御三家 ②
※本作中の挿絵・画像は自動生成AIによるものです。
イメージや雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。
なお、キャラクターの容姿や髪型、衣装などは
作中の描写と多少異なる場合があります。
あらかじめご了承ください。
そこから先、俺は二宮から――
気の遠くなるほど、長い長い話を聞かされる事になった。
それは歴史というよりも、
“忘れてはならない物語”だった。
二宮は畳に視線を落としたまま、
まるで独り言のように語り始めた。
「日ノ本乃國はな――
伊邪那美尊と伊邪那岐尊によって創られた」
その声は、どこか懐かしさを帯びていた。
天地も定まらぬ時代。
混沌の中から二柱の神が生まれ、国を生み、命を生み出した。
だが――
最後に生まれた神が、すべてを狂わせた。
「火乃加具土神じゃ」
炎の神を産み落とした瞬間、
伊邪那美は致命の火傷を負い、そのまま黄泉へと堕ちた。
命を生み、命に焼かれ、命を失った。
二宮は、そこで一度言葉を切る。
「伊邪那岐はな……それを受け入れられなかった」
愛する者を失い、
死という概念を理解できぬまま、
伊邪那岐は冥府へと足を踏み入れた。
だが、そこで見たのは――
もはや“神”とは呼べぬ姿へと変わり果てた伊邪那美だった。
「恐れ、逃げ出した伊邪那岐を……伊邪那美は呪った」
声が、低く沈む。
「一日に千の命を奪う、と」
それに対し、逃げ帰った伊邪那岐は叫ぶ。
「ならば一日に千五百の産屋を建てよう、と」
死と再生。
喪失と誕生。
それが、この国の根幹となった。
「呪いは禊で洗い流された」
伊邪那岐は黄泉の穢れを落とすため、
水に身を沈め、身を清めた。
その禊の中で、新たな神々が次々と生まれた。
左の眼から、天を照らす神。
右の眼から、夜を司る神。
鼻から、荒ぶる海の神。
「三貴神じゃ」
天を、高天原を。
夜を、月の世界を。
海と地を、荒ぶる世界を。
それぞれに役割を与え、伊邪那岐は自ら表舞台から退いた。
「幽宮に籠った」
それが、日ノ本の神話の始まり。
二宮は、そこでようやく顔を上げた。
「――これはな、神話ではない」
静かな声だった。
「この国が、どういう“理”で成り立ってきたか。
何を恐れ、何を受け入れ、何を繰り返してきたか。
その“記録”じゃ」
俺は、言葉を失っていた。
神話だと思っていた話が、
ただの昔話には聞こえなくなっていた。
――死と再生。
――呪いと禊。
――役割を与え、表から退く神。
どれもが、今、俺たちが置かれている状況と
どこかで重なって見えたからだ。
二宮は、そこで一度言葉を切り、深く息を吸った。
まるで、遥か過去の記憶を掘り起こすように。
「――そうしてな」
静かな声で、だが逃げ場のない調子で続ける。
「三種の神器を携え、地上に降臨したのが
天照大御神の孫、**邇邇芸命**じゃ」
部屋の空気が、わずかに張り詰めた。
「その血を引く者たちが、代々この地を治め、
やがて初代天皇――神武天皇へと繋がる」
長い、長い神話。
子供の頃に聞かされたお伽話と、歴史の教科書の文字列。
だが今は、それが“物語”では済まされない重みを帯びていた。
二宮は俺をまっすぐに見据える。
「――さて」
口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「そなた、いまの日ノ本の天皇陛下を知っておるか?」
一瞬、喉が鳴った。
反射的に、「皇――」
そう答えかけて、俺は言葉を飲み込んだ。
……違う。
なぜか、そう思った。
この場で、それを口にしてはいけない気がした。
俺が黙ったままでいると、二宮はそれを見逃さなかったのか、
にやりと、意地の悪い笑みを浮かべた。
「正解じゃ」
小さく頷き、断言する。
「今の日ノ本に、天皇はおらん」
その言葉が、重く落ちた。
「不在じゃ。神話の血を継ぐ“天皇”は、空席じゃ」
二宮は、淡々と続ける。
「その空席を、仮に埋めておるのが――
一宮。今は**“皇”**と呼ばれておる家系じゃな」
視線が、鋭くなる。
「代理に過ぎん。象徴であり、管理者であり、
“神話を維持する前提”でしか成立ぬ立場じゃ」
俺は、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
二宮は、遠くを見るように視線を落としたまま、ぽつりと言った。
「この世界はの……スタンピード事変以来、反転しおった」
反転。
その一言が、胸の奥に沈む。
「それまでの世は、理屈が先じゃった。
神話は物語、信仰は文化、畏れは迷信……
都合の良いものだけを残し、他は切り捨ててきた」
二宮は、ゆっくりと指先を組む。
「じゃが、スタンピードを境に、それが裏返った」
静かな声なのに、不思議と逃げ場がない。
「神話は“過去の話”ではなくなり、
歴史や伝記に埋もれておった名は、意味を取り戻した」
俺は、昨夜の出来事を思い出していた。
幽界、幻界、裁可、神の声。
確かに――
無かったことにされていただけだった。
「人が忘れ、軽んじ、笑い飛ばしてきた信仰や畏れが、
今度は向こうから歩いて出て来おったのじゃ」
二宮は、そこで小さく鼻を鳴らした。
「皮肉な話じゃろう?
