表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した世界の現実は甘くなかった  作者: 蓮華
第二章 分水嶺 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/76

もう一つの魂 参

画像は自動生成AIによるものなので、イメージや雰囲気で楽しんで下さい


キャラクターの容姿や髪型等は多少違ったりもします。

「さて、お互い仲良くなったでありんすし、親睦を深めるために杯を交わそうでありんすかえ。」


黄泉がにっこりと微笑みながら、扇子を優雅に閉じる。

その言葉に俺と刀祢は互いにッチっと舌打ちをしながらも、遊女の幽鬼たちが注いでくれた酒を手に取った。

杯を掲げると、黄泉は上機嫌で声を張り上げる。


「今後のわっちらのために。」


黄泉が先に酒を飲むのを見て、俺たちも無言で杯を傾けた。

酒は驚くほど澄んでいて、舌の上を滑るような感触を残す。


「さて、今後についてなんでありんすが……葵はん、聞きたいことはありんすかえ?」


黄泉が杯を置きながら、俺に目を向ける。

その問いに俺は少し考えてから、ひとつ尋ねた。


「あぁ、いくつか聞きたいが……まず、この酒や食べ物はどこから来てるんだ?」


質問を聞いた瞬間、刀祢が俺を一瞥して淡々と答えた。


「供え物だ。」


「供え物?」


「あぁ、この刑場に供えられた物がここに集められる仕組みになっている。それだけのことだ。」


刀祢はそう言ってまた杯を口に運ぶ。


「なるほど……」


俺はその説明に軽く頷き、再び酒を飲んだ。

確かにこの場所が首塚、つまり刑場跡地である以上、多くの人が供養のために物を供えているのだろう。

それがこうして集まっていると考えれば納得がいく。


「じゃあ、ここに取りに来る奴や、お前らみたいに知性のある奴はまだいるのか?」


俺の問いに、黄泉と刀祢は顔を見合わせ、眉をしかめた。


「いるには居るが、お勧めはせん。」


刀祢が無愛想に言うと、黄泉が扇子を手に補足するように口を開いた。


「そうでありんすね……まっとうな人ほど自我が崩壊してるでありんすから。」


「どういうことだ?」


俺は眉をひそめながら尋ねる。


「此処に来る奴に、まっとうな奴はいない。」


刀祢が淡々と答える。

黄泉は扇子をパチンと閉じながら続けた。


「自我が残っているのは、欲望に突き動かされている連中だけでありんす。生きている間に叶えられなかったことを執着し、ここで好き勝手に己の欲望を満たし続けているでありんす。だけど……それが続けば、次第に自我も壊れていくでありんす。」


