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転生した世界の現実は甘くなかった  作者: 蓮華
第二章 分水嶺 

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初心者ダンジョン⑤(画像あり)

画像は自動生成AIによるものなので、イメージや雰囲気で楽しんで下さい

しばらく休憩をとった僕たちは、ついに最終階層である5階へと足を踏み入れた。

そこはこれまでの自然豊かで明るい森の景色とは打って変わり、薄暗く不気味な雰囲気を漂わせている。

鬱蒼と茂る木々が視界を遮り、森全体が沈黙しているかのようだ。


挿絵(By みてみん)




「さぁ葵、ここで最後よ。気合を入れて行きなさい。」


母様がそう言いながら、軽く僕の背中を叩いてくれる。

その一言が、疲れきった身体に少しだけ勇気を与えてくれた。

僕は気合を入れ直し、慎重に進み始める。


薄暗い森の中、気配を研ぎ澄ませながら歩く。

葉が揺れる音や風の気配に耳を澄まし、足音を抑えながら進む中、突然――


ザッ。


森の木陰から、一匹の狼の魔物が飛び掛かってきた。


挿絵(By みてみん)



「――っ!」


気配を察知した僕は、とっさに横へ身を翻し、その横を狼の魔物が勢いよく通り過ぎる。

僕は、すれ違いざまに刀を振り抜き、斬撃を繰り出した。


ザシュッ。


切り裂く音と共に、振り抜いた刀が確かな感触を伝える。

飛び掛かってきた狼の魔物はそのまま黒い霞となって消え、足元に牙が一つ残された。


「……あれ?」


思わず、僕は刀を握る手を見つめた。

予想以上にあっけなく倒れてしまったことに戸惑いを覚えた。


「やったじゃない、葵。」


母様の声が背後から聞こえる。

僕は振り返って母様の表情を伺うが、彼女は笑みを浮かべながらもどこか警戒した様子で森の奥を見つめている。


「でも、気を抜いちゃだめよ。ウルフは単独行動をしないわ。」


母様の言葉にハッとして、再び刀を構え直した。

森の奥からかすかに聞こえる足音が徐々に近づいてくる。

その音が次第に増え、重なり合う。


木々の間から、何匹もの光る眼がこちらを睨んでいた。


「これが、ウルフの群れ……」


僕は思わず息を呑んだ。


僕は深呼吸をして一歩前に出る。

群れが牙をむき、こちらに駆け寄ってくるのが見える。


狼の群れが一斉に動き出した。


地を蹴る音、牙をむき出しにして飛びかかろうとする影が、四方八方から迫ってくる。


「っ……!」


僕は素早く腰を落とし、飛び込んでくる一匹目の狼の動きを見切る。

急所を狙ってくる牙を紙一重で避け、すれ違いざまに刀を一閃。


――シュッ


刃が軽やかに振り抜かれ、狼はそのまま黒い霞となって消えていく。


視える。狼の動きが――。

動ける。身体が、思い通りに――。


「……っ!」


気がつけば僕は笑みをこぼしていた。

これまでの戦いが嘘のように、身体が軽い。

頭の中が研ぎ澄まされ、目の前の敵の動きが手に取るようにわかる。


再び一匹、噛みつこうと飛び込んできた狼の魔物が視界に映る。

僕は最小限の動きで身をかわし、その勢いのまま刃を返して斬り裂く。


――ザシュッ


下から跳びかかってくる別の狼の動きも見逃さない。

素早く刀を振り下ろし、鋭い斬撃が狼を黒い霞に変えた。


「来い……」


小さくつぶやきながら横に飛び出すと、すぐ横から迫る狼を流れるような動きで避ける。

無駄な力は使わず、流れる水のように、動きの延長で狼を斬り払う。


その隙を逃さず背後から迫ってきた狼が襲いかかってくるが――


「遅い……!」


