表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

第三話

「無理だよ、芯ちゃん……」

 女の子は、腕を引っ張る男の子に遅れないように必死で付いてくいく。

「大丈夫だよ。流して直ぐに帰れば、暗くなるまでに、間に合うって」

 男の子は真剣な表情で、川沿いの土手を下流の方へと向かっている。

「痛いよ」

 男の子は不意に足を止め、掴んでいた女の子の腕を放した。

「ごめん」

「大丈夫だよ?」

 女の子は微笑んで答えた。

「でも、この辺は校区外だから、遊んじゃいけないって先生が……」

「遊びじゃないだろ」

 男の子が言葉を遮る。

「約束しただろ、一緒に笹を流すって」

「うん」

 男の子は歩き出す。すでに少し赤みを帯び始めていた。

 

「芯ちゃん。もうここら辺にしない?」

 暫く歩いてさとみが口を開いた。少し先に見えている河川敷は葦原(あしはら)が広がっており、ここから先は河原に降りるのが困難に見えた。

「だめだよ。この先にダムと滝があるから、ここから流してもそこで沈んじゃうよ」

 男の子は、この先にある川の流れの安定と増水時の乱流による川底の洗堀を防止するために作られている落差工(らくさこう)帯工(たいこう)の事をダムと滝と呼んだ。

「でも……もう日が」

 女の子はそう言いかけた時、土手の角に足を取られ、滑り落ちた。

「さとみ!」

 男の子は振り返って叫んだ。


 

 六月二十七日。

 ジャンカジャカジャカ――

 部屋にどこか間の抜けたような曲が賑やかに鳴り響いている。

「……」

 芯太は周りを見回してから、視線を胡坐をかいた足元に落とす。

「……」

 ちょっと間を置いて、枕元のスマホを手に取り、アラーム停止のボタンをタップする。

 そして小さくため息をついた。

「何なんだ、いったい……」

 ぼりぼりと頭を掻きながら、今し方に見た夢の内容を振り返ろうとする。

「あれ?」

 そう言って首を傾げる。いま先程まで見ていた夢なのだが、記憶から抜け落ちたように全く思い出せない。

 まあ、朝見た夢を思い出せないのはよくある事だ。忘れるって事は大して大事な内容じゃないって事だろう。

 自分にそう言い聞かせながら着替えを済ませ、学校に通う準備をする。

 キッチンに顔を出し、オーブンレンジでトーストを焼くと、姉の文絵が作ってくれていたベーコンエッグと一緒にもそもそと食べる。やはりまだ少しだけ今朝の夢が気に掛かっているようだ。

 朝食を済ませ食器の後片付けを終えると、姉の部屋の前まで行き、扉のノブに掛けられたドアプレートを確認する。ノブには『就寝中』のドアプレートが掛けられていた。どうやら二度寝の最中らしい。

 芯太は小さく「行ってくるね」とだけ声を掛け、上がり框で靴を履くと、静かに家を出た。

「おはよ。今日はちゃんと起きられたみたいね!」

 マンションのエレベーターホールで下りの箱を待っていると、美紗姫が横から声を掛けてきた。

「ん? ああ……」

 一度だけ美紗姫の方に視線を移したあと、エレベーターの防犯窓に視線を戻して気の無い返事をする。

「何? なんか元気ないね。なんかあったの?」

「いや、別に……」 

「昨日は悪かったな、文姉(ふみねえ)に聞いた」

 文姉というのは彼の三歳年上の姉、湯築文絵(ゆづきふみえ)の事だ。

 同じ区内にある芸術大学の二回生で、講義や試験の為、稀に大学に出向く事があるがそれ以外の時は大抵自室でよく解らない立体物を制作していた。

 美紗姫は芯太の姿がいつも一緒になる公共団地のエレベータ前や入口付近で見えず、スマホでメッセージを送っても未読のまま返事無かったため、気になって家を訪ねたとの事だった。一度はバス停までも行ってみたらしい。

 呼び鈴を鳴らすと文絵が顔を出し、芯太がまだ寝いて、声を掛けたけど目を覚まさない旨を美紗姫に伝えた。

 そして、部屋に入って起こしてほしいと頼まれたが、流石に男の子の部屋に無断で入るのは忍びなかった為、窓から起こしたというわけだ。

「いや、別に……あたしだけ先に行って芯太だけが遅刻したら、恨むでしょ?」

 いい理由が浮かばず、咄嗟にそんな言い訳をした。

「うん。恨む」

 芯太は笑って言う。

「今度寝坊したら、部屋入って蹴り起こすからね」

 片手で芯太を指差し、もう片方の手を腰に当てながら、美紗姫は口を尖らせてそう言った。


 教室に着くと、吉行 志乃はすでに席に着いていた。

 ノートを広げ、シャーペンを走らせている。

「おはよう。吉行さん!」

 美紗姫が声を掛けた。

「おはよう。阿方さん」

 ペンを止めて美紗姫の方に向き直すとにっこり微笑む。

「美紗姫でいいよ。朝から予習?」

 美紗姫は、右手を上げてひらひらとした。

「私の事も志乃でいいよ。石応(こくぼ)君にノート借りて、写させてもらってるんです。前の学校と授業の範囲とかが違うんで」

 隣の席の方を向きながら志乃は答えた。

 隣の席の少年、石応 数実(かずみ)は、視線に気づいて一瞬だけこっちを見て小首を傾げた。そして掛けている眼鏡を少しずり上げる。

「ああ、なるほどね。志乃ちゃんエライわね。私だったらコピーしちゃうけどなぁ」

 そう言って美紗姫は、あははと笑う。それから言葉を続けた。

「こいつだったら、コピーすらしないよ」

 斜め後ろの席に座りかけている芯太を後ろ手に指示した。

 志乃は振り返って、芯太を少し見た。

「二人は仲がいいんだね」

 少し微笑みながら志乃が言う。

「仲がいいっていうか、家のお隣さんだし、兄弟に近い感じかな」

 美紗姫がそう答える。

「お前みたいな妹はいらないぞ」

 芯太が話に割って入る。美紗姫はその言葉に続けて言った。

「何言ってるの? あんたが私の弟みたいって意味よ!」

 腰に手を当てて、少し前屈(まえかが)み気味で美紗姫は言った。

「姉は間に合ってるんだけど……」

 少しだけ嫌そうな表情を作って芯太は言った。

 二人のやりとりに志乃は、少しピクリと反応したが、すぐに先程と同じ笑顔に戻った。

「おはよう」

 要佑が教室に入ってきて、そこに顔を出した。

 彼は妹の継美が小学校通学の見送りがある為、遅刻はしないものの、いつも予鈴ぎりぎりの時間に登校してくる。

 要佑が教室に着いたら、始業チャイムまでそれ程時間が無い事を分かっているので、美紗姫は話を切り上げて、自分の席の方へ向かった。

「じゃあ志乃ちゃん後でね」

「うん」

 志乃は席を前に向き直して小さく美紗姫に手を振った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