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転生した世界の現実は甘くなかった  作者: 蓮華
第二章 分水嶺 

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関東大刑場跡地首塚ダンジョン 肆

母様の指示のもと、俺たちは前方にそびえ立つ古びた鳥居をくぐった。

視界が開け、俺たちは小さな宿場町のような場所に辿り着いた。


町の中心にはいくつかの古びた建物が並び、道沿いには瓦屋根の家々がぽつぽつと見える。

その全体の景色は、まるで時代に取り残されたかのようだった。

人影は見えないが、どこからともなく聞こえる物音が、不穏さをさらに掻き立てる。


その光景を見ると、静流婆さんと母様の表情が一変した。

二人は眉をひそめ、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「母様、ここって…」


刹那姉様が何かを言おうと口を開いたが、言葉を飲み込んだようだった。


「えぇ…。葵には少しきついかもしれないわね。」


母様は低い声で答えた。

その言葉に、俺の胸がざわめく。

この先に何があるのか、知らない方がいいのではないかという思いと、どうしても知りたいという好奇心が交錯する。


静流婆さんが俺の肩に手を置き、真剣な眼差しで言った。


「若…ここから先は少々きついぞ。心を強く持ち、感情に振り回されるでない。」


その声には、これまで以上に重みがあった。

俺はごくりと唾を飲み込み、静流婆さんの視線を追うようにして目の前の宿場町を見つめた。


「この先に何があるのですか?」


俺は震える声で問いかけた。気になって仕方がなかった。


「略奪じゃ。」


静流婆さんの言葉は、短く、しかし鋭く突き刺さった。

静流婆さんは肩に置いた手の力を強め、真剣な眼差しのまま続けた。


「若も気づいておるかもしれんが、此処は昔の出来事を再現しておる。それが嘘か誠かかは分からん…じゃが、ここで起きた滅びの原因を、儂らに再び突きつけてきおる。」


言葉の意味を飲み込むにつれ、背筋に冷たいものが走った。

この宿場町が持つ異様な空気は、ただの廃れた場所というだけではなかったのだ。


「若、気を引き締めるんじゃ。この先、お主の覚悟が試されるぞ。」


静流婆さんの言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。

胸の中では恐怖と不安が渦巻いていたが、足を止めるわけにはいかなかった。

母様、姉様たち、そして静流婆さんの背中を追い、俺は宿場町へと足を踏み出した。




宿場町に近づいた瞬間、四方八方から火矢が飛び交い始めた。

矢は轟音と共に町の建物に突き刺さり、次々と炎が上がる。

瞬く間に宿場町は火の海と化し、激しい熱気と煙が立ち込めていった。


「これは…!」


俺は思わず足を止め、その惨状に目を見開いた。

だが、その光景はまだ始まりに過ぎなかった。


燃え盛る町から、住人の幽鬼たちが悲鳴を上げながら逃げ出してくる。

しかし、その背後にはさらに恐ろしい光景が待ち受けていた。


野党の幽鬼たちが追いかけ、逃げる男性の幽鬼を無情にも襲いかかる。

数体の幽鬼が一斉に武器を振り下ろし、めった刺しにした。

血のような黒い霧が舞い上がり、男性幽鬼は力なくその場に崩れ落ちた。


俺はその残虐な行為に言葉を失い、震えが止まらなかった。


それだけでは終わらない。

野党の幽鬼の一体が女性の幽鬼の髪を荒々しく掴み、そのまま引きずるように町の奥へと消えていった。

女性幽鬼の悲痛な叫びが耳に残り、胸の奥がひどく痛んだ。


「母様、これは一体…!」


俺は半ば絶叫するように母様を振り返った。

しかし、母様の表情は硬く、静かに前を見据えていた。


「これが略奪の再現よ。目を逸らしては駄目よ。」


その言葉には厳しさと覚悟が滲んでいた。


その時だった。

残っていた野党の幽鬼たちが俺たちの存在に気づいたのだ。

一瞬の静寂の後、鋭い咆哮を上げながら、奴らは一斉にこちらへ襲いかかってきた。


「来るわよ!」


母様が鋭く指示を飛ばすと、刹那姉様が刃を抜き放ち、前に出た。


「葵、後ろに下がりなさい!」


刹那姉様の力強い声が響くが、俺の足はその場に釘付けになっていた。

恐怖と怒り、そして何か得体の知れない感情が胸の中で渦巻いていたのだ。


「葵様!」


沙耶が俺を守るように立ちはだかり、武器を構える。

その瞬間、俺は震える手で護身刀を握り直した。


「逃げてばかりじゃいられない…俺だって…!」


自分に言い聞かせるように呟き、俺もまた、野党の幽鬼たちに向かって駆け出した。