信じなくなった途端、信じざるを得なくなった」
部屋の空気が、また一段、重くなる。
「神は消えてなどおらんかった。
ただ、人が“見ないふり”をしておっただけじゃ」
二宮の視線が、俺に向いた。
「スタンピードとは、破壊の災厄ではない。
忘却への報いじゃ」
言い切る声に、迷いはなかった。
「だからこそ、天皇という存在は“意味を失った”」
俺は思わず息を呑む。
「神が神であるなら、人がそれを名乗る理由はない。
神話が実在となった瞬間、
“象徴としての天皇”は不要になったのじゃ」
――なるほど。
神話が嘘だった時代には、象徴が必要だった。
だが、神話が真実になった世界では……。
「今の皇は、神の代わりではない。
神と人の境界を管理する者に過ぎん。
故に、天皇は役割を変え、調停に必要不可欠になったのじゃ。」
二宮は、苦笑にも似た表情を浮かべた。
「それが、この世界の“現在地”じゃ」
「……ここまで言えば、もう分かるじゃろ?」
二宮はそう言って、俺を見据えた。
正直なところ――
まったく分からなかった。
頭の中に放り込まれた情報が多すぎて、
理解する以前に、思考そのものが追いつかない。
神話、血統、政治、陰謀。
どれも一つずつなら分かる。
だが、それらが絡み合い、一本の線として示されると、
俺の頭は完全に悲鳴を上げていた。
言葉が出てこない俺を見かねたのだろう。
イザベリアが、そっと口を開いた。
「……閣下。恐らくですが」
その声は、慎重で、それでいて確信を帯びていた。
「御剣様を“器”として用い、
一宮様――いえ、皇様。
二宮様。
三宮様。
その三方の血を引く子を設け、
新たな天皇陛下に仕立てる……そういうお話かと」
場の空気が、一段、静まった。
「ただ……どうしても腑に落ちません」
イザベリアは眉を寄せ、続ける。
「なぜ、その御三方ご自身が、天皇の位に就かれなかったのか……」
その瞬間だった。
「――さすがじゃな」
二宮が、にやりと口角を吊り上げた。
「インペラトルの皇女。要点は、ほぼ正解じゃ」
俺は思わずイザベリアを見る。
彼女は、わずかに視線を伏せていた。
「元々はの、従来通りの話じゃった」
二宮は淡々と語り始める。
「宮家の間に子を設け、それを次代の天皇とする。
それだけの、単純な構図じゃった」
だが、と二宮は小さく息を吐いた。
「――現状が、あまりにも悪すぎた」
その言葉に、場の空気がわずかに張り詰める。
「政治と治安を担う三宮の一部が、暴走しよった」
二宮は、嘲るように鼻で笑った。
「皇――すなわち一宮の権威が肥大化しすぎ、
政治が、まともに機能せんようになったのじゃ」
「そこで連中は考えた」
指先で畳を軽く叩きながら、続ける。
「三宮との間に“自分たちに都合のいい子”を設け、
それを軸に、権力を取り戻そう、とな」
……なるほど。
政治的には、ありがちな発想だ。
「そこへ、龍華帝国の“嫦娥派”が付け入った」
二宮の視線が、一条へと向けられる。
「殺生石を使い、九尾を復活させる。
妲己伝説の“再現実験”じゃな」
「……そうじゃろ、一条?」
名を呼ばれた一条は、苦虫を噛み潰したような表情で、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
「龍華帝国からすれば、ただの実験。
だが、こちらからすれば――」
二宮は吐き捨てるように言った。
「とんだ迷惑じゃ」
その視線は、冷たく、鋭い。
「無能な政治屋どもにとっては、皇を引きずり下ろし、
自分たちの権力を取り戻す“最善手”に見えたんじゃろう」
だが、と。
「――前提が、致命的に間違っておる」
