余韻
※本作中の挿絵・画像は自動生成AIによるものです。
イメージや雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。
なお、キャラクターの容姿や髪型、衣装などは
作中の描写と多少異なる場合があります。
あらかじめご了承ください。
ひととおり場が整え、
御剣とヴィヴィアンを部屋の端に寝かせると、
俺たちは休憩のためにお茶を出してもらった。
湯呑みに注がれた緑茶は、まだ湯気を立てている。
口をつけると少し熱いが、
その奥に、ほんのりとした甘みがあった。
……うまい。
舌に残る渋みと、喉を通るときの温かさが、
強張っていた身体の奥に、じわりと染み込んでくる。
さっきまで、世界そのものに押し潰されていたとは思えないほど、
この一杯は現実的で、穏やかだ。
落ち着く。
湯呑みを両手で包みながら、俺はゆっくりと息を吐いた。
その視線の先――
部屋の脇に、まだ一人だけ“現実に戻りきれていない人物”がいる。
二宮だ。
座り込んだまま、両腕で自分の身体を抱きしめ、
小刻みに震えている。
口元が動いている。
何かを、ぶつぶつと呟いているようだ。
……あれ、大丈夫か?
さすがに見かねて、俺は一条に小声で尋ねた。
「なぁ……二宮、あのままでいいのか?」
一条は一瞬だけ視線を向け、
苦笑いとも笑顔とも言えない、おぼつかない表情を浮かべた。
「……少し、お時間をいただきますね」
そう言って、一条は静かに二宮の側へ歩み寄った。
「おひいさま」
優しく声をかけながら、
二宮の肩にそっと手を置き、軽く揺する。
その瞬間だった。
二宮は、びくりと身体を跳ねさせ、
一条の存在を認識した途端――
まるで堰が切れたように、必死の形相でしがみついた。
「ど、どうしよ! 一条! どうしよ!」
声は裏返り、完全に取り乱している。
「百倍じゃ! 百倍と申したではないか!」
「我の小遣いで足りるか!?
いや、足りるはずがない!」
「屋敷を売るか!?
……いや、ダメじゃ! それはもっとダメじゃ!」
完全に錯乱状態だ。
「やばい! やばい! やばいぞこれは!」
「いったい、幾らになるんじゃ!?」
「一条! 一条!
どうする! どうすればよい!?」
一条は、逃げるでもなく、
黙って二宮を受け止めていた。
……さっきまで、
神の裁可を受けていた人物と、同一人物とは思えない。
ヤバイヤバイと混乱している二宮を、一条はそっと支えながら言った。
「落ち着いてくださいませ、おひいさま」
二宮の肩に手を置き、静かに息を整えさせる。
「今回の奉納につきましては――
大規模になる可能性を想定して、すでに準備は進めております」
「ほ……ほう……?」
二宮は縋るような目で一条を見る。
「も、もう用意してあるのか……?」
「はい」
一条は小さく頷き、少し考える素振りを見せたあと、淡々と続けた。
「当初想定しておりました奉納品の総額は、
およそ百万円相当でございます」
その瞬間。
二宮の顔色が、みるみる青くなる。
「……ひゃく……まん……?」
口の中で、数字を転がすように呟いた次の瞬間。
「――それの百倍じゃと!?」
声が裏返った。
「ひゃ、ひゃくまん……ひゃく……ばい……?」
指を折り始め、途中で止まる。
「……いち……じゅう…………おく……?」
二宮の口が、ぱく、ぱく、と動く。
「……お……おく……?」
次の瞬間だった。
ふっと、糸が切れたように二宮の身体から力が抜けた。
「……あ」
一条が受け止めるより早く、
二宮は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
完全に、意識を失っている。
俺はその光景を見下ろしながら、思わず苦笑した。
……魂、抜けてるな。
口元が半開きのままの二宮は、
まるで口から魂がふわりと抜け出ていったかのようだった。
一条は慣れた手つきで二宮を横向きに寝かせ、静かに溜息をつく。
俺はようやく状況を完全に理解し、心の中で呟いた。
百万相当の奉納品、その百倍相当を要求。
――そりゃ、倒れるわ。
一条は、意識を手放した二宮をゆっくりと寝かせると、
こちらに向き直り、柔らかく微笑んだ。
……大丈夫なのか?
