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第四話

授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、芯太は両手を上げて背中を伸ばした。

「おつかれー」

 教科書を片付け終わった美紗姫が、芯太の机の前にやってきた。

「へーい」

 ノートとペンケースを机の中に片付けながら芯太が答える。

「志乃ちゃん、お昼ごはんはどうするの? 学食?」

 美紗姫は振り向いて、志乃の肩をぽんぽん叩いて尋ねた。

「私はお弁当持ってきてるから」

 志乃が答える。

「そう。じゃあ一緒に食べない?」 

「うん、いいよ」

 美紗姫の言葉に志乃は頷いて微笑んだ。

「じゃあ、私はパン買ってくるから、ちょっとだけ待ってて。こくぼー あんた学食でしょ? 机貸して」

 隣の席で、財布を探して鞄を漁っている石応に美紗姫は、拝むように両手を合わせて言った。

「いいけど、パン屑ちゃんと払っとけよ」

「了解」

 学食に行く為、財布を持って教室を出ようとしている石応に美紗姫が答えた。

「志乃ちゃん、ちょっとごめんね」

 美紗姫は、志乃の机と石応の机を後ろに向けて、心太の机と向い合せにする。

「よし、じゃあ行ってくるね。よーすけ、行くよー」

 美紗姫は、席に座って午後からの授業の確認をしている優生に声を掛ける。

「うん。今行くよ」

「ほらー早くしないと、良いの売り切れるよ」

 祐樹の腕を引っ張って志乃は教室から出て行った。

「美紗姫さんて、いつもあんなに賑やかな感じなの?」

 少しの間、皆とのやりとりを見ていた志乃が芯太に声を掛けた。

「うーん。まあ、|だいたいあんな感じかな?」

 芯太がそう答えた後、少し会話が途切れる。今まで志乃と話をする時は大体美紗姫中心だった為、何を話せばいいのか思いつかない。

「吉行さん、聞いていい?」

 お互い数分沈黙した後、気まずさに耐えかねて芯太が口を開いた。

「……なに?」

 不意に話し掛けられて、ピクッと反した後、志乃は聞き返した。

「こんな時期に何で転校してきたの? 親の都合?」

 芯太は志乃の方をじっと見ながら言った。

「おばあちゃんが……」

 少しの間があった後、志乃は口を開いた。

「おばあちゃんが、こっちに住んでるんだけど、春から体調崩して……」

 芯太は黙って聞いている。

「それで、坂の下にある病院へ入院する事になったけど、おばあちゃん独り暮らしで、身の回りの世話をする人が居ないから……」

 坂の下の病院というのは、沓掛高校に面した国道を東に一キロ半ほど下った所にある総合病院の事である。

 志乃の説明によると、この町に住んでいる祖母が体調を崩し、その総合病院にしばらくの間入院する事になったが、身寄りが無いので困っていたという事だった。

 志乃の父親は仕事の関係で住んでいる街を離れられず、母親も少し病気がちのなので祖母の介護をするのは難しく、祖母が医療介護サービスの依頼も乗り気ではなかった為、祖父の家に住まわしてもらう条件で、志乃がこの街に引っ越して来たという経緯だった。