俺は、思わず口を挟んだ。
「前提……?」
二宮は俺を見て、にやりと笑った。
「獅子堂。なぜ、我らが天皇の位を継げぬか……分かるか?」
少し考えてから、俺は答えた。
「……確か、天皇は“男系”で、男性しか継げない、んだったか?」
「正解じゃ」
二宮は満足そうに頷いた。
「連中はな、既に“男児が生まれる前提”で話を進めておる」
その言葉に、背筋が冷えた。
「女児が圧倒的に生まれやすい、この時代にじゃぞ?」
二宮は、呆れたように肩をすくめる。
「夢物語にも程がある。机上の空論の上に築いた権力構想……」
そして、冷え切った茶を一口、啜った。
「……哀れな連中じゃ」
その一言が、妙に重く、俺の胸に残った。
「――さて」
二宮は、話を締めくくるように小さく手を叩いた。
「これで、此度の現状は理解できたかの?」
そう問われて、俺は言葉に詰まった。
理解――
確かに、頭では分かった。
神話が現実となり、血筋が意味を持ち、
政治と神事が絡み合って、
誰かが何かを企んでいる、ということは。
だが。
「……正直」
俺は、視線を落としたまま答えた。
「何をすればいいのか、分からねぇ」
「現状は、分かった。でも、俺がどう動けばいいのか……
何をしたらいいのか……」
自分で言いながら、情けなくなった。
「結局、俺はどうしたらいいんだ?」
その問いに返ってきた言葉は、驚くほど、あっさりしていた。
「――知らん」
思わず顔を上げた。
二宮は、何の感情も浮かべず、淡々と続けた。
「誰かが決めてくれる答えなど、どこにもありゃせん」
「最善の選択?そんなもん、後になってみなければ分からん」
二宮は、俺をまっすぐに見据える。
「何をするか。
何を守り、何を切り捨てるか。
何を“したい”のか」
「――それを決めるのは、お主自身じゃ」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥に溜まっていたものが、ずしりと重くのしかかった。
……無力だ。
京都に来てから、俺は一体、何をしていた?
危険な夜も……
神事も……
政治の話も――
全部、周りに流されて……
周りに守られて……
周りに助けられてきただけだ。
自分では、何一つ掴めていない。
「……情けねぇな」
小さく呟いた言葉は、
自分自身に向けたものだった。
その沈黙を破ったのは、二宮だった。
「そう言えばの」
何でもないことのように、二宮は軽く手を叩いた。
「もう一組、客人がおったわ」
その仕草に反応して、一条が姿勢を正す。
二宮に呼ばれて来たのは、朝倉さんだった。
「あやつらを呼んでまいれ」
「はっ」
朝倉は一礼すると、静かに部屋を出て行った。
……客人?
訝しむ間もなく、やがて縁側の方から、重い足音が近づいてくる。
金属が擦れる、低く鈍い音。
現れたのは――
銀色に磨き上げられた、豪奢な騎士甲冑を身に纏った一団だった。
一歩ごとに、床がわずかに軋む。
その中に。
俺は、見覚えのある姿を見つけて、息を呑んだ。
「……アリア?」
甲冑の隙間から覗く、確かに見慣れたその顔。
ノヴァリア神聖王国のアリア・ベルモントだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
本作に登場するイラストは、自動生成AIによるものです。
物語そのものを補足する「正解のビジュアル」ではなく、
あくまでイメージや雰囲気を楽しむための要素として見て頂ければ幸いです。
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