「欲望に支配される……か。」


俺は静かに息を吐きながら、杯を手に取る。


「人は死んでも変わらないんだな……」


皮肉めいた笑みを浮かべながら呟くと、刀祢が短く答えた。


「あぁ、俺たちを含めてな。」


そう言うと刀祢は無言で酒を飲み干し、無言で新たな酒を注がせた。


俺はその姿を見ながら、自分の杯の中身をじっと見つめた。

底に映る自分の顔がどこか歪んで見えるのは、酒のせいか、それとも自分の内面のせいか……


「……どうするべきか、な。」


独り言のように呟き、また杯を口に運んだ。


「葵はん、他には聞きたいことはありんせんかえ?」


黄泉が優雅な仕草で問いかけてきた。

俺はその呼び名に微妙な違和感を覚え、眉をひそめた。


「その“葵”ってのをやめてもらっていいか?」


「どういうことでありんす?」


黄泉が首をかしげて小首を傾げる。

俺は杯を置き、言葉を選びながら答えた。


「御剣葵は現世で生きている。ここにいる俺は、あいつの残りカスの様なものだ。もう葵じゃないんだ。」


その言葉に黄泉は少し驚いたように目を見開き、続けて柔らかく微笑んだ。


「それは何とも……では、何とお呼びすれば良いでありんすかえ?」


黄泉の問いに、俺は腕を組んで少し考え込んだ。

確かに今のまま“葵”と呼ばれるのは、俺自身も違和感がある。

だが、何と名乗ればいいのか――考えを巡らせる中、ふと前世で作り上げたキャラクターの名前が頭をよぎった。


「……このキャラの名前は、クロノスだったしな……」


ぼそりと呟く。

だが、その名前をそのまま使うには、現世の俺にはどうもしっくり来ない気がする。

少しアレンジを加えれば――


「……黒野……黒野時夜……」


ぽつりと言葉が口をついて出る。


「黒野時夜で頼む。」


決めた名前を口にすると、どこかしっくりと来る感覚があった。

黄泉は微笑みながら、扇子を閉じて拍子を打つように頷いた。


「では、時夜はんとお呼びすれば良いでありんすね?」


「あぁ……それで頼む。」


そう言って俺は杯を取ると、一口酒を口に含んだ。

これでようやく、俺は“葵”から“時夜”としての新たな一歩を踏み出した気がした。

黄泉はその様子を満足げに見つめ、酒を酌み交わすために幽鬼たちを呼び寄せた。


「では、時夜はん、これからもよろしゅうお願いでありんす。」


黄泉の柔らかな言葉に、俺はただ静かに頷いた。


「それで、お前たちは俺をダンジョンマスターに仕立て上げたいみたいだが、具体的にどうするつもりなんだ?」


俺は杯を置き、真剣な眼差しで問いかけた。

その問いに、刀祢は無表情ながらも冷たく答える。


「貴様に主を倒してもらい、そのまま主になればいい。」


あまりにも簡潔で乱暴な計画に、俺は思わず眉をひそめた。


「……それだけか?」


「時夜はんが主になって、この場所を制御してくれれば良いだけでありんすよ。」


黄泉が扇子で口元を隠しながら、柔らかい声で笑みを漏らす。

しかし、その底知れない態度に俺はますます違和感を覚えた。


「なんだ……その計画性のない計画は……」


呆れ混じりの口調で俺が言うと、黄泉は突然、腹を抱えて笑い始めた。


「あはははは!そうでありんしょ、そうでありんしょ!何も考えていない刀祢はんらしい計画でありんしょ!」


彼女は椅子の背にもたれかかり、肩を震わせながら大笑いしている。

刀祢はそんな彼女の様子を一瞥し、不機嫌そうに舌打ちをした。


「……笑うな、女狐が。」


「だって本当におかしいんでありんすもの。何も考えず『倒して主になれ』だなんて、まるで童の喧嘩でありんすえ?」


黄泉はそう言いながら、再びキセルを優雅に吸い込む。

その仕草の隙を突くように、俺は刀祢に問いかけた。


「刀祢、お前は本当にそれでいいのか?何か裏があるんじゃないのか?」


刀祢は目を細め、酒を一口飲み干すと低い声で答えた。


「裏も何もない。このダンジョンは瘴気が溜まりすぎて崩壊寸前だ。制御するにはマスターが必要だが、現マスターは放置してどこかへ消えている。だからお前に制御を任せる。それだけだ。」