「ふーん、そんな事情があったんだ……」

 黙って聞いていた芯太は、頷きながら言った。

「そのおばあちゃんの家っていうのはどの辺?」

 芯太が尋ねた。

「学校から道路を挟んだ丘の上」

 そう言って自宅のある方向を指でさした。

 そこは、沓掛高校から、三百メートル程東へ進んだ場所の丘陵地帯に作られてい高級住宅街である。ちょうど心太の住む町の北方にあたる。

「へー、おばあちゃんいい所に住んでるんだ。でも、志乃ちゃんは知らない土地に急に来て色々不安じゃない?」

 志乃はその言葉に反応し、何か言いかけた時、美紗姫が帰って来た。

「ただいまー! ごめん、待たせた? 先に食べ始めておいてくれてよかったのに」

 そう言いながら、隣の机を志乃の机の隣に付け、席に座った。要佑もその向かいの席、芯太の隣に座る。

「そんなに待ってないよ」

 志乃小さく首を横に振りながら言った。そして鞄からお弁当の入った小さな巾着袋を取り出す。

「俺は腹減ったぞ」

 そう言って芯太もランチョンマットで包まれた弁当箱を取り出す。

「あれ?」

 不意に芯太が声を上げた。

「? どうしたの?」

 美紗姫が聞き返す。

「箸忘れたみたい……」

 人差し指で頭を掻きながら少し困った表情をする。だけどすぐに気を取り直した。

「ちょっと学食で割り箸もらってくる」

 そう言って立ち上がりかけた芯太に志乃が制す。

「あの、もし良かったら私の使う?」

「え?」

「私、フォークとスプーンも持ってきてるからお箸無くても大丈夫だよ」

 そう言って、志乃の手元のランチボックスに比べ少し大きめの青い箸箱を芯太の机の上に差し出した。

「だけど……」

「あ、大丈夫だよ。まだ一度も使ってないから」

 志乃は慌てて言葉を継ぎ足した。

「んー志乃ちゃんがそう言うんだったら、借りようかな」

「どうぞ」

 芯太は箸箱を受け取り、蓋をスライドさせ木製の茶色い塗り箸を取り出した。

「なんかそっちのフォークとかと比べて渋いお箸ね」

 美紗姫は、笑いながら志乃の手元にあるピンクでハートケースに入ったスプーンフォークセットと芯太の持った箸を見比べた。

「あ、お箸はおばあちゃんが買ってきてくれたやつだから……」

 志乃はそう言って苦笑しながら、お弁当箱を開いた。

「かわいい! これ志乃ちゃんが作ったの?」

 美紗姫は志乃の弁当を覗き込んで瞳を輝かせている。

 ウサギを(かたど)った白とピンクのおにぎり2つに、星形の人参。その他ブロッコリーで作られた草むらや、ハートの型に切り合わせられたミニトマト、きんぴらごぼうで組まれた小鳥の巣にウズラの卵が並んでいる。

「うん」

 少し恥ずかしそうに志乃が頷く。

「これ作るのにどれ位かかったの?」

「一時間……ぐらいかな?」

 美紗姫の質問に志乃はそう答える。一時間と答えたが、本当は朝の5時ぐらいから作り始めて、通学で家を出る直前まで掛かっていた。

「そうなんだ。凄い! ね、凄いと思わない? 芯太」

「うん。普通に美味(うま)そう」

 話を振られた芯太は志乃の弁当を眺めながら正直な感想を言った。

「芯太はお姉さんに作ってもらってるんだよ、お弁当」

 美紗姫は内緒話風に志乃の耳に手を当てて言う。芯太を揶揄(からか)うためのポーズであり、声のトーンは芯太達に聞こえるような普通の大きさだ。

「いいだろ別に」

 口を尖らせて、少しし多めにご飯を箸で掴んで口に放り込んだ。

 芯太の弁当は、芯太が中学校に上がった時から姉の文絵(ふみえ)が毎朝欠かさず(こしら)えている。最初はかわいらしい弁当を作って持たしていたが、芯太が学校でそれを開くのを恥ずかしがって手を付けずに持ち帰ってい為、今はごく普通の弁当になっている。見た目は飾り気無いが、冷凍食品を適当に詰め合わせた物ではなく、ちゃんと栄養と彩りを考えて詰められてる。

 芯太は現在、三歳年上である大学生の姉との二人暮らしをしている。母親は芯太が小学校へ上がる前に病気で亡くなり、父は赴任で現在海外にいる。そんな理由で、炊事全般はほぼ姉の仕事になっていた。

姉弟(きょうだい)仲は良い方で、芯太は姉というより友達のような接し方をしている。

 文絵は弟のその態度が、亡くなった母親代わりと思い込んで依存しないよう、無理して演じている事に気付いていたが、あえて芯太に合わせて付き合っていた。

「要佑は去年までお弁当だったわよね」

 美紗姫は、パックの牛乳からストローを外そうとしている要佑に話を振った。

「ああ……つぐみが小学校に上がって給食になったから」

 牛乳パックにストローを挿し込みながら優生はそう答えた。

 要佑の弁当は幼稚園に通っていた妹の分の弁当を作る際、少量なので食材が余ってしまう為、その残りを詰めて持ってきていた物だった。

「そういえば、志乃ちゃん昨日はパンじゃなかったっけ?」

「あ……うん。昨日は登校初日で朝準備とかで忙しかったから」

 志乃は、そう言曖昧な返事をして笑った。

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