イザベリアの訓練 ①
画像は自動生成AIによるものなので、イメージや雰囲気で楽しんで下さい
キャラクターの容姿や髪型等は多少違ったりもします。
ダンジョンに入ると、空気が一変した。
湿った岩の匂い、暗がりに潜む気配、どこか遠くで鳴る唸り声――
まさに“竜の巣”と呼ばれるに相応しい、異様な圧が空間を満たしていた。
「黒野、進路は決まってる」
俺は、すぐ隣に立つ黒野に声をかけた。
「俺たちはこのまま中央にある階段――あの塔を目指して一直線に進む。雑魚は無視。邪魔なら狩る。基本は“駆け抜け”だ」
黒野は軽く顎を引いてから、周囲を見渡す。
「……中央の、あれか。塔みたいな構造になってるが、常に中心にあるのか?」
「ああ。このダンジョンは層が移っても、あの塔が常に“中核”だ。あれが次の階層への“鍵”になってる」
俺は足元の岩盤を蹴って、軽くストレッチを入れながら続けた。
「下層のドラゴン討伐が目的なら、塔を目指して真っすぐ突っ切るのが最速。脇道は全部無視。周囲の魔物に目を向けなければ、一日もかからない」
「なるほど……シンプルでいいじゃないか」
黒野は面倒くさそうに伸びをしながら、煙草を口から抜いた。
「じゃあ――薫、後は任せたぞ」
俺は、右足に力を溜め、全力で駆けだした。
「……行くか」
黒野もそう言って、一気に駆けだした。
閣下や黒野様は、ろくな前置きもなく、風のように駆けだして行ってしまわれました。
その背中を見送ったあと、私は深くため息をついた。
「……相変わらず、せっかちなお方ですわね。どちらも」
静かに呟いたその直後、私の隣で声が響きました。
「さて、私たちも行きましょうか」
振り向けば、整った戦闘服姿のまま、薫様――筆頭護衛官が左手の方向へと静かに歩き出していました。
その背に続くように、私たちも一歩、また一歩と踏み出す。
足元の土は柔らかく、湿り気を帯びている。
天井のないこのダンジョン空間は、さながら自然の山野のような構造をしていた。
「見ての通り、このダンジョンは中央の塔を軸に、森が環状に広がっています。あの塔が“中心”であり、すべての階層の基点になっているのです」
薫様が前を歩きながら、淡々と説明する。
私は周囲を見渡して、ひとつの疑問を口にした。
「……神崎様。フィールド系ダンジョンにしては、随分とこぢんまりしているように思いますわ。入り口から全体が見渡せるなど、あまり例がありません」
確かに、広さこそあるが、“見通し”が良すぎるのだ。
本来、フィールド型のダンジョンは大規模な地形を擁し、視界すら効かぬ森や山岳地帯を再現するのが通例。
だが、ここはまるで“制限付きの野外訓練場”のような空間だった。
「良い質問ですね、イザベリア様」
そう言って、神崎様は森の手前で足を止めると、こちらに振り返った。
「このダンジョンには、超大型の魔物が常時十体から三十体前後、生息しています。そして見てのとおり、半径およそ二百から五百メートルの範囲で構成されています」
そう言って、神崎様は周囲をぐるりと見回した。
「それが何を意味するか……お分かりになりますか?」
唐突な問いかけに、私は一瞬だけ沈思し、唇に指を当てながら答えた。
「……移動や戦闘に、一定の“制限”がある。そんな印象を受けましたわ。広いようで、逃げ場が狭い。動線が限られる、というか」
「的確な観察力です。イザベリア様の答えは、半分正解ですね」
神崎様は頷きつつ、今度は隣に立つ御影 沙耶へと視線を送った。
「御影様、いかがでしょう。補足していただけますか?」
沙耶様は一瞬だけ考える素振りを見せた後、冷静に口を開いた。
「……チェイン型。連鎖構造でしょうか」
「正解です」
神崎様は、満足げに笑みを浮かべた。
「このダンジョンでは、魔物のサイズが非常に大きく――小さいもので体長十メートル前後。大きな個体になると、五十メートルを超えることもあります。そのため、戦闘時の音や振動はかなりの距離に伝播します」
「つまり、一体と戦えば、周囲の魔物が反応する――ということですか?」
御剣様が、少しだけ青ざめた顔で尋ねた。
「そのとおり。連鎖的に反応し、次から次へと魔物が集まってくる。個別撃破が‘’必須‘’です。ですので、長期戦や無駄な交戦は最悪の結果を招きます」
神崎様は、森の奥へと視線を送りながら、静かに言葉を続けた。
「ここでは、“時間”そのものが敵になります。つまり――いかに迅速に、無駄なく、安全に魔物を排除するか。それが鍵となります」