「……それで?」


「それだけだ。」


俺はさらに深く溜息をついた。


「つまり、お前たちの計画は、放置されたこのダンジョンの管理を押し付けるために俺を利用するってわけか。」


「そうとも言えるし、そうでないとも言えるでありんすねぇ。」


黄泉がニヤリと笑いながら言葉を添える。


「でも時夜はん、他に道があるでありんすか?この場所が崩壊すれば、瘴気が周囲に溢れ、スタンピードが起きる。結果として現世に混乱をもたらすでありんすよ?」


「それを防ぎたいなら俺にマスターをしろってか?」


「そうでありんす。わっちらにはそれが最善策でありんすよ。」


黄泉の言葉は柔らかかったが、その奥底には強い意志が感じられた。

俺は彼女の言葉を飲み込むように黙り込む。


「ま、俺にできるかどうかは分からないが……とりあえず話には乗ってやる。」


「それで良いでありんすよ、時夜はん。」


黄泉は再び笑みを浮かべ、キセルを楽しそうに吸い込んだ。

刀祢は少し驚いたように俺を見つめたが、すぐに視線を逸らして酒を飲み干した。


「……ただし、覚えておけ。俺は好きにやらせてもらう。お前たちの計画通りに動く気はないからな。」


俺の言葉に、黄泉は微笑み、刀祢は無言で頷いた。


こうして、奇妙な三人の共闘が始まった――形だけの、綱渡りのような同盟として。


「とはいえ、問題はこのダンジョンなんだよな……」


俺は天井を見上げながら思案した。


黄泉がキセルを吹かしつつ、興味を引かれた様子で問いかけてくる。


「どういう事でありんす?」


「あぁ……現状、このダンジョンは飽和状態にある。」


そう言いながら、俺は懐から小瓶を一つ取り出した。

小さな瓶の中には、青白く輝く液体が満ちている。


「なんでありんすか、それは?」


黄泉の目が興味深げに細まり、小瓶をじっと見つめている。


「これは『魔力飽和液』……ってところだな。ダンジョン内で魔力が飽和して液化したものだ。」


俺の言葉に反応したのは、横に控えていた花魁の幽鬼だった。

普段は無表情で動かないその幽鬼が、瓶をじっと見つめている。

その視線はまるで飢えた獣のようで、幽鬼の手がそわそわと動き始めた。


「おやおや、花魁はんが珍しく反応しておりんすなぁ。」


黄泉が面白がるようにクスクスと笑う。


俺は試すように小瓶を左右に動かしてみた。

すると、幽鬼の視線もそれに合わせて左右に追いかけるように動く。


「飲ませてもいいか?」


俺が黄泉に確認すると、彼女は目を細めながら扇子を軽く揺らして答えた。


「お好きになさんし。」


「じゃあ、いくぞ。」


俺は幽鬼の目の前に小瓶を差し出し、「一気に飲め」と指示を出した。

幽鬼はその言葉を受けると、瓶に手を伸ばし、一気にその中身を飲み干した――次の瞬間。


――ブワッ!


幽鬼の身体から激しい光と衝撃波が放たれた。

幽鬼の輪郭が一瞬揺らぎ、爆発音のような音を立てて霧散する。


「……だろうな。」


俺は呆れたように呟き、宙を舞う霧のような残骸を眺めた。


黄泉はその様子を見て、キセルをゆっくりと吹かしながら呟く。


「これが今のわっちらの現状でありんすかえ……」


幽鬼が消えてしまった後の静かな空間に、黄泉の言葉が響く。

彼女の表情にはわずかに深い思索の影が落ちていた。


俺は椅子に座り直し、小瓶を指で弾きながら答える。


「そうだ。このダンジョン全体が『魔力飽和』状態にある。飽和した魔力が滞留し、制御が効かなくなってる。」


黄泉はキセルを置き、俺に視線を向けた。


「時夜はん、このダンジョンを救う術はあるのでありんすかえ?」


俺は手元の酒を見つめ、少し黙った後、肩をすくめながら答えた。


「無いな……釈迦の蜘蛛の糸にでもすがりたい気分だよ。」


そう言いながら、天井を見上げて思考を放棄する。


「神頼みでありんすかえ……」


黄泉は苦笑を浮かべながら、キセルの灰を軽く払った。


「現状、針の糸も通らないほど詰まってる状態だ。どうしようもない。」


そう言って、自分で酒を注ぎ一気に飲み干す。


その時、これまで黙っていた刀祢が口を開いた。


「どういうことだ。」


俺と黄泉は顔を合わせ、同時にため息を吐いた。


「例えるなら――ゲロを吐きそうな奴の口と鼻をつまんでる状況で、どうやって手を放すかって話だ。」


「例えが下品でありんすね……」


黄泉は苦々しげに眉を寄せるが、俺は気にせず続けた。


刀祢はその例えを聞いて、すぐさま答える。


「そんなの、一気に手を離せば良いだろ。」


俺は肩をすくめ、冷静に返した。


「そうだな――ただ、その場合、俺たちはさっきの花魁みたいに仲良くお陀仏だ。」


刀祢の眉間に皺が寄る。


「つまり、どういうことだ?」


黄泉は扇子で口元を隠しながら、刀祢を見てクスクスと笑う。


「刀祢はん、よくそれで軍人さんをやれんしたねぇ~。」


「黙れ。」


刀祢がきつく睨むと、黄泉は肩をすくめながら俺に話を振る。


「時夜はん、分かりやすく教えてあげておくんなまし。」


俺はため息をつきながら説明を始めた。


「要するにだ――爆弾や爆薬が敷き詰められた倉庫に、俺たち三人がいるようなもんだ。そこからどうやって脱出するかって話だよ。」


刀祢の表情が険しくなる。


「少しでも爆弾を倒したり、衝撃を与えれば――仲良く全員ドカンだ。」


「っち……最悪じゃねぇか。」


刀祢は舌打ちをしながら頭を抱える。


「だから、どうしようかって話だ。」


ようやく刀祢も状況を理解したようで、苛立ちを隠せない様子でうつむいた。


黄泉はその様子を面白がるように微笑む。


「時夜はんは、例え話がお上手でありんすなぁ~。」


俺は苦笑いを浮かべ、黄泉を横目で見る。


「無能な部下や上司に苦労してきたからな。自然と鍛えられたよ。」


黄泉は扇子で口元を隠しながら、クスクスと笑っていた。

刀祢は酒を一気に飲み干し、「ちょっと待て…それは俺が無能って言ってるのか!」


「さ~どうだか…」っと俺は、はぐらかして答えた。



画像は自動生成AIによるものなので、イメージや雰囲気で楽しんで下さい。


いいね!・コメント・ブックマークの登録をよろしくお願いします。

気軽に書き込んで下さい。やる気の活力になるので。


X(旧Twitter)の方もよろしくお願いします。

拡散・宣伝して貰えれば嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