横切りに刀を走らせ、その一撃で狼は絶命し、黒い霞となる。


全ての敵が倒れたことを確認すると、僕はゆっくりと刀を納刀した。


――チン


鞘に納まる刃の音が静寂を支配する。


安堵の瞬間、急に力が抜けるような感覚に襲われ、膝から崩れそうになる。


「っ、はぁ……っ……」


全身から吹き出す汗と、荒い呼吸。

手のひらが小刻みに震えているのがわかる。

さっきまでの興奮が冷め、僕の身体は再び重力に引きずられそうになった。


それでも――


「やれた……倒せた……」


静かに目を閉じて息を整えると、狼の魔物たちが黒い霞となって消えていく光景が脳裏に焼きついていた。

僕は静かに自分の両手を見つめて、その場に立ち尽くしていた。


パチパチパチと手を叩く音が静かな森に響き渡る。

拍手をしながら、母様、摩耶、沙耶がこちらに向かってきた。


「流石です、葵お坊ちゃま。」


摩耶が微笑みながら言うと、沙耶も嬉しそうに笑みを浮かべて頷いた。


「流石です。」


僕は少し照れくさくなりながらも、嬉しさで胸がいっぱいだった。


母様は僕の頭をワシャワシャと撫でてきて、ニッコリと微笑んだ。


「やれば出来るじゃない。」


その言葉が、今までの苦労を一気に報われたような気がして、僕は笑顔で「ありがとうございます!」と返事をした。


――その時、ふと自分の手を見つめた。


さっきの戦いで感じた感覚、あの瞬間、僕は確かに動けた。

どうしてだろう?――そんな疑問が頭をよぎる。


僕の様子を見ていた母様が優しく問いかけた。


「どうして動けたのか気になる?」


「はい……」


僕は素直に頷く。


すると母様は、微笑みながら答えた。


「それが葵の本来の力よ。」


「えっ?」


僕は母様の言葉に驚いて顔を上げた。


その時、摩耶が横から補足するように言葉を続けた。


「おそらく、先のエンペラーボアで緊張がほぐれ、身体が強張らなくなったのでしょう。」


「緊張……?」


僕はもう一度、自分の手を見つめる。

そうか――今までは怖さや力の入れすぎで、身体が思うように動かなかったのかもしれない。

でも、さっきの戦いは違った。

心が静かで、身体が自然と動いた……


そんなことを考えていると、母様が再び声をかけてきた。


「ウルフはどうだった?」


僕の頭を優しく撫でながら、母様が穏やかな笑顔で尋ねる。


「……動きが遅くて、身体が思うように動いて……少し楽で……楽しかったです。」


僕はウルフたちとの一戦を思い出しながら、自然と口に出ていた。

戦いの中に感じた不思議な高揚感――それが、少し楽しいとさえ思えた。


「そう。」


母様はそう言うと、僕の両肩に手を置いて、ゆっくりとしゃがみ込み、僕の目線に合わせた。


「その感覚を忘れては駄目よ。」


母様の声は優しく、だけど力強かった。

まるで僕の心に深く刻み込むように。


「……はい。」


僕は頷くと、母様はもう一度僕の頭を優しく撫でた。


「さぁ!」


母様は立ち上がり、周囲に声を響かせるように言った。


「葵が感覚を忘れる前に先に行くはよ!」


そう言って、母様は張り切った様子で先に進んでいく。

その背中を見て、僕は思わず笑ってしまった。


「母様、元気すぎる……。」


「フフッ、それが茜様ですから。」


摩耶が肩をすくめて笑う。


「……ですね。」


沙耶も微笑みながら同意した。


僕はもう一度刀の柄を握りしめると、母様たちの後を追った。




僕たちはあれから順調に進んでいた。


途中で襲ってくるウルフの魔物の群れも、僕一人で相手をし、戦いながら感覚と動作を修正していく。初めは手間取っていたけれど、少しずつ手応えを感じられるようになってきた。




