ブラッドウルフとの戦い
西の空が徐々に朱に染まり、森の影が長く伸びはじめる頃。
その日リジーは森の中で、四体のブラッドウルフ に囲まれていた。
採取クエストの最中に偶然ブラッドウルフに接触してしまったからだ。
漆黒の毛並みに赤い瞳。獰猛な牙と連携した狩りを得意とする魔物。
群れで行動するこいつらを一人で相手にするのは、決して楽な戦いではない。
「……四対一」
リジーは静かにリュートを背から外し、指で弦を弾く。
静かな音色が、森の空気を震わせた。
「《魅了の魔歌》」
魔力を帯びた旋律が空間に響く。
その中の一匹、体格の大きなブラッドウルフがピタリと動きを止めた。
瞳が霞み、リジーを主と認識する。
「……あなたは、まずあの子を相手にしてちょうだい」
魅了された狼が牙を剥き、仲間へと飛びかかった。
突然の裏切りに混乱するブラッドウルフたち。
その隙に、リジーは再び指を弦に滑らせる。
「《眠りの魔歌》」
穏やかでゆったりとした旋律 が、別の一匹の狼を包む。
そいつは足元をふらつかせ、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「……とりあず二対一」
リジーはすぐに魅了したブラッドウルフを、もう一体の敵へと向かわせる。
獣の咆哮が響き、牙と牙がぶつかり合う音が森に響く。
これで、リジーと戦うのは一体だけ。
リジーは双剣を握り直し、襲いかかるブラッドウルフと正面から激突した。
1体目の撃破
鋭い爪が空を裂き、リジーの肩をかすめる。
彼女は紙一重でかわしつつ、流れるような動きで反撃する。
彼女の体を守る防具は、機動力を重視した軽装と胸と肘にある部分的なプレート。
そして太ももを薄く守るチェインだけだ。
刃が閃き、狼の前脚に深い傷を刻む。
しかし、それでも魔物は怯まない。
唸り声を上げ、牙を剥いて突進してくる。
リジーはそれを避けながら、的確に刃を振るった。
何度も攻防を繰り返し、ようやく狼の動きが鈍る。
隙を逃さず、一気に踏み込む――!
双剣が狼の喉元に食い込み、リジーはそれを一気に引き裂いた。
魔物が地に沈む。
しかし、戦いはまだ終わらない。
すぐ隣では魅了したブラッドウルフが、リジーの命じた敵と戦っていた。
お互いに噛みつき合い、血飛沫が地面に舞う。
リジーはすかさず戦いに加勢し、流れるような動きで双剣を振るう。
魅了された狼の攻撃で隙が生まれた敵に、一閃――!
鋭い刃が狼の急所を貫く。
ブラッドウルフが短く鳴き、地面に沈んだ。
その瞬間。
「……!」
眠らせていた2体目のブラッドウルフが、目を覚ました。
魔歌の効果は歌い続けたり、奏で続けなければ、さほど長く続かない。
その効果時間も自分のレベルが高ければ持続しやすく効果も高くなる。
しかし、リジーが行う戦い方には致命的な欠点がいくつかあった。
眠らせていたブラッドウルフへの効果が切れたことを察知したリジーは、すかさずリュートを構え、指を滑らせる。
「《魅了の魔歌》」
静かに響く旋律が、目覚めたブラッドウルフを包み込む。
目覚めたばかりのブラッドウルフのその瞳が霞み、リジーの支配下に落ちる。
しかし、その直後――
元々魅了していた1体目のブラッドウルフが、タイミング悪く魔歌の効果から覚めた。
「……眠りの魔歌は複数できるけど、魅了は1体しか出来ないんだよね……」
リジーが小さく呟く。
支配から解かれた1体目のブラッドウルフは、リジーを明確に敵と認識し、唸り声を上げた。散々魅了され、仲間を自分の牙で殺した怒りはこれ以上ないほどの憎しみをもってリジーに向かう。
「っ……!」
ブラッドウルフは牙を剥き、リジーに向かって突進する――!
しかし――
そのリジーの辿り着く前に、新たに魅了された2体目のブラッドウルフが咆哮を上げ、仲間だったはずの狼へと襲いかかった。
牙と牙が交錯し、地面に血が飛び散る。
最初に魅了していたブラッドウルフは執拗にリジーへと攻撃しようとしてくる。
ヘイトを高め過ぎて、いま魅了しているブラッドウルフへ注意が向かない。
リジーは双剣で攻撃を受け流しつつ、魅了したブラッドウルフへ攻撃指示をする。
「足を狙え」
すかさず仲間の足に食らいつき動きを止めたブラッドウルフ。
リジーはこの隙を逃さず、即座に戦いへと加わる。
――斬撃が閃く。
魅了された狼が敵を抑え込んだ瞬間、リジーの刃が深く突き刺さる。
ブラッドウルフが呻きながら、ついに沈んだ。
最後に残ったのは――
リジーと、魅了された1体のブラッドウルフのみ。
リジーはペット状態となっているブラッドウルフに注意しながら、ゆっくりとリュートを弾く。
「《癒しの音》」
柔らかな旋律が彼女の身体を包み込み、傷がゆっくりと癒えていく。
魔法の糧となるマナを持たない彼女は、歌と旋律の力 でその代用をする。
体の痛みが和らぎ、再び力が戻るのを感じる。
もしリジーに仲間がいれば、この魔歌の恩恵も彼らに及ぶ。
だが、いまはリジーだけだ。
僅かながら体力が戻ったリジーは呼吸を整え、双剣を握りしめた。
リジーは魅了を解き、ブラッドウルフと対峙する。
魅了から溶けたブラッドウルフは、リジーへの憎しみをあらわに激しく唸り声をあげ跳躍して来た。
――一撃、また一撃。
お互いが傷つき、体力が削られていく。
リジーの息が上がる。
体力が限界に近づいた瞬間、彼女は再びリュートを弾いた。
「《魅了の魔歌》」
狼が再び支配される。
その間に、リジーは癒しの旋律を奏で、自身の傷を回復する。
そして、再度魅了を解き――最後の決着をつけた。
ブラッドウルフが地に沈み、戦いは終わる。