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第一話

「芯ちゃん」

 突然シャツの背中を引っ張られ、立ち止まった。

 少しだけ間を置いて、男の子は振り返る。

 右手を伸ばし、彼のシャツを指でつまみながら、ちょっと大きめの眼鏡を掛けた女の子が立ち止まっている。

 少し日に焼けた肌、短く切りそろえた髪。背丈が彼より頭半分程高いにも関わらず、仕草や佇まいが頼りなさげだった。

 少し長めに、眼鏡の上に被さるように切りそろえた前髪が邪魔をして表情はよく読み取れない。

「芯ちゃん……」

 うつむいた為、前髪が眼鏡から離れ、少し悲しげな瞳が覗いた。

「ごめんね……」

 悲しげな女の子は続ける。

「それと……」

「さとみが悪いんじゃないだろ!」

 不意に男の子は彼女の言葉を遮った。

「こっちこそごめんな。約束守れなくて……あと……」

「さとみ……を……守れなくて」

 最後は独り言とも取れるような呟き声になっていた。

「しんちゃん……」

 

 六月二十六日。

「…………芯太(しんた)。おーい、しーんたー!」

 ドンドンと部屋の窓を叩く音で湯築芯太(ゆづきしんた)は目を覚ました。

 状況が掴めず、少しの間ぼーっとする。

「しんた起きろー!遅刻するぞー!」

 カーテンの掛かった(かた)ガラスの窓の向こうの通路から女の子の声が聞こえる。

「……遅刻⁉」

 やっと今の状態を理解して時間を見ようとスマホをたぐり寄せる。バッテリー切れで電源が落ちていた。

「おーい!」

 窓を叩く音が続いている。

「ごめん。いま起きたー! 充電切れで携帯のアラーム鳴らなかった! 何時ー?」

「あほー、もう八時過ぎたよ」

「マジかよ……ごめん。すぐ出る」

 スマホを布団横のケーブルに刺し、立ち上がった。

 芯太は、私立沓掛(くつかけ)高等学校の二年生だ。

 学校から五キロ程離れた丘陵地にある住宅街から通学していた。

 家族構成は姉と父親との三人暮らしだが、輸入商社勤めの父親が殆ど家に帰らない為、実質姉との二人暮らしの状態となっている。

 芯太の住む街は昭和後期に市の住宅難を解消するため、当時竹林地帯だったこの地を開発して造られた、いわゆるニュータウンにあたる。

 街の中心部には、各公共施設やレジャー施設、バスターミナルを含んだショッピングセンターがあり、それを取り巻くように、周囲四箇所に住宅街が配置されている。

 各所にはそれぞれ、公園、教育施設、小規模な商業施設等が作られ、開業当初はその利便性で賑わいを見せていたが、その後のバブル経済崩壊による開発の停滞や少子高齢化等が要因となって主要な商業施設の撤退や閉店を招き、当時の利便性は失われていた。

「お待たせー」

 トーストを咥えたブレザー姿の芯太が玄関から飛び出してきた。

 湯築芯太は私立沓掛高等学校に通う二年生だ。背丈は170センチ前後。髪は春休み以来切りに行っていないようで、後ろ髪が上襟を隠しかけている。前髪が掛かった少々垂れ気味の眠そうな目は、寝起きのせいだけでは無く普段からそんな調子だった。

「お行儀悪い。フラグの回収待ち?」

 玄関の扉の前で待っていた少女が、ちょっと引き気味に苦笑している。

「ん-、どっかの角に可愛い娘でも居たらな〜」

 地面に爪先をトントンさせて靴を履きながら芯太は答えた。

「この美紗姫(みさき)ちゃんは?」

 悪戯っぽい笑顔を浮かべ、両手で自分のほっぺに人差指を当てる。

 阿方美紗姫(あがたみさき)は、芯太の部屋の隣に住んでいる小学校からの幼馴染だ。

 同じ高校のクラスメイトでもある。

 左右均等に並んだ目はアーモンド型で浅い奥二重。鼻根はあまり高くないが鼻先がつんと尖っているので整って見える。その下には厚めの小さな唇があり、時折白い歯を覗かせている。髪は癖のあるセミショートで、前髪を眉毛の上でラウンドカットにしている。そのおかげで、シャープで気の強そうな顔立ちが少し和らいで見える。それがクルクルとよく変わる表情に相まって愛くるしい小動物を思わせた。

 背丈は芯太の眉毛の位置あたりなので162~3センチ程度、少し撫で気味な肩のおかげで実際よりも華奢な印象がある。

「そういえばさー美紗姫」

 完全に美紗姫の振りを無視して、芯太が続けた。

「週末に要祐(ようすけ)が言ってた転入生って、今日から来るんじゃなかった?」

「あー、言ってたね、そんな事」

 美紗姫は、先ほどのスルーを特に気にする様子も無く答えた。

 前原要佑(まえばようすけ)は、二人の友人で同じクラスの同級生だ。

 背は芯太よりも頭ひとつ程高くてルックスも良い為、非常にもてた。穏やかな性格でいつもニコニコしており屈託が無い。

 高校に入学してからの友人だが、いつも柔らかい物腰と明るい性格が二人と妙に馴染んで幼ない頃からの友達のような感じがしていた。普段から三人つるんでいる事が多い。

「要佑って、なんか色々情報通だよね。いつもどこで仕入れてるんだろ?」

「さー? あいつ妹の面倒で結構忙しいのに、おせっかいで色んな事に首突っ込みたがるだろ? それで、ひと様の事情とか相談事とか色々情報入ってくるんじゃないか?」

 彼は、両親と今年小学校に上がったばかりの妹の継美(つぐみ)との4人暮らしだが、両親は共働きで同じ製薬会社に研究員をしており帰りが遅く、稀に朝まで帰れないこともある為、妹の面倒は継美が保育園に入園した時から両親に代わりずっと見てきた。

 継美を兄を非常に慕っており、芯太達と遊ぶ時も一緒に付いてくる。いつも兄の自転車の後ろに乗ってしがみついている微笑ましい光景をよく見ていた。

「あー、なるほどねー」

 そう言って美紗姫は頷いた。

「まあ、何にせよ……」

 芯太が言葉を続ける。

「次のバスに乗り遅れたら確実に遅刻だぞ」

「げろげろ……」

 美紗姫は顔をしかめた。

「そういえばさー、話変わるけど……」

 美紗姫はふと思い出したような表情で話を振った。

「何?」

 芯太が聞き返す。

「朝着替え、すごく早かったわね。もしかして制服で寝てたの?」

「まさかー実は秘訣があるんだよ」

「秘訣?」

「そう、実は……」

 芯太はそう言ってブレザーの中のワイシャツのボタンを外す。

「制服の下はパジャマなのだ」

 クラークケントのようなポーズをして得意げに答えた。

「……で、今日の体育の授業の着替えの時どうするの?」

「あっ……」

「はぁ」

 美紗姫は一度だけ小さくため息をつくと、芯太よりも一歩前に出て振り返った。

「ばかな事してると、ホントにバス出ちゃうわよ」

 スマホで時間を確認し、二人は走り出した。

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