ひとりぼっちの男
初めておじさんと話した日から約1週間が過ぎた。
僕はずっとおじさんのことを考えていた。どんな人なんだろう。なんでひとりぼっちなんだろう。なんで話し相手が僕しかいないんだろう。そんなことばっかり考えていた。
相変わらず親の態度は変わらず。毎日のように殴ってくるし、毎日のように怒号が飛んでいる。
そんな変わらない日々を送っていたけど、おじさんのおかげで少し心に余裕が出来た気がする。
僕にも話し相手がいて、愛情を貰ってる気がして。
嬉しかった。
親が仕事に行ったら、いつものように朝の公園に行く。そして、おじさんと初めて話したベンチに座る。
おじさんは来る時と来ない時がバラバラだった。
初めて喋った日からまだ会っていなかった。今日は会えるかなぁとワクワクしてると。「隣いいか?」っていう懐かしい声が聞こえた。
「おじさん!」
「坊主久しぶりだな」
「うん!」
「あとな、俺はおじさんじゃない」
「おじさんじゃないの?」
「まぁ、おじさんだけど。俺の名前はタクヤだ。」
「タクヤおじさん?」
「そうだ」
初めて名前を聞いた。タクヤおじさん!
なんだかとっても嬉しかった。初めて人の名前を聞いた。今まで学校にも行けなかったし、親以外と話す機会はなかった。初めての友達ができてすっごく嬉しかった!
「なぁ、坊主の名前はなんていうんだ」
「僕の名前?」
「そう、名前」
「えっとね、健太!」
「健太か、よし覚えた」
「僕もタクヤおじさんの名前覚えたよ!」
「ありがとな。じゃあ、今日から俺たちは友達だな」
「うん!」
初めて人に名前を呼ばれた。名前を呼ばれるってのはこんなに嬉しいものなのか。きっとみんなにとっては名前を呼ばれることなんて当たり前なのかもしれないけど。僕にとっては初めての体験でとっても嬉しかった
「なぁ、健太」
「なぁに、タクヤおじさん」
「お父さんとかお母さんに殴られたり、いじめられたりされてない?」
殴られたりはしてるけど、このおじさんに話していいのか正直分からなかった。話したことが親に伝わったらこの自由な時間は無くなるのではないか。せっかく話し相手ができたのにまた居なくなってしまうのではないか。そんな恐怖に駆られて
「されてないよ」
咄嗟に嘘をついてしまった。
結局僕はタクヤおじさんが助けようとしてくれてるのに居なくなってしまうかもしれないという恐怖から嘘をついた。
きっと、僕は一生抜け出せないのだろう。あの地獄から。
「されてないか!それなら良かった」
「急にどうしたの?タクヤおじさん」
「いや、少し気になっただけだよ」
「そうなの?」
「あぁ」
正直、嘘をついたことに後悔はなかった。怖かった。
せっかく僕1人の世界からたった一つの光が現れて、僕のことを照らしてくれたのに。
また真っ暗になって、ひとりぼっちになるのが怖かった。もうひとりぼっちにはなりたくない
「健太」
「なぁに?」
「俺はもう帰ろうかな」
「帰るの?」
「あぁ。また明日な」
「うん!」
タクヤおじさんが帰ったあと、僕はしばらくベンチに座っていた。寂しかった。
今日は最初の頃より長く話せていた。けど、時間はあっという間だった。楽しかった。
そのまま1時間近く人間観察したり、遊具で遊んだりして家に帰った。
夕方5時ぐらいになったらコンビニご飯を買いに行く。
いつもの道で、ひとり虚しく帰る。
家に帰ると、両親はもう帰ってきていた。
「おい、健太」
「はい」
「どこ行ってた」
「コンビニにご飯を買いに行ってました」
「俺がいる時間には家にいろって言ってんじゃねぇか」
「すいません」
今日はいつもより帰ってくるのが30分くらい早かった。いつもより帰ってくるの早いじゃん!って言いたかったが。そんなこと言えるような雰囲気じゃなかった。
今日の両親は一段と怒ってる気がした。
「健太」
「はい」
「今日児童相談所から虐待してませんかって連絡来たんだけどよ」
「お前、児童相談所の職員と話したりしてないよな」
最近話した人はタクヤおじさんしかいないけど、タクヤおじさんが何やってるのかなんて分からないし。
「話してないよ」
「お前は自由時間1人なんだよな」
ひとりじゃないよ。話し相手ができたんだ
そうやって自慢したかった。けど、話してしまったらきっとタクヤおじさんとは一生話せなくなる。
そんなのは嫌だった。
「1人です」
「お前はひとりのはずだよな。」
「お前に話し相手なんかいるはずないもんな」
「はい」
本当は、居るのに。言えなかった。
親が寝たあとのいつもの自由時間。
外でベンチに座る。なんだかいつもより寂しかった。
いつもと同じ時間。いつもと同じことをやってるのに
すっごく寂しかった。
きっと僕はこの夜の自由時間。いつも寂しくなるのだろうか。僕の心は暗い海の底に沈んでるように孤独なのかもしれない
あの地獄から抜け出したい。
もっと色んな人と話したい。殴られたくない。
奴隷のような人生を送りたくない。
そんなことを考えていると。涙が溢れてきた。
こんなこと初めてだ。
タクヤおじさんと出会ってから僕は変わったのかもしれない。タクヤおじさんが僕の人生を大きく変えてくれるのかもしれないなと、そう強く思った