2-3.深谷 道雄は承諾できない(前編)
ついに交際を告白する"この時"が来た。
お互いの両親には「今週の土曜日に大事な話がある」と前もって伝えていて、決戦の場所は【鴻巣家】で行われる。
なぜ深谷家でないのかは、いつも私の家で集まることが多い事のが一番の理由だが、向こうのホームグラウンドで勝負したくないと言う個人的な理由もあった。
カレンの父、深谷 道雄さん…恐らく今回の事でどのような反応をするのかがわからない人物であり、正直私は平手打ちぐらいを食らう覚悟は出来ている。
その当日である今日、軽く食事をすませ一階のダイニングテーブルに6人全員が席につく。
6人掛けの席に私とカレンが並んで座り、左右にお互いの母、向かいに父同士と並ぶようになった。
いつもこの形で集まることが多く何も感じなかったが、顔の彫りが深く、ロマンスグレーの髪をしている彼は迫力がある。
この雰囲気、まるで悪い事をして職員室に呼び出されたような感覚だ…
長く、重い沈黙を破ったのは私だった。
「この度は集まっていただきありがとうございます。皆様には大事な話しがあると前もって伝えていましたが、その事について話そうと思います。それは…それは…」
…次の言葉が出てこない、これほど緊張するのは何年ぶりか。
左に座る彼女に目線を向ける、私の目を見て軽く頷く。
愛…愛さえあればなんとかなる…そう思いながら重い口を再び開いた。
「…私達付き合ってるんです」
言葉のキャッチボールと言うが、言葉とはボールと同じである。
私は交際していると両親達に向けボールを投げた。
相手からどのようなボールが返ってくるのか、優しい言葉の緩い球か、速球のような鋭い言葉か、あるいは球が返ってこないのか…
「そう…会社が休みの時に出掛ける事が多くなったから、お付き合いしてる人がいるのかなとは思ってたけど、まさかカレンちゃんだったなんて…」
私の母からボールが返ってきた、そしてカレンの母もそれを聞いて頷いており、表情を見る限り驚いてはいるが否定的ではない。
この2人は大丈夫、問題は父親達…どちらも腕を組んで目を閉じている。
「まあいいんじゃないか?お互いもう22な訳だし、大人だからな。
びっくりしたが一度限りの人生だ、好きにしなさい」
私の父が腕を組むのをやめ、なんとも言えない顔をし言い放つ。
その発言の後、皆の視線がカレンの父親、深谷 道雄へ集まる。
「あのね…」沈黙を破ろうとカレンが何か言おうとした瞬間、無言で席を立ち家から出ていった。
手塩に育てた娘に交際相手がいた、そしてその相手が女性ともなればこの反応をするのも無理はないし、私もこうなるだろうとは予想していた。
その後を追うように私の父も立ち上がる。
またも沈黙…しばらくして私の母がテーブルの上を片付け始め、カレンの母もそれを手伝っている。
「私、パパの所行ってみる…何かあるとパパ、河川敷に行くこと多いから多分そこにいると思うんだ」
軽く行ってくるねと呟き手を振ると家を出ていった。
私も後を追うべきなのだろうか…いや、これは深谷家で解決すべきでは…
そう思い、後を追うことをやめた。
翌日の日曜日、いつもの団欒がそこにはあった。
衝撃的な発表をしたから両親も何かよそよそしくなるのでは、と就寝前思っていたが、いざ顔を合わせると何事も無かったように朝食を勧められた。
席につき朝食の食パンを食べながら、昔から物事を悲観的に捕えないと言うか短絡的と言うか、よく言えば前向きなのが私の両親の特徴であったなと感じた。
あの後カレンには夜電話し、その時は出なかったが深夜に折り返しの電話があった。
大事な話しだから会って話したいと言われただけで何があったかの報告はなく、夜にいつもの公園で会おうと約束した。
そして気が付けば夜になり、私は約束していた場所である公園のベンチに座っている。
待つこと数分、彼女がゆっくり歩きながら来て私の隣に座った。
「昨日あの後…どうだったの?」
私の問いにカレンは首をゆっくりと大きく横に振った後、昨日のその後なにがあったかを説明してくれた。「あの後やっぱり河川敷にいてね、見つけた時は蕾のパパさんもいたの…多分パパさんが説得してくれてたみたいで、着いた時にはパパ落ち着いてたの」
「…それで?」
「結論から言うと"勘当"って感じかな?」
そうなるかもしれない…覚悟はしていたが、いざ現実になると次にどうすればいいかすぐ考えられずショックが大きい。
俯き深刻そうな私を見て、少し笑顔で話を続けてくれた。
「すぐってわけじゃないの、家を出ていくまでは今まで通りで、家を出ていく事になったら親子の縁を切る…って。
パパならそう言うと思ってた…その為に蕾も2人で暮らせる所探してくれてたんだし、正直勘当はキツイかなって少し思ったけど、親元から離れて生活するだけなんだって考えちゃえば全然辛くなかったよ」
私ならそうは思わないだろう、勘当されると言う事は繋がりを絶たれるわけで、この先何かあっても頼れない。
その事を考えていないわけではないだろうが、苦難があってもカレンは前を向いて歩こうとしている。
私もついていこう…それが彼女の想いを受け止めた物の責任なら…
少しの沈黙の後、バッグから紙を取り出し渡す。
それを受け取ったカレンは少し目を見開き紙に印刷されている内容を見て「これって…」と小さく言う。
「うん、新しい物件…仕事場からも今から変わらない距離で、私達が出せる家賃の許容範囲内。
先週ぐらいに事情を話したら、是非私達に住んでもらいたいって不動産の人が言ってくれたの。
内見とか色々してからゆっくりでいいから決めてくれて構わないって言ってくれてたし…どうかな?」
また泣かれるのでは…内心そう考えていたが、今回は真逆で満面の笑みを浮かべ喜んでいた。
「いいと思うよ!次の休みの日一緒に見に行こ!」
子供のようにはしゃいでいるのを見て、ここまで苦労したかいがあったと少しため息をついた。
ふと、自宅を見ると一階から部屋の明かりが漏れていた。
私は戻れる場所はあるけどカレンは…
この人を一生大切にしようと改めて決心した瞬間であった。




