5.問いと答え~ハナミズキ~
「カレンどうしてるかな……」
8月は鬼のような忙しさだった。
普段は追い出し部屋が如く、仕事量も少ない私達の課であったが、流石に夏の暑さで飲料が売れる時期は違う。
普段、6人で行っている仕事もヘルプが入り10人体制になったり、朝と夕で行っていた仕事も夜を加えた3交替になったりと目の回るような忙しさであった。
あの、サボり癖のあったカレンも私から励まされたのがきっかけかわからないが、最近は仕事に対して真面目に取り組むようになった。
そして、気がつけば10月になっていた。
少し暖かい日もあれば肌寒い日もある季節で、私達の課の仕事量は日に日に減って行った。
様々な事に落ち着きが出てきたある日、私は気づく
私の最近の口癖が「カレンどうしてるかな……」
になっていることに。
仕事ではさすがに言わないがそう思うこと数回、家に帰って暇になると1人呟き、休日も外に出かけて呟く。
計測していないが、1日20回は軽く超えている。
こうなったのもあの時からだ。
事故とはいえ、唇を重ね合わせるなんて……
いや、多分最初から他の人には持たない特別な気持ちはあった。
それが告白されたのをきっかけに、好きと言う気持ちだったのに気づいてしまった……
そんなことを仕事が終わり、自室で寝転がっている時にでも呟いてしまう。
「カレンどうしてるかな……」
最近は忙しくて話せていないし、シフトも合わなくなっている。
電話をかければ出てくれるだろうが、電話は苦手だ。
電話の声は本人の声でなく、いくつものパターンから似ている音が使われていると何かで見てから苦手になった。
メッセージも滅多に送らない。
送信した後に簡単に取り消せないのが嫌なのだ。
私はこう、性格的にどうしても理屈っぽく考えてしまう……
携帯にメッセージがきた。
最近、会社で連絡用に作られたグループチャットに
「最盛期、お疲れ様会開催のお知らせ」
と課長からメッセージがきた。
翌日、いつものように出勤すると課長が仕事をしていた。
今日は課長と2人か、カレンどうしてるかな……。
「おはようございます、鴻巣さん昨日のメッセージ見ましたか?」
「あっ、はい見ました。強制ではなくてって書いてあったんですけど……その……参加する人たちって……」
少しオドオドしながら話す様子をみて、苦手な人とかいる?と課長は言うがそうではない。
私は首を横に振り、カレンが出席するか聞いた。
彼女は一番に参加表明をしたらしい。
それを聞いた私も参加することを決意した。
10月後半
駅近くの居酒屋~ミリオンバンブー~
こじんまりとした作りで、席もオープンタイプのテーブル席が2つ、個室タイプの席が2つ、カウンターがいくつかあるだけである。
そこで、最盛期の苦楽を共に戦った戦友と飲み明かすのが今回の目的だ。
私自身お酒は体質的に弱くあまり飲めないが、雰囲気は嫌いじゃない。
参加するメンバーも課長とカレン、他に本庄さんと越谷さんで、他の人たちは家族サービスでどこかに行っているらしい。
夜17時から集合だったが、私は最初に集合場所の居酒屋前に16時半についた。
次に来たのは越谷さんだ。
オフの日の彼もかっこいい、パンツに黒のシャツと着飾っていないが、彼が着ると様になる。
「お疲れ様、蕾ちゃん。私服かわいいね、それサロペットスカートって言うんだっけ?青、凄く似合ってるよ。」
汚れる可能性や匂いがうつる恐れがあったが今日は私なりにオシャレをしてきたつもりだ。
おしゃれ番長に褒められ少し安堵した。
続いて本庄さんと課長が現れた。
本庄さんはガーリー系で課長は、ザ・おじさんという感じである。
「全員……じゃないな、1人……深谷さんがいないな」
課長がそう言うと、また例の言葉を言ってしまう私。
それを聞いた本庄さんが心配し、カレンに電話しようとした直後、遠くの方から青いサロペットスカートを着た女性が走ってきた。
服装も同じだし、一瞬私のドッペルゲンガー?
と思ったが、
「遅れてごめんなさい!」
とあの、時にやかましくて安心する声を聞き彼女だと判断できた。
「では、皆さんお疲れ様でした!」
乾杯の音頭を課長がとる。
それと同時に各々グラスを合わせ乾杯をした。
最初は生で合わせたかったが、本庄さんが未成年のためソフトドリンクを注文していた。
お酒の味……この1杯のために生きているとか、のどごしがどうとか、体質的に弱いからなのかどうかわからないが、この気持ちは一生理解できないと思った。
靴を脱いで座る座敷型のテーブル席で、座る場所は会社の位置とほぼ同じ、ちがうのは越谷さんの隣に本庄さんがいる事だ。
本庄さんは周りをよく見てくれていて、誰かのグラスが開けば新しく注文したり、料理の皿が空いたらまとめたりしてくれていた。
また、越谷さんは接待で飲みに行くことが多いらしくお酒にも強く、課長はお酒の種類に詳しかった。
会社以外でのプライベートの姿、普段見ることのできない姿を見れてちょっとテンションがあがる。
テンションが上がる理由は他にもある。
まさかの服かぶりをした子の存在である。
今日もばっちり決まっている、いやいつも以上か?