茜と摩耶、沙耶はそんな葵の様子を後ろからじっと見つめていた。


「摩耶、どう思う?」


葵の戦闘を観察しながら、茜が隣にいる摩耶に問いかけた。


摩耶は軽く首を振り、すぐに沙耶へと視線を向ける。


「それは私に聞くより、沙耶にお聞きになった方がよろしいかと。」


「それもそうね……沙耶、どう思う?」


唐突に話を振られた沙耶は、葵の戦いぶりを冷静に見つめながら、少し迷うように言葉を選んだ。


「……正直にお話しても?」


「ええ、遠慮はいらないわ。葵はやっていけそう?」


茜がそう聞くと、沙耶はキッパリと答えた。


「無理ですね。」


その一言に茜は視線だけで沙耶をじっと見つめる。


「理由を聞いてもいいかしら。」


「今の葵様は優しすぎます。」


沙耶は淡々と、しかし言葉にしっかりと重みを込めて答えた。


「純粋無垢……といえば聞こえは良いでしょうが、争い事には向いておりません。命を絶つ事にためらいが見えます。」


「……はっきりと言うのね。」


茜は深くため息をつくと、今度は摩耶に問いかけた。


「摩耶、あなたもそう思う?」


「ええ。」


摩耶は穏やかな表情のまま、淡々と付け加える。


「一つ付け加えるなら、誰かが窮地に陥れば、葵お坊ちゃまは迷わず形振り構わず飛び込むでしょうね。それが美徳だと言えば美徳ですが……我々からすれば悪手でしかありません。」


「二人ともキツイわね……」


茜は再びため息をつき、目の前で懸命に戦っている葵の姿に目を向けた。


葵がウルフの群れを倒し終えたことを確認すると、茜はすぐに切り替えて指示を出し始めた。


「沙耶、一人で申し訳ないのだけど、もう少し葵の遊びに付き合ってあげて。」


「畏まりました。」


沙耶は頷くと、軽く頭を下げた。


「摩耶、沙耶のサポートに二、三人ほど人を手配して。」


「了解しました。」


摩耶も頷く。


茜はそのまま軽い足取りで葵の方へと向かっていき、明るく声をかけた。


「さぁー葵、もうすぐボスよ!ガンガン行きましょう!」


母様のテンションに、僕は思わず苦笑いをこぼす。


「……わかりました。」


僕はそう言って、母様達の後を追った。



しばらく進むと、森が開けて大きな広場に出た。

その中央には、一際大きな狼の魔物と、それを護衛するように並んだ五匹の狼の魔物がいる。


挿絵(By みてみん)



