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【百合】花が咲く~ハタチから始める恋愛生活~  作者: オウカ
一、蕾が花をつけるまで
3/18

3.デート(仮)~ミモザ~

「おめでとうございます!」

 ほんのりと暖かくなってきた6月上旬。

 休日で両親と共に、近くの商店街で買い物ついでに配られた福引で、無欲に箱からボールを取り出すと金のボールが出てきた。

 大きな声で祝福の言葉とカランカランと鐘の音がなる。商店街オリジナルの法被はっぴを着たスタッフの後ろの文字を見て、初めて特賞の【2人で行く!日帰り鴻巣名所巡りツアー】が当たったのだと気が付いた。

 後ろで喜ぶ両親を背に、特賞を当てた幸運者は、鴻巣に見る場所があるのかと失礼な事を思っていた。

 鴻巣市とは埼玉県の県央部に位置する市であり、埼玉で唯一の運転免許センターがある位で特に観光名所があったりする場所では無いのだ。


 自宅に戻ってもまだ子供みたいにはしゃいでいる両親達だが、当てた本人はチケットの内容を見て唖然としていた。

【開催日 6/27・開催時間 8:30~17:00・観光内容:さくらんぼ狩り、ホテルでのデザートバイキング、工場見学】

 言いたいことはたくさんあるが、まず朝が早すぎる。土曜日で仕事は休みだが、休みにこんなに早く起きたくない。休みとは仕事の疲れを癒すためにあるのだ。


 次に観光内容、さくらんぼとバイキングはいいのかもしれないが、観光場所の工場見学とは某大手飲料メーカーであり私が務めている会社のライバル関係にある。いくら緩い会社とはいえ、ライバル会社の工場見学なんて行っていいものなのか……

 いや、私が行かなくても両親にあげればいいのではとひらめいた。いらないと両親には帰り道それなりに伝えていたし、改めてその事を言おうとした瞬間母が、

「あ、その日私とパパ用事あるんだったわ!やっぱり当てたあなたが行きなさいよ!」と笑いながら言った。

 何笑ってるんだこの人達は……と心の中で毒づいたが恨んでも仕方なかった。

 転売禁止と書かれていたし、その証拠に観光地に自分が映った写真を撮り商店街へ提出しなければならないのだ。行かないと言うのも両親からなんと言われるか……


 次に誘う相手、後輩の本庄さんの連絡先知らないし、他の夕勤の人は土曜日も仕事あるんだったっけ…越谷さん!…誘うのに勇気いるなあ。手軽に誘える相手……手軽に誘える相手……

 頭の中で、内気でインドア派の私の友人達をトランプの絵柄に見立て、ダメと決めたら1枚づつ捨てていき候補から外していく。

 手持ちカードが少なすぎて泣きそうになるが、1枚だけ、しかもそのカードは光り輝いて手元に残っていた。


「誘ってくれてありがとう!」

 朝からやかましい声だ。深谷カレン、もうこの人しか私が気軽に誘える相手はいなかった。あっちも何か用事があるだろうとダメ元でメッセージを送ったらすぐ既読になり、OKと犬のスタンプが帰ってきた。

「今日もばっちりきまってるね、カレン……」

「そう言う蕾はいつも通りだね!」

 休日で会う時もカレンはトレンチコートを着て、茶色を主体とした大人っぽいコーデをしていた。一方私はジーンズに無地の青いTシャツを着ている。

 完璧にメイクされてる顔を見て、この人はオシャレしないと死んでしまうのか?と感じてしまう。


「バスツアーの方ー、集まってくださーい!」

 大型バスに乗り込み、私達は2人席のカレンが窓側、私は通路側へ座った。場所としてはバスの真ん中あたりで、バス酔いの心配は大丈夫そうかなと感じた。

 ふと、周りを見渡すと年配客が多く、子供連れもチラホラとおり満席で、このツアーにお金出すんだ……とまた失礼な事を思っているとバスが最初の目的地へ向かい始めた。

 バス会社のスタッフさんがマイクで今走っている場所の豆知識を披露しているが、地元の私には知っている情報ばかりだし、隣の人は窓の外の景色を見て私の名前を連呼しはしゃいでおり、眠くても眠れなかった。