俺がそう尋ねると、一条は一瞬だけ視線を伏せ、静かに息を吐いた。
「……なんとか、しなければなりませんね」
その声音は淡々としていたが、どこか覚悟を含んでいるようにも聞こえた。
そして、ぽつりと。
「……私どもの命で、事足りるでしょうか……」
冗談とも本気ともつかないその言葉に、俺は一瞬、返す言葉を失った。
冗談にしては重すぎる。
だが、本気にするには、あまりにも自然すぎる。
一条はそれ以上続けることなく、ふっと表情を切り替え、軽く手を叩いた。
「――さて」
場の空気を切り替える音だった。
「改めまして。裁可の儀、お疲れ様でございました」
そう言って、深く、丁寧に頭を下げる。
その所作は、
“個人としての一条”ではなく、
“役目としての一条”そのものだった。
俺は、率直に尋ねた。
「あれは……いったい、何だったんだ?」
一条は、少しだけ真剣な表情になった。
「――神事でございます」
短く、だがはっきりと。
「神の御本に招かれ、神の言葉を聴くための儀」
静かな声で、しかし一語一語を噛みしめるように続ける。
「人が神に願う場ではありません。
神が人を量り、裁き、条件を告げるための場です」
俺は無意識に、喉を鳴らした。
「獅子堂様」
一条は、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「……先ほどの言葉、どこまで“聞き取れましたか?”」
その問いは、理解を試すものではない。
「聞こえてるというより……」
俺は言葉を選びながら答える。
「……頭に直接、流れ込んできた、って感じだな」
一条は、わずかに目を細めた。
「それで、十分でございます」
静かに、断言する。
「言葉を“理解”する必要はありません。
意味を“記憶”する必要もありません」
「ただ――聞いて、在った」
「それだけで、奉見人としては合格です」
……合格って。
軽く言うが、落ちてたらどうなってたんだよ。
そんな思いが顔に出たのか、一条は苦笑して続けた。
「もっとも……」
視線を、倒れている二宮へと向ける。
「“裁可を受ける側”は、そうはいきませんが……」
その言葉に、俺は改めて思った。
――俺たちは、
巻き込まれただけで済んだ側だ。
だが、本当に矢面に立っている者は、もう逃げ場がない。
畳の上で眠る二宮と、その傍らに立つ一条の背中を見ながら、
俺はようやく理解し始めていた。
これは――
もう「祭り」や「事件」の段階じゃない。
神に認識された時点で、世界の歯車が一段、噛み合ってしまった。
そんな気がしてならなかった。
「あの……正直に申し上げますと、私には何も聞こえませんでしたわ」
イザベリアは控えめに視線を伏せ、一条にそう問いかけた。
「意味も分からず……結局、あれは何だったのでしょうか?」
その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「何も聞こえなかったって……どういう状態だったんだ?」
俺の問いに、イザベリアは少しだけ考え込むように間を置いた。
「……何と言えばよいのでしょう……」
やがて、慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。
「急に視界が真っ暗になったかと思うと、
とてつもない重圧が身体にのしかかってきて……
指一本、動かせなくなりましたわ」
その声は静かだったが、指先がわずかに震えている。
「喉元に刃を突きつけられたような……
いいえ、それどころではありませんでしたわね。
身の回り、空間そのものに、
無数の刃を向けられているような感覚で……」
イザベリアは、そこで一度言葉を切った。
「殺意に満ちた“何か”に包囲されているのに、
その正体も、意図も、まるで掴めない……」
「その中で、意味の分からない言葉だけが、
頭の中に洪水のように流れ込んできましたわ」
そう語りながら、彼女の肩がわずかに震えた。
「頭の中が混乱して……理性を保つだけで必死でしたわ」
最後の言葉は、かすかに掠れていた。
「正直……今こうしてここにいる私が、
本当に“私自身”なのかどうか……
確信が持てませんの……」
イザベリアはそう言って、自分の両手をそっと見つめた。
そこには確かに彼女の手がある。
だが、それを確かめるような仕草だった。
それを聞いた一条は、何も言わずに一歩近づいた。
そして、そっとイザベリアの手をそっと取った。
「大丈夫ですよ」
静かで、しかし確かな声だった。
「あなた様は、間違いなく
イザベリア・フォン・インペラトルです」
イザベリアの指先が、わずかに強張っているのが分かる。
「今は、何も考えなくて構いません。
安心して下さい。
ゆっくり、深く息を吸って……吐いて」
一条はそう言いながら、両手で包むようにイザベリアの手を握り、
小さく、一定のリズムでさすった。
まるで、現実に縫い留めるように。
「……大丈夫ですわ……」
イザベリアはそう呟き、言われるまま深く呼吸を繰り返す。
しばらくして、肩の力が少し抜けたのが分かった。
一条はそれを確認すると、そっと手を離し、視線を横に向けた。
「沙耶様は……大丈夫でしょうか?」
問いかけに、沙耶は静かに頭を下げひた向いた。
「はい。問題ありません」
淡々とした声だった。
「このような神事には慣れておりますので。ただ……」
一瞬、言葉を選ぶように間を置くと
「これほど明確に“神意”を感じ取れる儀は、
私も初めてでございました」
その言葉に、場の空気がわずかに引き締まった。
慣れている者ですら、初めてと断じるほどのものだったのだと、
今さらながら理解させられた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
本作に登場するイラストは、自動生成AIによるものです。
物語そのものを補足する「正解のビジュアル」ではなく、
あくまでイメージや雰囲気を楽しむための要素として見て頂ければ幸いです。
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