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ゆめゆめガールRRR(上)

一、『ゆめゆめガールRRR』


 昔々、ある夢見がちな中学生の女の子がいました。手垢にまみれた白馬の王子様幻想にドップリと浸って、何も見ず何も聞かず過ごしていました。

 今なら滝つぼに突き落としてやりたいほどのガキんちょだけど、それでもその子はかつての自分だ。

 私は幾千の昼夜を巻き戻していく。

 思い出は、黒板に書き込まれていく英文。夏の強烈な日差しと湿度でグングン上がっていく不快指数。砂浜に打ち上げられたタコのようにだらけきった教室の空気。

 窓から入ってくる気休めの風がカーテンをなびかせ、私の頬をかすかに撫でる。濁流のような蝉の声に、時折、外から水泳の笛の音がまじる。教師の声はそれより更に小さい。

 ――ああ。

 目を閉じる。

 そして真っ白なノートに書き出すのだ。

 誰を?

 何を?

                  ★

 塩辛い卵焼きに文句も言えない無言の朝食を済ませ七時半に家を出る。門から右に曲がって二十五歩。また右に曲がって五十二歩。横断歩道に着き、毎日同じタイミングの赤信号で立ち止まる。

 そこへいつも通り男の子がやってくる。母親というのは息子の背が伸びることを見越して大きめの学生服を買うが、今彼が着ている夏服もかなり大きい。まるで「着られて」いるような、彼が高橋誠。私と同じ中学二年生。小学三年生の時に図書館で知り合った。


 名呑(なのみ)町の神童。

 哲学的最高相対智。

 歩くウィキペディア。

 饒舌王ブックイーター。


 安っぽいそれらの二つ名が彼のことだとは後で知った。当初はただの「話の面白い人」という印象だけだった。その会話はエキセントリックかつエンターテインメントで、彼は図書館に住む精霊のように古今東西のありとあらゆる本と物事に精通していた。

 会話についていけず振り落とされてしまうのが悔しくて、負けじと本を読みまくっていたら、成績が上がって六年生になる頃には学年ツートップになった。私たちは二人でいることが多くなった。

 ガキの脳ミソが恋愛ピンクで染まり始める小学校高学年からは、男の子と二人で会うと、彼氏がどうとかキスがどうとか何やかやと周囲がうるさい――私と彼はそういうのはうんざりで面倒だった――ので、こっそり私の部屋で遊んでいた。

 中学生になると、家が近いこともあって通学路で「偶然」出くわしてほぼ毎日一緒に登下校するようになった。

「よっ」

「やあやあ」

 挨拶してくれるが、その右腕に怪我でもしたのか痛々しい包帯を巻いている。

「何それ」

「よくわからないけど、こうすればアヤナミみたいでカッコイイらしい」

 包帯を巻いたイタい中二男子は得意げに笑っていた。

「最悪。完全に邪気眼じゃないの。外して。近寄らないで」

「せっかくクラスメイトがやってくれたから、外さないことにしたんだ。ところでアヤナミって誰」

 何が神童だウィキペディアだ。エヴァもその行為の痛さも知らないなんて。

「知らない。早く私の記憶から存在ごと消えてよ」

「おやおや、ひどいことを言う」

「その言い方、なんなの」

 彼は目を細めてひとしきり笑い、貸した本について話し始めた。

「――でもあれ、ファンタジーっていうよりSFさ。確かにクトゥルフ神話がベースにあることはわかるが、それを生かしたギミックは科学的なアプローチの仕方で……」

「ううん、ディラックの海を使ってたけどセンス・オブ・ワンダーっぽさはあんまりなかったと思う。SFの定義にもよるけど、むしろ設定で遊びたかった感じがするからやっぱりファンタジーじゃないかしら。あれがクトゥルフじゃなくてPS細胞だったらSFだとは思うけど」

 彼以外の同学年には全く通用しそうにないコアでスノビズム溢れる論議を繰り返しながら、私たちは坂道をテクテク歩く。夏の朝の爽快感は高い空に抜けていく風。そこには入道雲の魔神がいて、私たちを見下ろしている。

「――だけど、それだとあんまりね。君はどう思う」

 あの魔神は町を股越して、風に流されて誰かに会いに行くのだ。誰か。低気圧の台風娘に。彼女は意地っ張りで雷を起こしたり雨を呼んだりと荒れ狂うが、何だかんだで高気圧な彼のあとをついてまわる。根は素直で穏やかな女の子なのだ。

 その証拠に台風娘の「目」はいつも晴れ渡っている。低気圧ガール、それが彼女。でも六月になると梅雨前線が発達して彼の姿が見えなくなってしまう。彼女は不安に陥って台風はどんどん大きくなる。

