黒野の過去 弐
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キャラクターの容姿や髪型等は多少違ったりもします。
俺の身体は、未だ激しい震えが止まらなかった。
先ほど、目にしたあの存在は一体何だったのだろうか。
神?いや、あれはそんな慈悲深い存在ではない。
あれは、そう――死神という言葉が最も相応しい、禍々しくも絶対的な死の権化だった。
ガチガチと歯が音を立てて震え、全身に鳥肌が立ち、身体の芯から冷え切っていた。まるで俺自身の存在が、あの圧倒的な力によって押し潰され、塗り潰されてしまったかのような感覚。
「……あれは、わっちの本体……伊邪那美の呪いの残滓でありんす」
傍らに立つ黄泉は、俺の様子を見ながらも淡々とした口調で呟いた。まるで何も特別なことなど起こっていないかのように。
「残滓だと……?」
俺はかすれた声で問い返した。
「そうでありんす。本来、神と人とは交わらぬもの。人の身で神の残滓に触れれば、魂は容易く呑み込まれてしまうもの。それが、神の本質というものでありんす」
黄泉の声音には、ほんの僅かに憐れみが滲んでいた。
「……あれで、残滓だってのか?」
俺は呻くように問いかけた。
あの圧倒的な恐怖――皮膚を爛れさせるほどの禍々しい瘴気、体内の血液を凍らせ、鼓動すら止めるような、底知れない死の気配。
それが神のほんの欠片だというのか。
「そうでありんす。ここはまだ、黄泉の入り口。この先にある冥界の門、その向こう側こそが真の冥界。本当の意味で死を迎えた魂たちが辿り着く場所でありんす。ダンジョンや人間の願望によって形作られた冥界などとは違いんす。現世と幽世の狭間にある真実の死後の世界、それが真の冥界でありんす」
黄泉は静かな眼差しで、目の前に立ちはだかる巨大な門を見つめた。
その門は黒々とした石で造られ、まるで世界を切り離すかのように、どっしりと佇んでいた。
そこから漏れ出す闇は深く、あまりにも重く、直視するだけで魂が吸い取られそうな感覚に襲われる。
「門の先には、わっちの本体――伊邪那美の真なる姿がありんす。あの程度の残滓にすら怯えるとは、時夜はんもまだまだ可愛いものでありんすなぁ」
黄泉はからからと笑った。
その笑いは決して愉快なものではなく、まるですべてを呑み込む冥界そのものの冷たさを孕んでいた。
「冗談じゃない……あんれが残滓だったなんて……」
俺は額から滴る冷や汗を拭いながら呟いた。
恐怖の余韻はまだ全身を支配しており、足元がおぼつかない。
「だが、これが真実でありんす。時夜はん、幽世の支配者として選ばれた以上、避けては通れぬ道でありんすよ」
黄泉はそう言って再び微笑む。
その笑みに、一体どれだけの覚悟が込められているのか――俺にはまだ分からなかった。
ただ一つ分かったことは、俺はもう後戻りできない領域に足を踏み入れてしまったということだけだった。
だが、それ以上に俺の心を侵食し続けているのは、あの伊邪那美が残した言葉だった。
『幽世の領域を広げよ――』
まるで呪詛のように脳内で反響し続け、俺の心を掴んで離さない。
「幽世を広げる……?」
震える唇から漏れた言葉に、自分自身で戸惑った。その意味を完全には理解できなかったが、本能が異様なまでにこの言葉に反応していた。いや、正しくは理解することを拒んでいるのかもしれない。
しかし、そんな俺の様子を見て、黄泉は淡く微笑んだ。
「そうでありんす。幽世と現世、この二つの世界は元来、交わるべきではないものでありんす。しかし、今は幽世の力が現世へと滲み出し、バランスが大きく崩れているのでありんすよ」
黄泉の視線は遠く、闇が広がる虚空の彼方を見つめているようだった。
「このままでは、いずれ世界の均衡は完全に破綻し、現世そのものが崩壊するかもしれんでありんす。それを止めるために必要なのが、時夜はんの存在でありんす」
その言葉を聞き、俺は思わず息を呑んだ。
「待ってくれ。そんな重要な役割、なんで俺なんだ?」
疑問は尽きなかった。俺には特別な力があるわけでも、特別な存在だと思ったこともない。ただ、黄泉のような圧倒的な存在の前では、自分があまりにも小さく感じられた。
黄泉は静かな目で俺を見つめ返しながら、優しく語りかけた。
「時夜はん、そなたは既に二つの世界の狭間に立つ特異な魂の持ち主でありんす。現世に生を受けながらも、幽世に招かれ、その世界の理に触れてしまった。そんな者は極めて稀でありんす」
黄泉はそっと俺の胸元に手を当てた。その手のひらからは温度を感じず、ただ圧倒的な存在感だけが伝わってくる。
「その魂を持つそなたならば、二つの世界を繋ぎ、調和を取り戻す架け橋となれるでありんす」
俺は唇を噛んだ。黄泉の言葉が胸の奥深くに突き刺さるように響いていた。
「……俺にそんなことができるとは到底思えない。だが、仮にできたとしても、俺に何の得がある?」
軽薄な態度を取って誤魔化そうとしたが、黄泉はその態度を咎めることなく、むしろ微笑を深めた。
「得……でありんすか?」
黄泉は面白がるように目を細める。
「そなたが望むように世界を導く力を手に入れることができるやもしれぬでありんすよ」
彼女の言葉には誘惑があった。俺の内心を見透かしているかのような甘美な響きが胸に広がる。
「力、か……」
俺は自嘲気味に呟いたが、心のどこかがその誘惑に抗いきれないことを感じていた。
「もしかしたら、神にもなれるかもしれんでありんすよ」
黄泉はからからと笑ったが、その声にはどこか冷たい響きがあった。
「ただし、その道は決して平坦ではありんせん。現幽両世の力の均衡を取るためには、幽世の主である大国主とも対峙せねばならぬでありんす」
俺の表情が強張った。
「大国主だと?」
黄泉は静かに頷く。
「左様、大国主は今、幽世を統べておりんす。彼女は幽世の支配者にして、強大な神格であり、簡単にその地位を譲ることはないでありんす。しかし、そなたが幽世の王となるためには、避けては通れぬ道でありんすよ」
俺は思わず深い溜息を吐いた。神を相手にするなど正気の沙汰ではない。だが、運命がそれを強いている以上、もはや逃げ場はなかった。
黄泉は俺の反応を静かに見つめながら、柔らかく問いかける。
「さあ、時夜はん、覚悟は決まりんしたか?」
黄泉の瞳に宿る静かな光を見て、俺の心の奥底で何かが動いた。逃げることはできない。ならば、進むしかない。
俺は拳を握りしめ、腹を括った。
「もう引き返せないのはわかってる。俺がやるしかないんだろ?」
その言葉を聞いた黄泉は微笑み、静かに頷いた。
「その覚悟、しかと受け取りんした。共に参りましょう、幽世の深淵へ」
俺はゆっくりと立ち上がり、彼女に向かって頷いた。
その瞬間、目の前で漆黒の鳥居が静かに口を開け、深い闇が俺たちを誘うように待っていた。
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