第七話
終礼を終え、担任の教師が教室から退出すると、教室は放課後独特の喧騒に包まれる。
早々に帰宅準備をして教室から出て行くもの、部活に向かう準備をしている者、いつもの仲良しメンバー同士で集まって談笑をしているグループ、ゲームに興じているグループ。
新しく仲間が増え四人になった芯太達は、別のクラスメイトに誘われ、先約があることをすまなそうに謝りながら笑顔で手を振ってバイバイの挨拶をいし終わった志乃の周りに集まった。
「ごめんね。もしかして放課後、他にも誘われてた?」
「んーん。美紗姫ちゃんに誘われたのが先だから」
ちょっと困ったような顔で謝る美紗姫に、鞄に教科書類をしまい込みながら首を横に振って笑顔を作る。
「こいつ、空気読めず結構強引に誘ったりする性格だから、これからもし先約とかあったら無理しないで断っていいぞ」
芯太が少し呆れたような口調で、親指で後ろの美紗姫を指す。
「そんな事ないよー。でも先約がある時は気にしないで断ってね」
志乃は笑顔で「わかった」と頷くと、鞄を閉めて席から立ち上がった。
「おまたせ。準備きたよ」
「うん。じゃあ行きましょうか」
鞄を肩に掛け、四人は教室を出て校外にあるバスの停留所に向かう。
「吉行さん、家はそこの坂の上だったよね。帰りはどうするの?」
要佑は、国道を挟んで向かいの丘を指して尋ねた。
「多分、家の近くまでバス来てると思うんですけど、停留所の名前とか分からないし。とりあえず学校近くまでバスで戻って、そこから歩いて帰るつもりです」
志乃の住む街は学校から国道を挟んですぐ目の前の丘の上にあるのだが、そこに行くには学校から国道沿いに西へ五百メートル程進だ所にあるヘアピン状の坂を上り、そこから東へ同じだけ折り返した所にある。
道沿いの距離にすると街の入り口から学校までは道沿いに約一キロ程度とやや距離があるのだが、丘陵の坂道がそこそこ急な為、自転車は使わず徒歩で登下校していた。
「そうなんだ。夜道危ないから、皆で送った方がいいね」
「んーん、大丈夫。お家、坂を上がってすぐそこなんで」
坂の入り口前にバス停が有る為、距離的には通学の半分ぐらいではあるが、すぐそこという距離ではない。
「そう? じゃあまあとりあえずその事はまた帰る時に考えようか」
あまりしつこく詰め寄るのも逆に固辞させてしまうかと考え、一旦話を打ち切る。場の空気を読めるところが要祐の持ち味だ。
「バスちょうど来てるね」
美紗姫はそう言いながらバスのステップに足を掛ける。バスの到着から間が無い為、車内の乗客は疎らだった。
芯太達は、一番奥の五人掛けの席に座った。真ん中を一席空けて芯太と志乃が隣同士になる。
お互い何となく意識してしまい、視線がちょっと泳ぐ。
「ねーねー、志乃ちゃん」
「え? 何?」
考え事をしているように少し遠くを見ていた志乃が美紗姫の呼びかけで我に返った。
「この前、要佑と話してた会いに行ったお友達って男の子?」
「ええ……まぁ」
「もしかして彼氏だったりして」
美紗姫はニヤニヤしながら志乃を覗き込む。
「いやいや、違うよ……っていうか、子供だった時のお友達だし」
少し動揺しながら志乃は答えた。
「でも向こうはそう思ってないかもよ」
「もう美紗姫さん、からかわないでよ」
更にニヤつきながら小突いてくる美紗姫に志乃は両手を前に出して制する顔は、まんざらでも無さそうだ。
芯太はそんな志乃の表情を見てなんとなく複雑な気持ちになった。そしてそんな気持ちになっている自分に気付き少し動揺した。
「そういえばさ、要佑」
芯太は窓際でスマホを弄っている要佑に話しかけた。
「継美ちゃんの私服って要佑が選んでんの?」