「さぁ、葵。これが最後よ。思いっきり暴れてきなさい。」


母様は僕の肩をポンと叩きながら、静かに微笑む。

その視線に背中を押されるように、僕は広場へと足を踏み出す。


広場に入ると、狼の魔物たちは僕を中心に陣形を組むように動き出した。

一瞬の静寂が広がる。

僕は深く息を吸い込み、腰を落としながら刀に手をかけた。


その時、広場に遠吠えが響き渡る。


「ウオォォォン!」


ボスの狼が咆哮を上げた瞬間、狼の群れが一斉に駆け出してきた。


僕は縮地の技を使い、狼たちの間を縫うように駆け抜ける。

風を切る音が耳元を掠め、迫る牙の間をすり抜ける。

そのまま一直線にボスの狼の懐へと入り込む。


一気に刀を振り抜いた。


ザシュッ。


重い手応えと共に、ボスの狼の首が空中を舞う。


ボスが倒れるのを見た狼の群れは、一瞬その場に立ち止まる。

その隙を逃さず、僕は一匹ずつ狼たちに駆け寄り、すれ違いざまに刀を振り抜いていく。


次々と黒い霞に変わって消えていく狼たち。

最後の一匹を斬り伏せた僕は、刀を納刀して残心を切っると、一気に全身に疲労が押し寄せた。

膝からがくりと崩れそうになるが、どうにか踏みとどまる。


息が荒くなる中、僕は改めて広場を見渡した。

狼の魔物たちはすべて倒れ、黒い霞となって消えていた。


「よくやったわ、葵。」


母様の声が静かに広場に響き渡る。

僕が振り返ると、母様たちが広場に入ってきていた。

母様は近づいてきて、そっと僕の頭を撫でてくれる。

その手の温かさに、張り詰めていた緊張が一気に解けたような気がした。


「これで、このダンジョンの攻略は終わりよ。」


そう言って母様は微笑みながら、少し疲れた顔をしている僕に向けて頷いてくれる。

摩耶と沙耶も広場に入り、僕の戦いを讃えるように軽く拍手をしてくれた。


「葵お坊ちゃま、本当にお疲れ様でした。」


「さすがです、葵様。」


「さぁ、あの転送陣からダンジョンを出ましょう。そして打ち上げよ。」


母様が広場の中心を指差す。

その方向を見ると、大きな魔方陣が浮かび上がっていた。

おそらく、あれが転送陣なのだろう。


僕はゆっくりと立ち上がり、疲れた身体を引きずるように魔方陣へと向かう。

広場を見渡しながら、これまでの戦いを思い返していた。

最初は苦戦してばかりだったけれど、最後にはなんとか全てを乗り越える事ができた。

自分のてを見つめ、わずかながら達成感を感じていた。


僕は一つ息をつき、広場を背にして魔方陣へと足を踏み入れた。



屋敷に帰りついた僕たちは、母様の言葉通り打ち上げの準備に入っていた。

庭には、大きなテーブルがいくつも並べられ、たくさんの料理や酒が所狭しと並べられている。

厨房からは美味しそうな香りが漂い、使用人たちが次々と料理を運び込んでいた。


「さぁ、始めるわよ!」


母様の一声で、打ち上げが幕を開けた。

最初に行われたのは、摩耶たちによるエンペラーボアの解体ショーだった。


「それでは皆様、葵様が見事に討伐されたエンペラーボアの解体をお楽しみください。」


摩耶が見事な手さばきでナイフを振るいながら、エンペラーボアを解体していく。


「この骨付き肉はローストにして…こちらの脂肪は煮込み用に。これは何にしましょうかね?」


沙耶も摩耶に手を貸しながら、次々と肉の部位を切り分けていく。

その見事な手さばきに、見ていた使用人たちや護衛たちが拍手を送る。


「ほら葵、見てみなさい。あなたが狩ったエンペラーボアよ。」


母様が僕の肩を叩き、目の前の光景を指差す。

巨大な肉塊が次々と切り分けられていく様子は、どこか壮観でもあり、僕が手にした勝利の実感を再び呼び起こしてくれた。


解体が終わり、料理が次々とテーブルに並べられていく。

焼き上がったロースト肉はジューシーで、煮込み料理からは深い香りが漂い、どれも美味しそうだった。


「さぁ葵、まずはこれを食べなさい。あなたの手柄なのだから、一番最初に食べるのはあなたの役目よ。」


母様が切り分けられたエンペラーボアのロースト肉を僕の皿に乗せてくれる。

その肉は驚くほど柔らかく、口の中でとろけるようだった。


「美味しい…!」


思わず声を漏らすと、母様は満足そうに微笑んだ。


「葵お坊ちゃま、こちらもどうぞ。」


摩耶が香草で煮込まれた肉のスープを勧めてくれる。

その優しい味わいに、心も身体もじんわりと温まる気がした。


宴会場では、護衛や使用人たちも僕のダンジョン攻略を喜び、酒を酌み交わしながら賑やかに語り合っていた。

母様はすっかり上機嫌で杯を重ね、摩耶や沙耶もそれぞれ使用人たちに囲まれながら宴会を楽しんでいた。


ふと、賑やかな宴会の喧騒を少し離れて、僕は庭に出て一人空を見上げた。

満天の星空が広がり、心地よい夜風が頬を撫でる。


「本当に攻略できたんだ…。」


小さく呟く。

自分の力不足や、エンペラーボアとの戦いの中で感じた恐怖が、まだ胸の奥で燻っていた。


「葵様、こちらにいらしたのですね。」


振り返ると、沙耶が静かに立っていた。

手には僕のために持ってきてくれた温かいスープが乗っている。


「ありがとう。」


スープを受け取り、一口飲むと、先ほどの宴会場の賑やかな音が少し遠くに感じた。


「葵様、今日は本当にお疲れ様でした。」


沙耶が柔らかく微笑む。


「さぁ戻りましょう。皆様が葵様を待っていますよ。」


沙耶に促され、僕はもう一度空を見上げる。


「……うん。」


大きく息を吸い込むと、僕はもう一度屋敷を見つめ、宴会場へと歩き出した。


宴会の賑やかな声が耳に届く。

今日はしっかりと、この時間を楽しもう。

そして少しずつでも――もっと強くなっていこう。




ただ、その時僕はまだ何も知らなかった。

この夜、静かに動き始めた大きな出来事が、自分に降りかかろうとしていることを―



画像は自動生成AIによるものなので、イメージや雰囲気で楽しんで下さい。


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