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まぁそれはだいぶ慣れたのだが、私の一番の楽しみは別にあったりする。
時計を見てそろそろかな、なんて思う自分がちょっと恥ずかしい。
ふいにドアを軽くノックする音がして、私はどきりと、ゆっくりと開くドアを見た。
「お疲れ様。お菓子持ってきましたよ」
紙袋を少しかかげて優しい笑顔で入ってきたのは、
わが高校で一番人気の葛木先生だ。
お疲れ様ですなんて返事をしながら、
大好きな先生の登場につい頬がゆるんでしまう。
例の社会科見学の時、藤原に横で眠られ身動きも取れず、
何より誰かに見られたらとびくびくしていた私を助けてくれたのが葛木先生だ。
すらりとした高身長、顔立ちもこれまた上品で、
女子達からは王子と呼ばれている。
本当に良いところの跡取りという噂もあるが、
むしろただの高校教師よりその方が納得だ。
最初はミーハーにカッコイイ!と思うくらいだったが、
あの一件以後話しをする機会も増え、
優しい葛木先生に想いを寄せるにはそんなに時間はかからなかった。
だからこうやって葛木先生とお近づきになれたことは、
素直に藤原へ感謝すべきだろう。
「あとどれくらいですか?」
「あと20分くらいでしょうか」
私は葛木先生の問いかけに壁の時計を見て答えた。
「なら先に私たちだけティータイムにしましょうか」
そういうと先生は紙袋から荷物を取り出す。
私も慣れたように部屋の隅にある棚から紅茶のティーバッグやマグカップを準備し始めた。
奥ではぴくりともせず寝続けている藤原がいるが、
余程大きな音をたてなければ起きないことを私たちは学習していた。
「どうぞ。今日はナッツ入りのクッキーです」
「ありがとうございます。良い香り!」
アールグレイの紅茶に負けないほど香ばしいクッキーを早速頬張りながら私は思わずにやけてしまう。
「今日も美味しいです。さすが先生」
さっくりとしたクルミやアーモンドの入ったクッキーを味わいながら、
私は先生に言った。
「良かったです。
やはり美味しそうに食べてくれる人がいると作りがいがありますね
」
にっこりと柔らかい笑みを向けられて思わず俯いた。
顔が赤くなったりしていないだろうかとハラハラしてしまう。
好きな人に手作りのお菓子をもらって、
笑みまで向けて貰えて嬉しくない乙女がいるだろうか。
ちょっと男女逆な気もするけど、私にこんな美味しいお菓子は作れないのが現実なので仕方がない。
最初、先生が手作りのお菓子を持って来られた時には彼女の手作りかとそれは盛大に凹んだが、
実は葛木先生自身の手作りだと知って本当に驚いた。
どちらといえば性格も天然な感じで失礼ながら電子レンジで何か作って爆発させてしまいそうな雰囲気があるからだ。
どうも以前からお菓子を作っては放課後こっそり藤原先生にあげていたらしい。
それを私もこうやって混ぜて貰えるようになったのだ。
それに男性教師と女生徒が長時間2人だけだと誤解されやすいだろうと、
先生は気遣ってくれてここにきてくれている。
しかし葛木先生と藤原がまさか親戚で幼なじみだなんて、
こうやって話すまで知らなかった。
葛木先生が藤原より4歳上らしいのできっと弟のように藤原を思っているんだろう。
生徒に隠している訳では無いらしいけど、
何故か他の人には言わない方が私は良い気がして周囲には言っていなかった。
それに私だけ秘密を知っているのかもというやはり嬉しい気持ちもあるわけで。
私は時計をちらりと確認し、
もうすぐ起きてくる藤原のために紅茶の準備を始めようと席を立つ。
その姿に葛木先生が笑った。
「光明の面倒をみるのが板に付いてしまいましたね」
「こういう時、自分の性格が嫌になります」
「いえいえ、素敵な事ですよ」
先生が側にきて準備を一緒に手伝いながら答えてくれる。
なんだか恥ずかしくて思わず横を向いた。
先生がお世辞で言ってくれていたとしても、
やはり好きな人に褒めてもらうのは嬉しい。
「ところで・・・・・・」
「はい?」
私は横にいる背の高い先生を見上げる。
「今日の体調不良の理由は何て言ってましたか?」
「やっぱりゲームのしすぎだそうですよ、
さすがに怒って下さいよ、先生から」
私がむっとしながら言うと、
葛木先生は困ったような顔をした。
「あ、いえ、先生も困りますよねそういうの」
私は慌てて言った。どうしよう、つい仲良くなっていると思ったけど、
踏み込みすぎて嫌がられたのかもしれない。
「あぁ、違うんです。
まだ、そんな事を言っているのかと思いまして」
「良かった。ほんとですよ、あんなになるまでゲーム・・・・・・・」
突然目の前がぐにゃりとした。
急激に襲ってきた眠気のようなふらつきに私は言葉が続かなかった。
「東雲さん?」
葛木先生が心配そうに覗き込んできているのがわかる。
眠いだけですと返したいのに言葉が出ない。
そして突然目の前がスパークしたようにまっ白になり、
私の記憶はそこで途切れた。