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転生した世界の現実は甘くなかった  作者: 蓮華
第二章 分水嶺 

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もう一つの魂 壱

画像は自動生成AIによるものなので、イメージや雰囲気で楽しんで下さい

少し時間は遡り、絢爛豪華な装飾が施された遊郭の最上階一室にかすかな灯りがともっていた。

柔らかな光が屏風や織物に反射し、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。

その部屋の中心には、一人の男が佇んでいた。

仮初の身体に宿った葵の魂だ。


「葵様、身体の調子はどうでありんすかえ?」


優雅な身のこなしで、花魁の女性が声をかける。

その姿は妖艶で美しく、微笑みの奥に何か秘めた意図を感じさせるものがあった。


「……あぁ、多少動きづらいが、悪くない。」


葵は新しい身体を確認するように、手足を動かしながら独り言のように応じる。

動作確認をしつつ、自分の肉体を確かめるその仕草には、どこか違和感が漂っている。


「っで、そのオッサンは誰なんだ?」


部屋の隅に座り込んでいた刀祢が、不機嫌そうに口を開いた。


「……オッサン……?」


葵は自分の顔を触りながら周囲を見渡すと、目に留まった姿見の前に立った。

そこに映る自分の姿をじっくりと眺めたあと、葵は小さく嘆いた。


「あぁ……前世の俺か。」


そう呟くと、葵の視線が曇った。


「前世?どういうことだ?」


刀祢が眉をひそめて問いかける。


「この姿は……御剣葵に転生する前の俺だな。」


葵は淡々と答えながらも、姿鏡に映る己を冷静に観察し続けている。


「それより、お前たちが誰なのか、そして何が目的なのかを教えてくれないか?」


葵は視線を鏡から外し、ゆっくりと花魁と刀祢に向き直った。


「それでは――まずは寡黙な軍人さんから紹介しましょうかえ。」


花魁が妖しく微笑みながら、刀祢の方を顎で指す。


「そちらの方が御剣刀祢はん。なんでも、横須賀駐屯地を壊滅させて処刑されたとかでありんすよ。」


「壊滅って……一人でやったのか?」


葵が信じられない様子で問いかけると、刀祢は短く「あぁ」とだけ答えた。


「……すげぇな。」


葵は素直に感嘆の声を漏らす。

それを聞いた刀祢は、特に表情を変えることなく黙り込んだ。


「んで、わっちは黄泉でありんす。」


黄泉が自分の胸元を揺らして、艶然と微笑む。


「黄泉ね……源氏名か?」


葵がそう言うと、黄泉は口元に手を当てて意味ありげに笑った。


「さぁ~どうでありんしょ?」


「これだから商売女は苦手だ。」


葵はため息交じりに吐き捨てるように言い放った。


「酷いでありんすねぇ~!」


黄泉は大げさに涙を拭う仕草をしながらウソ泣きする。

その茶番めいた振る舞いに、刀祢が呆れたように舌打ちをする。


「次は俺だな……俺は御剣葵、葵に転生した前世の魂だ。」


静かに口を開いた葵の言葉に、刀祢は片目を薄く開けてジロリと睨みながら問いかける。


「どういうことだ?」


「簡単に言うとだな……転生はしたものの、肉体年齢に合わなかったのか、表に出ることができなかったんだよ。」


葵はそう言いながら、自分の手をじっと見つめる。

指を軽く曲げ、掌を眺めるその姿には、どこか懐かしさと戸惑いが混じっていた。


「つまり、御剣葵はんの中にもう一人おったということでありんすか?」


黄泉が扇子を揺らしながら、興味深そうに問いかける。


「いや……正確には違う。思考はできるし、行動も多少はできたが、思うように動けず、出来の悪いアバターを動かしているような感じだ。」