「……最悪ですね」
私は、静かに呟いた。
森の静寂の中、その言葉は空気を震わせるように響いた。
逃げ場が限られ、連鎖が発生しやすいこの閉鎖的な構造――
戦闘そのものが“誘爆”のように波及していくというならば、それはもはや戦術というより“爆発物処理”に等しい。
「では、作戦の再確認をいたしましょう――と、申しましても」
神崎様が柔らかく口を開いた。
「主様――獅子堂様より、お二方に“実戦訓練”の場を設けて欲しいとのご命令がありました。そのため、私と御影様は、基本的にはサポートに徹します。よろしいでしょうか、御影様?」
「えぇ、それで構いません。そのつもりで私も来ましたので。」
「ありがとうございます。御厚意、深く感謝いたします」
神崎様はそう言って綺麗に御影様に頭をさげた。
「後、御影様はやめて下さい。私は当主では御座いませんので、沙耶とお呼びください。」
「大変失礼しました。以後お気をつけします。」
神崎様は言うが早いか、綺麗な所作ですっと頭を下げた。
「――それでは、始めましょうか」
その言葉と同時に、神崎様はふっと姿勢を低くし、次の瞬間には音速を切るような踏み込みと共に――
「はっ!」
ドゴォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃音が、森に木霊した。
巻き上がる風圧と、爆ぜるような空気のうねり。
私たちの目の前を、何か巨大な“質量”が横切った。
「――へ?」
思わず声が漏れたのは、私だけではなかったはずだ。
目の前を通過していったのは、信じがたいほど巨大な、白色の蛇型魔物。
体長は優に二十メートルを超えていた。
その頭部が、真横から鈍器でぶん殴られたかのように、ぶれた軌道で吹き飛ばされていく――
そしてその“衝撃の起点”に立っていたのは、たった一人。
そう。
無表情で、足を戻す神崎様の姿だった。
「……さきほどから背後に気配がありましたので、初手はこちらから失礼しました」
まるで“背後から小石を蹴った”程度の口ぶりで、さらりと。
「な……なん……」
御剣様が言葉を失って硬直している。
私はというと、あの瞬間――“何が起きたのか”を理解する間もなかった。
ただ、気づけば神崎様は蹴りを放ち、魔物は吹き飛んでいた。
(……これが、獅子堂閣下の筆頭護衛官――)
理解が、じわじわと冷汗とともに押し寄せてくる。
恐怖ではない。
威圧でもない。
ただ――“桁が違う”という現実を、肌で感じさせられたのだ。
私の背後で、沙耶様がぽつりと一言。
「……あの蹴り、普通に竜でも砕けそうですね……」
聞き捨てならない一言に、私は思わず振り返る。
「冗談……ではありませんわよね?」
「ええ、本気です」
沙耶の目は冗談ひとつない真剣そのもので――
その時、私の中で何かがカチリと切り替わった。
(――これは、絶対に足を引っ張る訳にはいかない)
「……御剣様、準備を」
「え? う、うん!」
私たちの訓練は、既に始まっていたのだ――!
「さて、あれは……ギガントサーペント、でしょうか」
私は、静かに目を細めながら呟いた。
巨大な白蛇、その名の通りの巨体は、神崎様の蹴撃を喰らって地面に横たわり、ビクン、ビクンと痙攣している。
「意識が朦朧としているようですね。ふふ……仕留めるなら今ですわ」
私はスカートを翻しながら一歩踏み出すと、左手に持ったショートバレル型の魔導銃――《シュヴァルツヴァイス》のエネルギーラインに魔力を流し込んだ。
紫紺色の魔力が銃身を包み込み、静かな駆動音が軽く鳴る。
「では――」
その一言と共に、私は優雅に地を蹴った。
一気に間合いを詰め、沈むような姿勢から白蛇の顔面へと跳躍する。
虚ろな目をした白蛇。その瞳孔のど真ん中へ、私は銃口をぴたりと突きつけた。
「Requiescat in pace 安らかに眠りなさい」
囁くように告げながら、私は静かにトリガーに指をかける。
だが、その瞬間。
――ズゥッ……。
ギガントサーペントの巨体は、まるで黒い霧のように溶け、空へと消えていった。
「……え?」
私は思わず声を漏らす。
私がトリガーを引くより先に、すでに息絶えていたらしい。
どうやら、さっきの神崎様の一蹴――あれだけで、すでに致命打になっていたようで。
……っ、恥ずかしいです……!
あれほど気合いを入れて、決め台詞まで用意していたのに……!