 眠い目を擦り、最初の目的地である、さくらんぼ狩り畑まできた。辺り一面にさくらんぼがなっており、その瞬間、眠気よりも食い気が勝った。

「食べ放題の時間、60分だってー」

 のんきにカレンが言うが、変なスイッチが入ってしまった私は仕事人のような顔をし、「食らうよ、全部」とカッコつけてしまった。

 それを見たカレンは大笑いし、さくらんぼを一心不乱に狩っていた。

 甘酸っぱい味が口の中に広がる。

 今度個人でさくらんぼ狩りに来ようかなとさえ思うほど美味しかった。食べることに夢中になっていたが、カレンがさくらんぼを途中から食べさせてくれていたのだ。

 周りの人から私達はどう写っているのか……

 しばらくして食べ放題終了の時間がきた。観光場所である、さくらんぼ畑を背にカレンがスマホで写真を撮ってくれた。


「ねえ、カレンさくらんぼ全然食べてなかったんじゃない?」

 そう移動中のバスの中で聞くと、笑顔で

「食べられてはなかったけど、いっぱいうれしそうに食べてる蕾みれてお腹いっぱいになっちゃった」と言う。

 こいつ、持っている球種はストレートだけなのか…私の心の審判が大きな声でストライク!と宣言した。


 次はホテルでのバイキング。

 到着したホテルは予想以上に大きく、そして小綺麗だ。鴻巣にもこんな立派なホテルがあったのか、ウリは免許センターだけではなかったのか!と鼻の奥がツンっとして涙が出そうになっていた。

 今日の私はどうやら変なスイッチが入りやすいようだ。

 ホテルの中も広く、赤い絨毯が目を見張る。バイキングの場所も、至る所にスイーツがあり、多分この先一生かけても食べきれない量はあったと思う。

 また仕事人になりそうだったが、カレンはさっきあまり食べていないのを思い出し、私お腹いっぱいだからと嘘をついた。

 しかし、長年付き添っているのはカレンも同じで私の嘘を見破る。


「嘘だー!まだ食べれるでしょ?遠慮せずにじゃんじゃん食べよー!」

 この屈託のない笑顔を見るのは何度目だろうか、それでも見る度に私も笑顔になってしまう。

 ショートケーキ、タルト、パフェ……

 栄養士が見たら気絶するぐらい私達は食べた。また証拠写真を撮ってもらったが、私の顔は苦しそうになっていた。

 その表情を見た人ほとんどが、この人吐きそうになってると思うレベルに…


 バスの揺れがきつかった。食べ過ぎによるダウンで窓側に移してもらい、背中をカレンがさすってくれている。時折、大丈夫?と声を掛けられ、無言で頷く。

 ツアーの最初、うるさいとまで感じた声にこれほど安心させられるとは…


「最後の写真撮るよー!」

 工場の見学が終わる頃には私の体調は回復し、カレンが写真を撮ろうとしてくれていた時にふと思った。写真に収まっているのはずっと私だけ……

「待ってカレン!」

「ん、どうしたの?」

 スマホを構えている横から顔を出していた。

「あのさカレン最後は一緒に撮らない?……その……あ!あれ!ペアで行きましたって証拠で」

「私は別にいいよー当てた本人だけで大丈夫でしょー?あ、そんなに一緒に写りたかったのかなー?」

 最近子供っぽいとばかり思っていたけど、この人は私をからかったりするの好きだったんだと改めて実感した。


 バスが帰り道を走っている時、私はその中で色々な事を思い出した。このバスツアーが人気な訳、私もなんだかんだ楽しんだ事、吐きそうになって介抱されたりもしたっけ……

 隣で疲れて窓側にもたれかかって寝ているカレンその頭を私の肩の方に向けさせ、眠らせてあげることにした。

 ありがとう、カレン、楽しかった。心の中で何度言ったことだろう…


 後日、商店街へ写真を送り、カレンと撮った写真を私の自室で見ていた。カレンはいつの間にか私をたくさん撮っており、その表情はどれも笑顔ばかりだった。特に最後に工場を背景に撮った写真、これは2人とも最高の笑顔だ。

 後で気が付いたのだが、写真を見返している時ずっとカレンと手を繋いでいたのを思い出した。




 ……と、ここまでは良かったのだが、カレンが職場で旅行の自慢をし、ライバル会社を背に、最高の笑顔で映っているものを課長に見せてしまい、もちろん説教が始まってしまう。


 普段、温厚な課長があんな般若みたいな顔をするのかと2人は思ったのだった。

ミモザの花言葉…「友情」「感謝」「思いやり」

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