2.進展~サザンカ~
「おはよ、今日も可愛いね!」
親友と思っていた女性から好きだと"告白"されたあの衝撃の日から早2週間が経過していた。あまりの衝撃に3月9日のカレンダーに【告白】と大きく書いたのが懐かしくもあった。
そんな彼女が私の家の前で元気よく挨拶している。朝が弱い私と違い、カレンは迎えに来るほど元気で朝にはめっぽう強いのだろう。
会社にはビジネスカジュアルで来いと言われており、女性も合わせほとんどの人が毎日服装を選ぶのが面倒なのか、スーツで出社している中、カレンだけはオシャレに着こなそうと毎日服装を変えている。今日はロングスカートにハイネックニットの上にジレを重ねた黒のコーデだ。似合っているとは思うが、気合いが入りすぎである。
「ありがと……じゃ、行こっか」
低血圧ぎみの私に言われ、元気よく頷き一緒に出社する。やはり裏と表、何もかも正反対に感じる。
会社につくと、私の席の向かい側にいる仕事中の越谷さんがわざわざ立ち上がって挨拶してくれた。
「おはよう、今日課長出張だって」
紺のビシッとしたスーツ姿が高身長の彼によく似合っており、清潔感を感じるツーブロック。このまま何かの雑誌に載っていてもおかしくないレベルだ。
「おはようございます、越谷さん。課長いないのなら今日はなにします?」
「課長いないならダラダラしよーよー、タッツー」
席に座りながら話しかける。年齢はほぼ同じでも、会社の人には敬語を使わなければいけないと思う私と、基本的にはタメ口プラスあだ名で呼ぶカレン...ここでも違いが出ていた。
「タッツーって……辰己だからってそんなあだ名でよぶのカレンちゃんぐらいだよ?」
笑みを交えながら答える彼は、明らかに仕事が出来るオーラを醸し出している。
職場は朝と夕方で別れており、朝は基本的にこの3人、夕方からは別の3人になる。
たまにシフトがかわり夕方にも入ることがあるが、最近は固定化している。また、この越谷さんは別の部署からのヘルプでメインは営業をやっており、こちらに来ない日も多く、高校時代に見た求人票に【少数精鋭】と書いてあったなと思い出し、物は言いようだなと感じてしまう。
「タッツー、営業は?」
「午後からだよ、だから2時間ぐらいしたら外回りだね」
「あの……前から気になってはいたんですが、ウチの会社大丈夫なんでしょうか?」
不躾な質問だが、不安になって聞いてしまった。
パソコンを操作していた手を止め、むせるほど笑いながら大丈夫、大丈夫と言っていた。
「まあ不安になるのもわかるけどね。仕事がなくならないよう営業で取ってきてるつもりだから、蕾ちゃん達は安心してよ。ボーナスだってちゃんと出てるんだし、ね?」
笑顔で答えるその顔を見ていると、何か魅力的なような笑い方にどこか中性的なものを感じた。
越谷さんから与えられた仕事をする私と、対照的に明らか適当に仕事しているカレン。気がつけばお昼頃になっており、もうこんな時間かと慌てて高そうな腕時計で時間を確認すると一言挨拶をして足早に越谷さんは去っていった。
2人で手を振り、姿が見えなくなるとカレンがニヤニヤしてこちらを見てきている。言葉を発しなくてもわかる、これはよからぬ事を考えている表情だ。
「あのさー蕾」
「ダメ、ちゃんと仕事して」
「えー何も言ってないじゃん」と子供のように駄々をこねている彼女を見て真剣に言う。
「あのね、いくら2人っきりだからってダラダラしてたらダメなの。あのね、暇なの私達だけなんだと思う。営業の越谷さんだって頑張ってるし、他の部署の方だって外回りとかしてるんだよ?」
少しキツめに言い過ぎただろうか、明らかにしょんぼりしているカレンを見て、少し申し訳なさがつのった。しかし、労働の対価として給料が発生しているわけで今は仕事中、まして……そんな事を心の中で考えていると、「……だって2人っきりになれたから」としょんぼりしていたカレンが呟く。
2人っきり……そんな事態になることは最近はなかったが珍しい事でもないのだ。以前だったらカレン頑張れとか適当に励まし仕事をさせていたが、あの言葉を思い出して意識してしまう。
そっか、カレン私の事好きなんだっけ……
思えば思うほど緊張していく。手は少し汗ばみ、顔は赤くなっていく、おまけに心臓の音がうるさい…目の前にいる彼女も同じようになっているのかな?そう思っていたが、いかん!と思い首を左右にブンブン振り平常心を取り戻すようにし、カレンに伝える。
「カレン、私ね仕事できる人のほうが好きだよ。越谷さんみたいにキッチリやれなくてもいいから、たまにはサボってもいいからさ、私の前でだけはしっかりしていてよ、ね?」
「……うん、わかった……ごめんね、ちょっとだらけすぎたわ!」
そう言うと「んーっ」と声を出し、座りながら背を伸ばした。そして私の方を見ると、頑張ったら何かご褒美くださいと言った顔とキラキラした目を向けてこちらを見つめてくる。
物心ついた時から一緒に行動しているためツーカーとは言わないが大体は思っていることが分かるのだ。ひとつため息をついてから、いいよと私は頷いた。
「お疲れ様でーす!」
夕勤の3人が出社してきた。何かに夢中になっている時は時間が早く過ぎるようで、もう帰社時間になっていたのに気が付いた。
カレンもあの後一生懸命頑張っており、思い返すと落ち込んだり、単純なご褒美目当てで努力したり、子供みたいだなと自然に笑みが出てしまった。
「……何かいい事ありましたか?」
新卒で後輩の本庄 カナタちゃんが声をかけてくれた。
「いやっ、別に……それよりお疲れ様、私達あがりますね。」疲れ果てているカレンの肩を叩いて帰ろうと言うと力無く頷いていた。
いつもの帰り道、会社から家までは徒歩10~15分ほどであり、元陸上部であるカレンが全力を出せば一瞬で帰れそうな距離だったが、その彼女の足取りが重い。
「ほら、早く帰ろう?」
「……帰りたくない。」
「えっ……?」
子供のようにまた駄々をこねるのかと思ったら急に私の肩を掴んできた。
「頑張ったご褒美……もらってない……」その表情は疲れとうっすら泣いているようにも見える。
突然の事で驚いたが、私がよしよしと頭を撫でると少し落ち着いたのか、笑顔になっていった。
髪の毛が綺麗で手触りもよく、ずっと撫でていたくなる気持ちになっているとカレンは「ありがと」と呟くと肩から手を離し、また家へと向かっていく。その途中カレンから自分が仕事に対する取り組みはどうだったかと聞かれたので改めて今日の事を思い出す。
個人的にはいつもこのくらいして欲しいところだが、あんなにだらけていたカレンが必死に働いてくれていた…これって私のために…?…こんな事を思いながらの審査じゃ地元判定ぐらい甘くなってしまうのは当然だった。
「前半はダメだったけど、後半は良かったよ……一瞬……ほんの一瞬だからね?ちょっとかっこよかったよ!」
それから1ヶ月ぐらいのカレンは、会社の特例で臨時のボーナス(気持ちほどの商品券)を貰うほど頑張っていた。この子は本当に単純だ、そう思い返すとまた笑みがこぼれる。この先こんな事が沢山あるのなら私の人生は退屈しないだろうと感じた。
サザンカの花言葉…「ひたむきさ」「ひたむきな愛」