の中、カレンの透き通る声が聞こえる…
「ちょっ、離して!吐くなら向こうで…力強っ…離れない!ヤダ、やめて…嫌っ、嫌ぁぁぁぁぁぁ…!!」
この事件から数日間、彼女は私とまともに話してくれなかった…
第二章更新し始めます。
マイペースになるかとは思いますがよろしくお願いいたします。