「葵、待ちなさい!」


母様の制止の声が背後から聞こえたが、振り返る余裕などなかった。


野党幽鬼の一体がこちらに向けて獰猛な視線を送りながら、武器を構え直したのが見える。

俺はその懐に飛び込むように踏み込むと、全力で護身刀を振り抜いた。


ザッシュ――。


刃が肉を切り裂く、鈍い音が響いた。

しかし、振り抜いたはずの護身刀は幽鬼の腹半ばで止まっていた。


硬い…。

刃が深く入らない――それどころか、俺の手が痺れるほどの抵抗を感じた。


俺に斬られた野党幽鬼は、腹に刺さった刃を掴むと、凄まじい雄たけびを上げた。

その咆哮は耳を裂くようで、恐怖が体を貫く。

その瞬間、幽鬼は握りしめていた刀を振りかざし、俺に向けて容赦なく振り下ろしてきた。


目の前に迫る刃。


俺は、動けなかった。

体が硬直し、足元が地面に縫い付けられたかのようだった。

ただ、目の前に迫りくる一撃が、なぜかスローモーションのように見えた。


「あ…」


言葉にならない声が漏れる。


――俺はここで死ぬのか。


そう思った。

意識の中で刃がすぐそこまで迫り、逃れる術も、反撃する手段も浮かばなかった。

死の恐怖と後悔が一瞬にして押し寄せ、俺の中にすべてを覆い尽くす暗い絶望が広がった。


ザシュ――。


鈍く重い衝撃と共に、鋭い痛みが全身を貫いた。

野党幽鬼の刃が、俺の右肩から左の腹下まで深く斬り裂いていた。


その瞬間、全てがスローモーションになったように感じた。


「これで…俺の人生は…終わりなのか…」


意識の中で、その言葉がふと浮かぶ。

崩れ落ちるように膝をつきながら、視界がぼやけ始めるのを感じた。


――周りの全てが遅く見える。


母様の姿が目に入った。

必死にこちらへ駆け寄ってくるその表情には、計り知れないほどの焦りと恐怖が浮かんでいた。


「あぁ…ごめんなさい…」


声にはならなかった。

それでも、心の中で何度も呟いた。


ごめんなさい――

ごめんなさい――

ごめんなさい――


冷たい感覚がじわじわと体を蝕んでいく。

視界がますます暗くなり、母様の泣きそうな表情が滲むように消えていった。


「俺は…ここで…終わるんだ…」


その思いが、意識の最後を支配した。




暗闇が果てしなく続く。

底の見えない深い闇の中に、俺はゆっくりと沈み込んでいく感覚に囚われていた。


何も見えない。

何も感じない。

ただ、全てが終わり、全てを失い、ただ落ちていくだけの虚無。


結局、何もできなかった――あの時も。

誰も救えなかった。何も守れなかった。

自分を奮い立たせ、強くなったつもりだったのに、ただ同じ失敗を繰り返すだけだった。


胸に湧き上がるのは、際限のない自己嫌悪と後悔の波。

偉くなりたかったのは、人の役に立つためだった。

強くなりたかったのは、人を守るためだった。

それなのに――殺した。


「殺した…殺した……俺が殺した。」


声にならない呟きが、闇の中で反響する。

守るべきものも、愛するべきものも、全て自分の手で壊してしまった。

誰が?――俺が?

なぜ?――それが分からない。


「あぁ……そうだ、こんな風になるのが嫌で、賢くあろうとしたのに……」


心の奥底から何かが壊れていく音がした。

失敗の記憶、守れなかった思い、愛する人々の笑顔――全てが胸を締め付ける。

それらが再び目の前に浮かび上がり、俺を責め立てる。


「何故だ…なぜ救えなかった…なぜ守れなかった…?」


自分自身を責める言葉が、心の中で繰り返される。

その度に、闇の中で強烈な憎しみが渦巻き、俺自身を引き裂いていく。


「憎い……自分が憎い……」


自分の弱さが憎い。無力な自分が憎い。

この世界が、全てが、何もかもが憎い。


「いらない……何もいらない……」


気づけば、胸の中で抑えきれない感情が膨れ上がっていた。

その感情は怒りと憎しみの塊となり、俺の中で爆発しようとしていた。


「……もう全て滅んでしまえ。」


その言葉が口をついて出た瞬間、闇がさらに深まり、俺自身を飲み込んでいった。

感覚も思考も消えゆく中、ただ一つだけ確かなのは、俺の中に燃え上がる憎悪の炎だった。




気がつけば、辺り一面が真っ赤に染まっていた。

血の匂いが鼻を突き、温かさすら感じる赤黒い大地が、どこまでも広がっている。


足元に目を向けると、そこには倒れ伏した母様がいた。

その隣には、刹那姉様、千鶴姉様――沙耶、摩耶、雪菜、静流婆さん――みんな。

それぞれが無惨な姿で横たわり、もう二度と動かない。


「……死んでる……みんな……死んでる……」


震える声で呟く。

どうしてこうなった?何が起きた?