「アバター……?」


「なんだそれは。」


刀祢も怪訝な顔をして、眉をひそめる。

葵は手を止めると、少しばかり面倒くさそうな顔をして答えた。


「説明が面倒だな……仮初の人形みたいなものだと思ってくれ。」


「ふむ……今の葵様の感じでありんすか?」


黄泉が扇子を口元に当てながら問い返す。


「ああ、そうだ。この身体も魔力体……いや、精神体だからな。」


葵は自分の手を握り込んでから、思いついたように試みる。


「こうして……こうして……いや、魔力が足りないのか……」


途中で言葉を切り、座禅を組むようにその場で瞑想を始めた。


刀祢は無言のまま片目を開けて、その様子をじっと観察している。

黄泉は扇子で微かに笑みを隠しながらも、興味津々といった様子で葵を見つめていた。


その時だった。


葵の周りに漂っていた瘴気が、濃厚な渦を描くように動き始めた。

見る間に瘴気は葵の周囲に集まり、まるで水を吸うスポンジのように次々と葵の身体へと吸収されていく。


「これは……」


刀祢が低く呟く。

黄泉も微かに驚いた表情を見せるが、その目には好奇心と不気味な笑みが浮かんでいた。


「葵様、魔力を瘴気から直接取り込んでいるのでありんすか?」


「……効率は悪いが、そういうことだ。」


瞑想を続けながら、葵は抑揚のない声で答えた。


「仮初の身体だろうと、この瘴気を活用すれば多少は動きやすくなる……だが、負荷がかかる。少し試すだけだ。」


その言葉と共に、葵の身体を薄い光が覆い始める。

黄泉はその様子を面白そうに見つめながら、扇子をひらりと閉じた。


「さすが葵様……。ただ者ではないでありんすねぇ。」


刀祢は何も言わずに目を閉じ、再び無言の姿勢に戻った。

黄泉と刀祢の沈黙を背に、葵はさらに深く瘴気を吸い込んでいった――。




暗い、暗い闇の中。

俺の身体は、まるで深い海底へとゆっくり沈んでいくかのようだった。


「此処は……」


頭に浮かぶ疑問。けれど、答えはすぐには出てこない。

その瞬間だった――。


幾多の呪詛が闇を揺るがし、一斉に響き渡る。

怨念、嘆き、悲しみ、悲鳴、恨み、嫉妬――

それらが渦巻き、木霊し、魂そのものを揺さぶってくる。


「……相変わらずうるさい……」


思わず吐き捨てるように言葉が漏れた。

耳を塞ごうにも、その声たちは頭の中に直接響いてくるようで逃げ場はない。


そんな中、ふと――

闇の奥深くに、微かな光が見えた。


「……あれは……?」


ぼんやりと浮かぶ光。小さく、頼りなく、まるで灯火のように揺れている。

それでもその光は、この闇の中で唯一無二の存在感を放っていた。


俺は、何故かその光に引き寄せられるように、沈んでいく。

身体は重力に逆らえず、ただ光に向かって吸い込まれるように進む。


――微かな光が徐々に大きくなり、輝きが増していく。

その光に包まれる瞬間、心の中に小さな安堵が生まれた。


「……行こう……」


自らそう思うより先に、身体は自然とその光の中へと向かっていた。

やがて闇は完全に薄れ、眩い光が視界を覆い尽くしていく――。




目を開けると、目の前には摩耶と沙耶の顔があった。


「摩耶…沙耶…」


声を絞り出すように呼びかけると、沙耶が涙を浮かべながら叫び声を上げた。


「葵様‼」


次の瞬間、沙耶が泣きながら俺に飛びついてきて、そのまま力強く抱きついた。

俺は苦笑いを浮かべながら彼女の背中に手を回し、頭を優しく撫でる。


「此処は……」


周囲を見渡しながら問いかけると、摩耶が冷静に答えてくれた。


「葵お坊ちゃまが急に叫び出して苦しみ始めたので、様子を見に来たところです。」


現状を端的に説明してくれる摩耶の言葉に、少しだけ記憶が蘇る。