まるで舞台の上で台詞を噛んだ役者のような気分です。
せめて撃つ前に気付きたかった……。
思わず顔を覆いたくなるほどの羞恥心を押し隠しながら、私は背筋を伸ばし、涼しい顔を装うことにした。
皇女としての威厳は、こういうときにこそ試されるのですから……。
私は羞恥の念を押し隠し、優雅な足取りで元の場所へと戻った。
すると、神崎様が小さく頭を下げた。
「……イザベリア様、先ほどは申し訳ございません」
「いえ、あの一撃で絶命しているとは思いませんでしたわ。私の早とちりです」
そう言って、私は微笑みながら軽く肩をすくめた。
仕草のひとつひとつに気品を纏わせながら、心の中では静かにため息を吐く。
皇女の威厳とは、こうして保たなければならない。
――が、その優雅な間を壊したのは、沙耶様だった。
「ですが、葵様には減点ですね」
彼女は柔らかい口調ながらも、どこか冷たい声音でそう言い放った。
「そうですね。本来なら、御剣様が前線を務め、イザベリア様が後衛支援に回るのが理想的な配置かと存じます」
「……それは……」
御剣様は視線を落とし、言葉を濁した。
「“ダンジョンで呆けていれば死ぬ”と、常々申し上げておりますよね?」
沙耶様の双眸が御剣様を鋭く射抜く。
その姿は、普段の柔和さとはかけ離れた、護衛としての“躾け”の相であった。
神崎様も穏やかに笑ってはいたが、その微笑みの奥にあるものは冷徹な現実を突きつけるものだ。
「このダンジョンは、他と違って規模も魔物も桁違いです。大怪我では済まされません。“死”が隣にあるということを、どうかお忘れなく」
「……はい、ごめんなさい……」
御剣様は素直に謝罪なさったが、どこか気落ちしておられる様子。……少し心配ですね。
「では、ドロップ品の確認を」
神崎様がさっと話題を切り替え、ギガントサーペントの残骸へと近づいていく。
そして、その手に収めたものを私たちに見せた。
――それは、まるで血の結晶のように輝く巨大な宝石だった。
「レッドスネークアイ……」
私は思わず呟いた。
蛇型魔物から稀に得られる“スネークアイ”。
魔法の触媒にも、装飾品にもなる高純度の魔力結晶。
その中でも赤色を呈するものは極めて珍しく、さらにこの大きさ……人の上半身ほどある宝石など、聞いたことがない。
「アルビノ種……それも特大サイズ。これは……一級品ですね」
元来、スネークアイは黄色や青が基本だが、アルビノ種は生得的に瞳の色素を持たず、代わりに血液の赤が透けるため、鮮紅の宝石となる。
その鮮やかな赤が、光に照らされて宝石のように輝く様は美しくも、どこか恐ろしさを孕んでいた。
だが、真に恐ろしいのはその大きさの宝石を悠々と片手で掴み持ち上げている、神崎様の身体能力ではないでしょうか……
「――しかし、これはまた珍しいですね」
神崎様は、片手で掲げたレッドスネークアイを陽に透かしながら、感嘆の息を漏らした。
「アルビノ種自体が稀少にもかかわらず、さらにこのクラスの瞳がドロップするとは……」
その言葉を耳にした瞬間、私はハッとして御剣様の方を見た。
案の定、沙耶様が額に手を当て、軽く首を振っていた。
「……それは、葵様のユニークスキルの影響でしょうね」
沙耶様はどこか遠い目をしながら、淡々と説明を始めた。
「葵様のユニークスキルは《反転》。まだ完全には解明されていませんが……ダンジョン内における“確率”を反転させる性質があるのでは、というのが私たちの見解です」
「つまり……レアドロップの確率が高くなるのですね?」
私がそう問いかけると、沙耶様は静かに頷いた。
「はい。単にアイテムのドロップ率が上がるだけならば良いのですが……このように“希少種”や“ユニーク系”の魔物そのものが出現しやすくなる傾向が見られます」
「……ということは、もしかして……」
「ええ、ダンジョンの難易度そのものが、間接的に上がる可能性がありますね」
その返答に、私は再び御剣様を見た。彼は「へへへ……」と苦笑いを浮かべている。
まったく、呑気というか、無邪気というか……。
閣下や黒野様が彼のスキルを“非効率”だと評した理由が、ようやく私にも分かってきた気がする。
「……やはり効率だけを求めるのであれば、御剣様の同行は向かないかもしれませんわね」
私が内心でそう結論を下した矢先――
ズドォン!!
凄まじい衝撃音とともに、私の視界の端でギガントサーペントが爆散した。
気づけば、神崎様がもう一体の巨大蛇を蹴り上げて、頭部を吹き飛ばしていたのだ。
「――おしゃべりはこの辺にしておきましょうか」
空中でゆっくりと回転する赤い魔宝石――レッドスネークアイを、神崎様は片手で無造作にキャッチする。
……私と沙耶様が、同時に小さく息を呑んだのは言うまでもない。
顔が引きつっていたとしても、仕方のないことだと思うのです。
画像は自動生成AIによるものなので、イメージや雰囲気で楽しんで下さい。
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