目の前の光景を否定したいのに、心の中で冷たい確信が広がる。


ふと、自分の手を見ると、それは真っ赤に染まり、まだ血が滴っていた。

血みどろの護身刀を握る自分の手――その刃先には見覚えのある者たちの血がこびりついている。


「あぁ……俺が……俺が……殺したのか……」


声が震え、喉が詰まりそうになる。

目の前の真実に耐えられず、震える膝を抱えて崩れ落ちる。


だが、次の瞬間、心の中に渦巻く感情が弾け飛んだ。

自分がやった――その確信が胸を締め付ける。


「フフフ……」


最初は静かな笑いだった。

だが、それは次第に膨れ上がり、抑えられないものとなった。


「ハハハ……ハァーハハハハハハ!」


笑い声が、血まみれの大地に虚しく響き渡る。

何かが壊れる音が、頭の奥で鳴り続けていた。


「なんだよ……なんだってんだよ……」


呟きながら、血の海の中に一人座り込む。

赤黒く染まった空は重く、何の慰めもなくただ俺を見下ろしているように思えた。


「みんな……いなくなったんだ……」


家族も、仲間も、守りたかった全てが、もうどこにもいない。

周囲を見渡すと、彼らの冷たい瞳が俺を責めるように見つめている気がした。


「俺が……こんなことを……」


両手の震えが止まらない。

自分が何をしてしまったのか、その重さに耐えきれず、吐き気が込み上げる。


「虚しい……何もかもが……虚しい……」


膝を抱えて頭を伏せる。

だが、頭の中ではあの時の光景が次々と蘇り、消えてはまた浮かび上がる。

刃を振り下ろした感触、血飛沫の温かさ、聞きたくないはずの断末魔――。


「もう……何もいらない……何もかも……滅んでしまえ……」


握りしめた護身刀の刃が、自分の胸元に向かって静かに動き始める。

この苦しみから逃れるには、それしかない。

この手が奪った命に報いるには、自分の命で償うしかない――そう思った、その時だった。


「……葵……」


微かな声が耳元に響いた。

目を閉じていた俺は、はっとして顔を上げる。


「誰だ……?」


静まり返る周囲の中、またその声が聞こえる。


「葵……」


同時に、どこからともなく不気味な音が耳に届く。

――ズリズリ……ズリズリ……。

何かが地面を這うような音。


背筋に冷たいものが走る。

恐る恐る周囲を見回した俺の目に飛び込んできたのは――。


「……母様……?姉様……?」


そこには、母様と姉様たちがいた。

だが、その姿は俺が知る温かい家族のものではなかった。

全員が血まみれで、傷だらけの身体を引きずりながら這い寄ってくる。


「どうして……?」


声にならない声が喉の奥から漏れる。

だが、彼女たちはまるで聞こえていないかのように、無表情のまま俺に手を伸ばしてくる。


「葵……」


その声は次第に大きく、重たく響き始めた。


「どうして……どうして……私たちを殺したの?」


母様が、血の滲んだ瞳で俺を見つめながらそう呟いた。

姉様たちも同じように、恨めしそうな目で俺を見つめる。


「待ってくれ……違う……俺は……!」


咄嗟に手を伸ばしたが、何も掴むことができない。

目の前の家族たちは、まるで怨霊のような気配を纏いながら、なおも這い寄ってくる。


「葵……どうして……私たちを……」


その言葉は、俺の心を切り裂くように響いた。

自分の手を見ると、そこには血まみれの護身刀がある。


「ああ……俺が……俺がやったのか……?」


思考がぐちゃぐちゃになり、頭の中で言葉が渦を巻く。

罪悪感と恐怖、そして自分への憎悪が入り混じり、俺はその場に座り込むしかなかった。


「違う……俺は……俺はそんなこと……!」


涙が頬を伝う。

だが、這い寄る彼女たちは止まらない。


「葵……」


その声が耳に張り付くように離れない。

俺は護身刀を握りしめたまま、どうすることもできずにその場で震え続けた。



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