その姿を横で見ていたらカレンがどうしたの?とアルコールで少し赤くなった顔で話しかけてきた。
最近遠くに感じていた距離がぐっと縮まる感じがして、なんでもないと否定するが、自然と笑みが出てしまう。
楽しい時間が過ぎるのは早い。
もう21時で飲み会は終わってしまった。
居酒屋前に少し皆で集まっていたが、未成年の本庄さんは帰宅、二次会に行く課長と越谷さんは繁華街へと消えていった。
私達もどうかと誘われたが、カレンが断ったので私も断った。
涼しい夜風が吹く、心地いい。
しばらく2人でブラブラとしていたが、少し疲れ自宅前の公園で休むことにした。
公園と行ってもブランコと塗装が少し剥がれた3人くらいが座れるようなベンチがあるだけの小さな所だ。
2人並んでベンチに腰掛ける。
先に私の右側にいるカレンが口を開く。
「あー、もう10月かー……もうちょいで1年終わるよ、あっという間だったね?」
「うん。色々あったよね」
「そうだね、色々……ね、蕾あのね……」
そうカレンが言い出そうとした時、私は彼女を不意に抱きしめてしまった。
深い理由はない、ただそうしたかっただけ。
カレンも一瞬びくっと驚いてはいたが、右手で私の頭を撫でてくれた。
「……今日集まりに遅れたでしょ、なんでだかわかる?」
質問に抱きしめながらカレンに顔を埋め、少し首を横に振る。
「今日アイツはオシャレしてくる、いつもオシャレしないアイツが!何を着てくる、考えろ……考えろ……
って思ってたら時間ギリギリになっちゃった。
この服、着てきてくれて嬉しかった……」
忙しくなる前、オシャレとは無縁の私に彼女は服を見立ててくれた。
それと同時にカレンにも似合う服をと私もショッピングモールの中を探しまわった。いざ合流し、決めた店も選んだ服も同じだった時は2人とも人目をはばからず大笑いし、お揃いの服を買っていた。
「懐かしいな……」
ふとカレンが儚げな表情で髪をかき分ける、いい香りがした。
……気がついたら私は泣いていた。
悲しくもないのに、何故か涙が止まらなかった。
カレンの服を濡らさないよう抱きしめた手を離し、持ってきたハンカチで涙をふく。
体は離れたが、私の右手と彼女の左手は離れていない。
「大人になって泣くとは……情けないぞー?」
いじわるな言葉、でも優しい声色。
電話なんかじゃこの声は再現できないであろう。
「なんか……涙、とまんない……どうしてだろう……どうして……」
落ち着くまでカレンは手を握ってくれていた。
やっと目からこぼれ落ちるものがなくなった。
時刻は23時ごろか、また夜風が吹くと少し肌寒く感じた。
「ごめんね、カレン。もう落ち着いたから」
「良かった。……蕾、そろそろ……」
「……うん……」
別れの時間が迫っているのがわかる。
家が隣で、明日もシフトが同じで会うことが決まっているのに、ここまでせつなくなるのは何故だろう。
そう思うと何も言わずに別れる訳には行かないと思い口を開く私。
「カレン、前から思ってたことあるんだ。カレンって不等号って知ってる?」
「んー……確か矢印みたいなの?」
座っている足で下の砂場に(>、<)と書いてくれた。
「そう、意味は矢印がむいている方が小さいって事なの、たとえば1<2みたいに」
それで?とカレンは答える。
「それでね、最初カレンから告白された時って、気持ちの大きさとか恋愛的な感情の大きさって、蕾<カレン だと思ってたの」
「実際そうだったでしょ?今だって……」
「ううん、違う、元々から間違ってた。
近くにいて気が付かなかったと言うか、見て見ぬふりって言うか……つまりね」
私も足で砂の地面に文字を書く、蕾=カレン と。
「つまり最初からこうだったんだよ、そこが間違ってたから色々悩んじゃったんだ」
「蕾……それで今は?」
書いた文字を足でさっさっと消し、左手で2人の間に不等号を書く。その矢印の先にカレンがいるように……
「答え待たせてごめんね、カレン。
……改めて深谷カレンさん」
「はい……」
フルネームで呼ばれ畏まるカレンを見て、私は軽く彼女と唇を合わせた。
「私、鴻巣蕾は深谷カレンさんの事が好きです。
誰よりも好き、ずっと好きでした」
その言葉を聞き静かに笑い始めるカレン。
しばらくするとその目にはうっすら涙が見えていた。
「嬉しい……こんなに嬉しいことないよ……」
「カレン、改めて本当に待たせてごめん。もう離さないから」
繋いでいた手をぎゅっと握りしめた。
泣きながらうん、うんと頷くカレンを見て私はこう思った。
この人と一生一緒に過ごしていきたい、と……
ハナミズキの花言葉…「永続性」「私の想いを受け取ってください」