第五話
午後の授業が終ると、校庭は運動部の部活で賑わいを見せる。
沓掛高校は部活が必須ではない。その為、部活が無い者は放課後になってすぐに帰宅したりそのまま教室で友達同士お喋りをしたり、部活の見学をしたり、皆それぞれ自由に過ごしていた。
そんな中、芯太達は放課後、芝生の張られた校庭のベンチに三人集まってよくお喋りをしていた。今日は志乃も誘い、四人でベンチに座る。
「志乃ちゃんこっちに越してきて何日目ぐらい?」
紙パックのジュースをストローで吸いながら美紗姫が尋ねた。
「今日で三日目だよ」
志乃が答える。
「へー。じゃあ、吉行さんは引っ越した初日にいきなり友達の家探しに行ったの?」
そう言って要佑は、少し乗り出して志乃の方を見た。
「あはは、病院のおばあちゃんの所へ挨拶に行ったついでだったんで……」
指で頬を掻きながら苦笑いする。
「え?何の話?」
美紗姫が小首を傾げながら、話に食いついた。
「吉行さん、言ってもいいのかな?」
要佑が志乃に尋ねる。
「別に隠すような事じゃないし、いいよ」
少しだけ迷った後、志乃は頷いた。
話によると、志乃の小さかった頃の友達がこちらに住んでいて、八年振りぐらいに会いに行ったって事だった。
「でも、会えなかったんだよね?」
「うん。――あ、でもその後会えたよ」
志乃が答える。
「そうなんだ。だったら良かったね!」
美紗姫は笑顔で喜んで言った後、志乃の瞳を見つめながら続けた。
「で、相手は男の子?」
「…………」
志乃は、視線を空に移す。
「だって。――残念だったわね男子」
美紗姫は、悪戯っぽい視線で芯太と佑樹を見つめた。
「あ、でも彼氏とかじゃないし。」
志乃は慌てて否定した。
「友達。単に昔の友達……」
そして自分に言い聞かせるように、そう続けた。
「芯ちゃん、ごめんね……」
男の子の肩の上で、彼女は呟くように言った。
「……」
自分より背丈の高い女の子を引きずりそうに背負った男の子は、無言で歩いている。
女の子は突然ポロポロと涙をこぼす。彼女の咽び声に気づいた男の子は、慌てて口を開いた。
「べつに怒ってないよ! こっちこそごめんな」
その言葉を聞いて、少女はさらに嗚咽が強まる。
少年は立ち止まり、肩の上の女の子を一度下す。そして彼女の前に立ちじっと目を見た。
「また今度……今度会った時流しに行けばいいだろ。それまでどっか秘密の所に隠しておこう」
手に持っていた飾りの付いた小さな笹の枝を彼女に差し出しながら、屈託のない笑顔を作った。
「うん、」
少女は頷いてそれを受け取る。本当は声を上げて泣き出したかったが、必死に我慢する。
「じゃあ、明日……」
無理矢理笑顔を作って言葉を続けた。
「明日、池の公園まで隠しに行こ」
六月二十八日
「……」
芯太は布団から起き上がり、しばらくぼーっとしていた。
枕元のスマホを持ち上げ時間を確認する。時計は午前五時三十二分と表示されていた。
「はぁ」
小さく溜息をついた後、もそもそと布団に潜り直した。
「ふああ」
芯太は欠伸をしながら背中を伸ばし、エレベーターの昇降ボタンを押した。
「今日は何か眠そうね。夜更かし?」
横で一緒にエレベーターを待っていた美紗姫が尋ねた。
「いや、朝早くに目が覚めて、そのい後布団でちょっと考え事してたら、そのまま寝そびれて」
連続で出てくる欠伸を噛み殺しながら、芯太は答えた。
「ふーん。昨日といい、何か悩み事? 少年、おねーさんが相談に乗ってあげるよ」
肩をぽんぽんと叩きながら美紗姫は嬉しそうに言った。
「誰がおねーさんだ、誰が」
エレベーターの扉が開き、二人はカゴに乗り込む。
「……なあ、美紗姫」
暫くの沈黙の後、エレベータは一階に到着し扉が開く。カゴから降りて少しの間、芯太は考え事をしてたが、一度深呼吸をした後おもむろに口を開いた。
「ん? なに?」と芯太に聞き返す。
「何か似たような夢を毎日見続ける事ってある?」
「ん――……どうかな?」
美紗姫は芯太の唐突の問いかけに、人差し指を下唇と顎の間に置いた。彼女の考え事をする時の癖だ。
「その日の夜中になんか目が覚めて、二度寝の時に続きっぽいの見る事あるような気はするけど。実際寝惚けてるだけでホントに見てるのかはわからないんだけど――何? 同じ夢の続き毎日見てるの?」
「うーん……何かね、脳内で好評連載中らしいんだけど、朝起きたら内容忘れてるんだよ」
美紗姫は「なんじゃそりゃ」と一言呟いた後、先程のポーズから更に首を傾げて考えているようだ。
「同じような夢を見るのは願望ってのは聞いた事あるよ。あと、起きてすぐに忘れる夢は目が覚める直前に見る夢らしいよ」
「ん――そうなんかなぁ……」
何となく曖昧な返事をする。目が覚める直前に見る夢というのは何となくそんな感覚がある気はしたが願望かと言われれば、どちらかと言うと後悔っぽい雰囲気の夢だった気がするのでしっくりはこない気がする。
「まあ、気にする事無いんじゃないの? もし続くようだったら、朝にメモでも用意しておいて忘れる前に書いておけば?」
「あーなるほどね。まぁそこまでは考えてなかったけど、続くみたいだったらやってみるわ」
通学のバスがすでに到着していたのが見えたので、二人は会話を打つ切ってバスの待つターミナルへと足を速めた。