黒野の過去 肆
画像は自動生成AIによるものなので、イメージや雰囲気で楽しんで下さい
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「結局のところ、何が言いたい。」
俺は率直に黄泉に聞いた。
黄泉は目を細め、キセルを吹かせながら静かに問い返す。
「時夜はんには、わっちや此処がどう見えるでありんすかえ?」
俺は黄泉の言葉を受けて、あらためて周囲を見渡す。
果てのない夜の星空と華豊かな大地。
そして目の前には、ただならぬ気配を纏う二人の女性。
「俺には……幻想的な風景の場所と、強者の二人にしか見えないが……。」
そう答えると、黄泉はわずかにため息を吐き、「八千代」と静かに名前を呼んだ。
八千代はその場でわずかに佇まいを正し、俺に向き合うようにゆっくりと座り直した。
その動きだけで、彼女がただの存在ではないことを、俺の肌が理解する。
「時夜様の時代の言葉を借りるなら、此処は幽世という名の神域。そして同時に、ダンジョンです。」
八千代の声音は透き通るように澄んでいた。
だが、その言葉の奥底には、神域を支配する者の絶対的な意志が込められている。
「そして、私たちこそが――このダンジョンの主。ダンジョンボスであり、ダンジョンマスターです。」
俺は息を呑んだ。
その言葉が意味するものを、本能が察していたからだ。
俺が理解したのを知ってか、黄泉がキセルの煙をゆるりと吐きながら言った。
「そう、八千代がかつて葦原中国の国作りを完成させ、高天原からの天照大御神の使者に国譲りを要請され――対話と武力を交えた交渉の末に、幽冥界の主、幽事の主宰者となった者でありんす。」
黄泉の声音は穏やかだったが、その言葉の意味は俺の頭を揺さぶった。
俺は思わず目を見開き、八千代を見つめる。
黄泉はそんな俺の反応を楽しむように、キセルを優雅に吹かせながらニヤリと笑っていた。
――冗談じゃない。
「初めまして、時夜様。」
静かで透き通った声が響く。
八千代はゆっくりと正座の姿勢を正し、深く頭を下げた。
「八千矛神こと、八千代で御座います。」
その瞬間、空気が変わった。
俺の心臓がひとつ大きく脈打つ。
――最悪だ…。
大国主には、いくつもの名がある。
宇都志国玉神(うつしくにたま-)。
所造天下大神。
国造りの神として崇められた存在。
けれど――
今、俺の目の前にいるのは、出雲の武神。
この幽世を統べる者。
そして、俺に試練を与えようとしている存在だった。
「さぷらいずの挨拶は済んだでありんすかえ?」
黄泉はケラケラと愉快そうに笑っていた。
「八千代、時夜はんの下につく気はありんすかえ?」
冗談めいた調子で、八千代に問いかける。
「ご冗談を。」
八千代は一瞬の迷いもなく、きっぱりと言い放った。
「黄泉様の伴侶と言えど、ただの只人に下れと?」
その瞳には怒気が宿る。
八千代の声には、神としての誇りと、圧倒的な拒絶が滲んでいた。
黄泉は、そんな彼女を面白がるように目を細めると、ゆっくりと着物の袖を持ち上げ、わざとらしく顔を隠した。
「お~怖い怖い。そう睨まんでおくなまし。」
八千代がさらに鋭い視線を向けると、黄泉は楽しげに笑い、キセルを吹かせた。
「とは言っても――」
その声色が、ほんの僅かに真剣味を帯びる。
「時夜はんが此処に居を構えん事には、わっちらは何も出来んせんし…。」
そう言いながら、黄泉は扇子を口元にあて、ゆるりと考え込む仕草を見せる。
部屋の空気が、僅かに沈んみ、八千代の睨みも、次第に険しさを帯びる。
俺は、黙ってその場の空気を感じ取っていた。
――俺が、ここに留まることが前提になっている?
静寂が満ちる幽世の一室。
黄泉はキセルから紫煙をふわりと吐き出し、微笑を浮かべたまま上座に腰を下ろしていた。
八千代は、彼女の真正面に座りながら、まっすぐに視線を向けた。
「黄泉様」
その声には、僅かな棘が混じっていた。
「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか。……貴女様はいったい、何がしたいのですか?」
問いの切っ先は鋭かった。
黄泉は少し目を細め、口元にキセルを当てたまま、ふふっと小さく笑った。
「そんなもの、決まっておりんす。わっちは、現世でのほほんと、ぬくぬくと暮らしたいだけでありんす。」
「……は?」
八千代の声が素っ頓狂に響いた。
「まさかとは思いますが……この黄泉国の女王たる身で、現世でのんびり暮らしたいと?」
「そうでありんす。神の形骸とはいえ、わっちらは神の一部でありんす。現世に干渉できる数少ない場所。だったら、一番価値のある場所で、穏やかに過ごしてみたじゃありんせんかえ?」
黄泉は愉快そうに笑いながら、キセルをふかせ煙の輪をいくつも宙に浮かべる。
「……呆れました」
八千代は額に手を当て、小さくため息をついた。
その表情は真剣さを超え、もはや心底呆れ返っていた。
そのやり取りを、俺はただぽかんと見ていた。
いや、ついていけないのが正直なところだった。
幽世、神の形骸、世界の均衡、調律者……。
俺にはどれも、いまいち現実味がない。
八千代はそんな俺に鋭い視線を向けてきた。
「時夜様、あなたにお尋ねします。……世界を律する覚悟、おありですか?」
――重い問いだった。
だが、俺は正直に答えるしかなかった。
「ない」
間髪入れずにそう言った。
「……俺は別に、そんな大層なものを背負いたくなんてない。ただ、のんびり暮らせれば、それでいい。」
その答えに、八千代はこめかみに手を当て、深々とため息をついた。
「あなたもですか……」
そして、まるで頭痛をこらえるように、ぐっと目を閉じた。
俺はますます分からなくなってきた。
なぜ、自分が世界の運命を背負わされているのか?
なぜ、世界が崩壊するなどという話になっているのか?
ついに我慢できず、俺は二人に問いかけた。
「……なあ、そもそもなんで俺が世界を守らなきゃならないんだ? そもそも、なんで世界が崩壊する話になってるんだ?」
その問いに、黄泉と八千代はぴたりと動きを止めた。
そして、無言のままお互いに顔を見合わせ、……同時に深く、重いため息をついた。
「……はあ」
「……やっぱり、分かってなかったんでありんすな」
二人の声が重なり、同じ呆れの波が部屋中に広がっていった。
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