1.きっかけ~アガパンサスの花~
「私、蕾のこと好きなんだよね」
2月よりも若干暖かくなり比較的過ごしやすい日が続いた3月の9日、幼なじみ兼会社の同僚の女性から言われた言葉、この時はまだこの言葉の重さ、そこに込められた想いなど知る由もなかった。
ここは株式会社D社。
飲料関係の販売をメインに、自販機の設置や整備、自販機の設置場所などの新規開拓の営業等を手広く行っている会社である。
地元の人間なら1度ぐらいは聞いたことがある会社だったが、近年の値上がりや人手不足により段々と勢いをなくし、今では埼玉の本社だけとなってしまった。
私がこの会社に入社したのが今から約2年前、物事ついた時から一緒に行動していたご近所で幼なじみの深谷 カレンに半ば強引に誘われたのがきっかけだった。
当時……今もそうだが、特に目標や、やりたい事もなく勉強ばかりの日々を過ごしていた時に、給料やボーナスはそこそこだが、通勤も徒歩圏内で仕事内容も楽そうだったので、内定を貰った時はここでいいかと就職活動を早めに切り上げたのを覚えている。
月日は流れるのは早い、もうここへ来て2年かと思い返しながら私は彼女の方を向き「暇そうだね」と一言返し仕事に戻った。仕事と言ってもパソコンを使い自社が開発したアプリを使用し、在庫の管理等をしているだけで、AIが進歩したら確実に仕事を取られるような内容である。
「えー、だって暇じゃん」
職場でそんな事言うことでは無いと思うのだが、カレンは肩ほどまで伸びた自慢の髪の毛先を指でクルクルと回しいじっている。
前から思っていたが、茶髪でワンカールパーマ、おまけにばっちりメイクされているのを見ると、オシャレを楽しみにここに来てるのかと感じてしまう。昔から彼女はイケイケな感じで私はどちらかというとインドア派、例えるなら陰と陽、コインの裏表ぐらい違うと思っている。
「……カレンはさ、例えばなんだけど…私のどんなとこ好きなの?」
「んー……まず背が小さくてお人形さんみたいな所と、髪型も姫カットみたいで可愛い!黒のロングって所も個人的に高得点かなー、あとは胸が大きい所も好き!高校の時確かGはあったから今は……」
恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだった、いや出ていたかもしれない。前者はさておき後者はどこで知ったのかはわからないが会社でそのような事は言わないでほしい。
あとはねー……と続けて言おうとしていたので、私は腰掛けていたデスクを勢いよく立ち、顔が赤くなってるのを隠すよう少し俯きながら課長のデスクへ向かった。
職場は間仕切りでいくつか別れており、私が所属しているデスクは左右に3席と端に1席課長の席がある。
私の席は通路から見て左の通路側、その隣にカレンがおり、課長席はその2つ隣だ。
課長の所へ向かった理由は2つ。カレンの話を遮るのが大きな理由と、課長がこの話を聞いて仕事中に何しているんだと怒ってはいないか様子を見るためであった。
「課長すいません」と話しかけると課長は操作していたパソコンの画面を素早く仕事でよく使う画面へと切り替えた。
切り替える前の画面がちらっと見えたのだが、
【積み立てNISA~】と書いてあり、課長も見るからに焦った様子で返事をしてきた。
怒られそうにないとホッとした気持ちと、この会社に就職してきて良かったのかと少し思う。
そんな事をしている内に定時の時間がきた。
私はパソコンで勤怠表に【9:00~17:00】と入力すると同時ぐらいにカレンから「帰ろっか」と声をかけられた。
自宅が隣同士なのもあり、帰社する時はだいたい一緒に帰っているのだが、その帰り道の途中、あの告白はどっちなんだろうと悩んでしまう。
好きと言うのは友人として好きなのか、はたまた恋人みたいなニュアンスでの好きなのか、いや、それ以前に私達は女性同士なわけで…そんな考えが頭の中でぐるぐる回っていた。
何かに気が付いたのか、前を歩いていたカレンが振り向いて俯き加減の私に「なんかあった?」と話しかけてきたので職場で言った"好き"と言う言葉の真意を聞いたのだった。
「あれ本気なの?」その問いにカレンは力強く真剣な顔で頷いたのを覚えている。
「それって、友達として好きって事?それとも……」
「んー……どっちも……ってのが正しいかな?ライクでもあるしラブでもあるって感じかなー」
「ラブ…」小さく呟いてみた。
私の事友達としても、女性としても好きなんだ。そう思うと嬉しさと恥ずかしさと困惑と……色々な感情が合わさって層を作っていた。
この層が重なって出来た色をなんと表現すればいいのだろうか……
「……いつから私の事好きなの?」
十字路で赤信号になり立ち止まったタイミングで質問すると、カレンは信号の方を見ながら顎に手を当てしばらく考えていたが、「ないしょ」とこちらを見ず答えるので、私はまたあの告白は冗談なのかと思いながらも彼女へ問いかける。
「ないしょって……まあいいけど、カレンはどうしたいの?告白したって事は私の事彼女にしたいってことでしょ?私達女性同士だよ?」
赤のままの信号を見ながら、
「どうしたいとかは考えてなかったよ。今まで通り仲良く喋ったり出かけたり…気持ちを知ってもらいたかったってのが1番かな?」
と答えたその直後、私の方を向き直し、満面の笑みで言われた。
「たまたま好きになった人が女の子だった…ただそれだけだよ。」
その笑顔を見てしばらく呆然としていた。
信号や街灯の光のせいか彼女の笑顔は一段と眩しく見えて、一瞬だけだがこの人と一緒にいる人生も悪くないかと思ってしまうほどだった。
とりあえず先程の発言は冗談には聞こえない、彼女が真剣なのが伝わった。
「……わかった、カレンが真剣だって事……私、普通に男性の方が好きだし、カレンの気持ちに答えられないかもしれない……でもね、考えが変わっていくかも。好意を寄せられて嬉しいとは正直に思ってる……だから、これからも一緒にいて、答えを出したいと思ってるの。今すぐ返事できなくて申し訳けど、必ず言うから!だから…」
口ごもっていると「そっか」と一言カレンが呟く。
「ノーって言われてないんだから……まっいっか!
蕾、私諦めないからね。」
決意表明にも似た事を宣言された後に「行こっ」と小さく言われた。
いつの間にか信号は青に変わっていた……
アガパンサスの花言葉…「恋の訪れ」「恋の季節」