「……子さん」

 雲魔神は――。

「弓子さんってばよ」

「え、何?」

 誠がため息を吐いた。

「君ってつくづく、夢野久作どんだよね……」

「何それ」

「知らない? 作家の夢野久作。確か君の部屋にもあったよ。勉強机の右側、本棚の上から三段目の右から五番目。『自殺サークル』と『完全自殺マニュアル』の間に『ドグラ・マグラ』が」

 人の家の本棚を完璧に把握すんなよ。いや違うんだよ? たまたま持ってた自殺関係の本に挟まれてただけだからねって私は誰に言い訳してるんだ。

「それは知ってるって。自称文学少女をなめないで。『ドグラ・マグラ』は意味わかんなかったけどね」

 彼は肩をすくめて、中学の指定カバンを背負いなおす。

「だから、それだよ。ペンネームの元になった意味わかんないわけのわからん妄想人ってやつ。それを九州の方言で夢野久作どんっていうのさ。それが君」

「ほう。中々に興味深いケンカの売り方だ、ここはひとつ買わせてもらおうか」

 私は誠の足を踏みつける。

「おっと。お客さん、勘弁してくだせえ。ケンカは売ってないですよ。これは大事なもので、売りものじゃねえんです。売ってもないのに買わないでくださいよ」

 彼はおどけて後ろに立つと、私の脇を掴んでひょいと持ち上げた。足が地面につかない浮遊感と不安感。

 私の身長はポストくらいの一二〇センチで彼の身長は 一四〇センチだ。ちょっと前まで同じくらいの身長だったのに、男子ばっかり軒並み急にデカくなったり力が強くなったり不公平だと思う。

 それに生理。生理生理生理! 面倒でしかたない。

 誠は優位の笑みを湛えている。私はイラッときて振りほどき、更に誠の足をストンピングストンピング。

「これ以上はいいでしょう。わかってくださいよ、一つで十分ですよ」

「ノーノー。トゥー、プリーズ」

 何をやってるのかわからない。登校中の生徒達に指さされ、ヒソヒソ声で囁かれるようになってから我に返る。咳払いをして仕切りなおす。

「えーと、それで。夢野久作どんが私だと。どうして」

「今まで黙ってたけど、君、妄想がひどいんだよ」

 …………。

「んっ」

「蹴る、ってことはやっぱり自覚ないんだ」

 ひどいのはお前の言い方じゃないのか。

「どういうことよ」

「体育館の床下」

「うん?」

 誠は急にしゃがみこんで、蟻が蝉の死骸を解体して運んでいくのを眺め出した。私もつられて足を止める。

「君がこの前話してた、体育館の床下って話。覚えてる?」

「体育館の話なら、覚えてるも何も私が体験したもん」

「そう。ちょっとそれ話して」

 目を合わせずに、彼は話を促す。あごに手を当てて、キザったらしく考えている。

「いいけど……」



二、体育館の床下には



「あれは小学二年生の時だったかな。学校の体育館に、ごく普通のお地蔵さんがあった……でもその立ってる位置が普通じゃなかった。廊下を挟んで体育館の扉をにらんでた。夏なんか暑いから扉を開けて遊ぶけど、そうするとお地蔵さんの熱いまなざしが私たちに向いてたんだ」

 ――群がる蟻が、蝉をお祭りの神輿のように一斉に持ち上げ始めた。

「そんなとき私の友達の誰かが、そのお地蔵さん、本当は何を見てるんだろうって言い出したんだ。何を? 私は自分が見られてるとばっかり思ってたから何のことかわからなかった。色々考えて、お地蔵さんの視線を追ってみようって話になった」

 ――蟻が一列に連なって長い長い黒い道を作っている。その先は得体の知れない黒い穴に続く。

「視線を追うと、扉を抜けて体育館の内壁に行き当たったんだ。そこだけうっすら、明るい色の板だった。数字の一が書いてある。矢印も。私たちはワクワクして、 その矢印を追って行った。床に続いてて、ホラあの体育館ってバスケだとかバレーのために、テープでいつも黄色とか赤とかのラインがいろんなところに引かれてるよね?」

 ――誠は静かに頷く。

「そのラインを追うことになったんだ。よく見ると、テープにはそこかしこに薄く番号と矢印が書いてあった。結局、バレーのネットを立てる穴、あれにたどり着いた。矢印はその奥を示してた。手を差し込んだら意外と深くて、完全に腕の付け根まで入れた頃、急に向こうからぐいっと腕を掴まれたんだ」

 ――パキ、と音がして蝉の死骸から羽が落ちた。

「私は泣き叫んだ。友達は逃げた。誰もいなくなって、腕は猛烈な勢いで引っ張られる。ゴォンって響く音に、そっちを見ると誰もいないのに体育館の扉が閉まってた。私はパニックになって、悲鳴! そして体育館の舞台の下が開いて、地下階段が見えた。コツ、コツ、コツ、コツ、誰かが上って来る音がする。腕は抜けない。コツ、コツ。階段は暗くてよく見えない。ブツブツ声がする。絶対に……逃がさ……女。コツ、コツ、コツ、コツ。絶対に……逃がさ……女……。上がってきたのは、塗りつぶしたように真っ黒なヒトガタ。瞬間、全身に鳥肌が立って触れちゃいけないものだったことがわかった。そこで私は気を失ったみたい。先生に起こされて気が付いた。外にはパトカーと救急車がたくさんいた。翌日、新聞の地域欄にはおどけた怪談めいた調子でそのことが書かれてた」