「そうか……俺は戻ってきたのか……」

そう感じた瞬間――


ドクンッ。


魂そのものが拒絶するような感覚が全身を貫いた。

意識が遠のくような激痛と冷や汗が同時に襲い、思わず呻き声を漏らしてしまう。


「葵様‼」

「坊ちゃま‼」


摩耶と沙耶が心配そうに声をかけてくれる。

俺は手を挙げ、彼女たちを制止する。


「……大丈夫だ。ただ……時間が無いみたいだ……」


自分でもわからない確信があった――この身体に長く留まることはできない、と。


「葵様‼もう、どこにも行かないでください‼」


沙耶が泣きながら、全力で俺に訴えかけてきた。

その必死な姿に胸が締め付けられるが、俺は苦笑いを浮かべて沙耶の頬に触れた。


「ははは……沙耶にはお見通しか……すまない。」


その触れ方には、自分でもわかるほどの名残惜しさが滲んでいた。

その様子を見ていた摩耶の目が驚きに見開かれる。


俺は視線を摩耶に向けると、静かに頼んだ。


「済まないが、少し頼まれてくれないか?」


「嫌です‼」


沙耶が間髪入れずに叫んだ。

その拒絶は、全身全霊を込めたものだった。


「頼む。」


俺はそう言いながら、沙耶を抱き寄せて力強く抱きしめた。

彼女を抱きしめ、話せないようにした。


「摩耶、頼む……」


俺の真剣な眼差しに、摩耶は戸惑いながらも小さく頷いた。


「わかりました。」


まだ状況を完全には理解していないのだろうが、その言葉には覚悟が感じられた。


「一つ、できるだけ沢山のダンジョンコアと魔石を集めて欲しい。次に、首塚ダンジョンだが……おそらく崩壊するか、スタンピードを起こす。周辺の退避を頼む。」


俺の言葉に、摩耶の眉が一瞬だけ動く。

だが、すぐに毅然とした声で答えた。


「畏まりました。」


その返事に安堵し、俺は沙耶の肩を掴み、彼女と視線を合わせる。


「後は……葵を頼む。」


最後にそう言って、微笑む。

そして、限界が訪れたのか――視界が一気に暗転し、意識が遠のいていった。


沙耶の必死な声と摩耶の冷静な呼びかけが、遠くから聞こえる中、俺は深い闇へと沈んでいった。





暗い闇が無音の中で広がる。

その闇の中に、ただ一人膝を抱え泣き続ける子供の姿があった。


俺は少し距離を置いてその姿を眺め、深くため息をつく。


「……はぁ~、泣いてる暇なんてないぞ。」


そう呟きながら、ゆっくりとその子供の前に歩み寄る。


「……葵。」


俺がその名前を呼ぶと、子供が泣き腫らした目で顔を上げる。

その姿は――俺自身の幼い頃の姿だった。


俺は躊躇うことなく、その小さな手をそっと掴む。


「ほら、立て。」


すると、子供は声を震わせながら泣き叫び、俺の胸に飛び込んできた。

その勢いに少し驚いたが、俺はその小さな身体を抱きしめる。


「怖かったな……大丈夫だ。」


俺は子供の葵の頭を優しく撫で、静かに語りかける。


「泣いてもいい。怖くてもいい。でも……ここからはお前一人だ。」


葵は何かを訴えるように俺を見上げたが、俺はその目をじっと見返し、静かに微笑む。


「強く生きろよ、葵。お前ならできる。」


そう言って、俺は小さな葵の身体をそっと押し出すように光の方へと向かわせる。

光の中へと進む葵の背中を見送りながら、俺は心の中で小さく呟いた。


「……これでいい。」


その光景が消え、再び静寂が戻った暗闇の中、俺はふと自分の手を見つめた。

その手には、温もりがまだ残っているようだった。


「さて……俺も行くか。」


少しだけ微笑みながら、俺は再び暗闇の中を歩き始めた。

目的地もない、果てのない闇を、ただひたすら前に進む。

だが――不思議と迷いはなかった。



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