特に興味があった訳では無かったが、何でもいいから違う話題で気持ちを切り替えたかった。
「うーん……僕はあんまりそういうのセンス無いから、大抵は休みの日に母さんが買ってくるかな」
「そうなんだ。継美ちゃんの普段着、要佑の趣味かと思ってた」
美紗姫が話に入ってくる。
「ははは。まあ、自分の好みの格好に近い気もするけどね」
照れ笑いしながら要佑は答えた。兄妹間の事でも誤魔化さずに素直に自分の気持ちを話すところが要佑らしい。
「妹さんて、小学一年生でしたよね」
志乃も話に乗ってくる。
「そう、そう。とっても可愛いよ。遊びに行く時とか、たまに連れてくるよね」
「そうなんだ。妹想いなんですね」
「妹萌え〜 だもんね要祐」
美紗姫のからかう相手が、いつの間にか志乃から自分に代わって要祐は苦笑している。
「芯太は芯太で、お姉ちゃん萌え~ だしね」
「別に萌えてねーよ」
さらに飛び火の被害者になった芯太が憮然とした表情でそっぽを向いた。
「美紗姫さんは一人っ子なの?」
芯太は、次は自分が弄られる番かと内心うんざりしていたが、志乃が会話を別方向に向けた為、会話の流れが変わり、少しホッとする。
「うん。志乃ちゃんは?」
「私も一人っ子。お姉ちゃんとか妹が居るのって、ちょっと羨ましいかも」
「兄弟でも、こんな感じの生意気な弟だったらうっとうしいわよ」
美紗姫は芯太を指差しながら白い歯を見せる。
「この前から何でオレが弟扱いなんだよ」
話の方向が変わっても、結局弄られる対象になり唇を尖らせる。
志乃は二人のやり取りを見て、口元を押さえながら小さく声を出して笑った。それを見た芯太は少しドギマギする。
「? どうしたんですか?」
志乃はじっと見つめる芯太の視線に気付くと、小首を傾げながら尋ねた。
「あ、いや。そんな風に笑うんだなって思って……ごめん何でもない」
小首を傾げた志乃の仕草に、さらに心臓が高鳴る。芯太はそれを隠すようにそっぽを向いて答えた。
志乃はそれを聞き、少し恥ずかしそうに視線を足元に向けた。
芯太達が訪れたショッピングモールは、JRの駅前に位置している。駅は、二〇〇八年年に開業した比較的新しいもので、JR西日本東海道本線の京都線区間に位置している。
開業当時、周りは閉鎖したビバレッジ工場の跡地が広がり閑散としていたが、その五年後に駅と隣接する形でショッピングセンターが開業。その後周囲の開発が進み、辺りは一定の賑わいを見せていた。
ショッピングセンターは二百店以上の専門店の他、映画館やスポーツクラブ、アミューズメント施設、レストラン街等が出店しており、平日休日を問わず賑わいを見せていた。
四人は駅に着いてバスを降りると、一旦駅の入り口前まで階段で上がり、そこから歩道橋を渡ってショッピングセンターに向かった。
「これからどうする?」
美紗姫の後ろに付いてきていた芯太が尋ねた。
「そうね、じゃあさ志乃ちゃん服見に行こうよ!」
美紗姫は志乃の手を引っ張って言った。
「えー、じゃあオレ達はどうするんだよ」
「黙って付いてきたら目の保養させてあげるわよ」
そう言って志乃の後ろから肩を掴んで芯太達の前に差し出す。
「ちょっと、美紗姫さん!」
困ってるとも、怒っているとも取れるような表情で志乃は美紗姫の方を向き直した。
「私服姿、男子に見せるの抵抗あった?」
「それは……別にいいけど」
少し恥ずかしそうな小さな声で答える。
「スマホで写真撮っていい?」
「それはイヤ」
冗談ぽく言う芯太に、今度は大きな声で言った。周りの他の客が一瞬立ち止まり、志乃は慌て口を押さえる。
美紗姫は少しずつ皆に慣れてきて素が出始めている志乃を見て、何だか少し嬉しい気分になった。