                   ★

「……うん」

 彼は顔を上げてこっちを見る。困ったような顔だった。

「それが、何なの? 妄想だっての?」

「結論から言うと、そう」

「だってそのあと、その友達とケンカになったんだよ。逃げたの逃げてないのって」

 彼の視線が尖った針のように私を射抜き、身動きできない。

「その友達の名前は」

「えっと、忘れたけど」

「だったら、そんな友達はいなかったんだ」

 わけのわからんことを。

「忘れた人がいなくなるなら、今頃いろんな人が消えて大変な騒ぎになってるって」

「違うね、逆だよ。もともといなかったものを君が作ったんだ。君は体育館のラインテープを見て怪談を思いついた。はじめはちょっとした嘘だったかもしれない。 でもそれが年数を経て嘘か嘘じゃないかの記憶も曖昧になって、語りなおすうちに友達も加わって、君の現実――本当に体験したことになったんだ」

 ――蝉の羽はキレイに運び去られてしまって、元からそんなもの生えていない生物に見える。ファンタジックな世界からきた新生物みたいな。

「そんなこと、どうしてわかるのよ」

「怪談に興味があってね。最近調べたからさ。小学二年生当時の新聞、その地域欄には『黒いヒトガタ』に関する怪談が載っていたけど、それは単なる怪談作家の創作だった。君はそこから――悪く言えば――パクった」

 悪く言うなよ。

「良く言えば――インスパイア、オマージュ、サンプリング、シミュレイト、コピー、クローニング、換骨奪胎、君にとってはどれが正しいのかな」

 イラッ。

「何でもいいから、続けて」

「お地蔵さんはなかったし、そんなものがあった記録もなかった。小学校の体育館にはバスケのラインはあってもバレーのネット用の穴はない。バレーのネットは、中学校の体育館にはあるから、もしかしてそれと記憶を混同させてるんじゃないかと思う」

 お地蔵さんがなかったなんて、そんなわけない。

「大体、君はいつも学校でも図書館で本読んでるだけだったろ。僕が知ってるこの四年ちょっとの間では、友達に誘われても本の続きが気になっていつも断ってるくらいだった。ハハ、そんな付き合いの悪いインドアな奴が、どうして体育館で遊べるんだか」

 ――彼は笑いながら蟻達から蝉の死骸を取り上げた。蟻は右往左往して、自分たちが今まで持っていたものが何処に行ってしまったのか、混乱している。彼らはそんなものはじめからなかったと思うのだろうか。いいやそんなわけない。

「私は……」

「だから、夢野久作どんって言ったんだよ」

 どうやら私の記憶は頼りにならないらしい。でも、彼の言うことだって全て正しいわけじゃない。最後の部分だけ確信を持って間違っていると言える。彼と出会う前だったら、私は体育館で遊ぶことくらいあった。それは確かだ。

 誠と出会ったせいで一層図書館に入り浸るようになり、付き合いが悪くなったのだから。本の続きが気になったのも確かだけど。でもそれ以上にそこに居たかったのは――。

 ということを言うと、彼は鈍感にいろんなことを問い詰めてきそうだから言わない。私はただ、足を踏むだけ。

「勝手に決め付けないでね。私、カテゴライズされるの大嫌い」

「カテゴライズされるのを嫌う。自意識過剰オタクの典型だね」

 もう一度彼の足を踏んだ。



三、幻覚オオカミが出たぞ!



「ってことは何、私はこれまで自分が体験してないことを吹聴してまわってたイタい人ってわけなの」

「いや、そうじゃないよ」

 彼は優しく笑って言う。

「それに加えて新聞に書かれてた怪談をパクって、友達の誘いを断ってたくせに自分に友達がいたように吹聴してまわるイタい人さ」

 もっとひどい人間にしやがった。小学三年生だよ、人間関係がいいかげんでもしょうがないじゃないか。今は友達がいるんだから、もう過去の私を許してやってくれ……。

「でも誰も確かめようとしないから、それでよかったんだろうさ。ニュースだとかもそんなもんだよ。いちいち確かめるのは面倒だから、とりあえず丸ごと信じてみる。君だって、僕は今何一つ話の客観的証拠を持ってきてないけど、とりあえず信じてくれてるし」

 誠は自分で自分の足場を崩すのが得意だ。まるで「僕の言うことに一つだって真実はないんだよ」とでも言いたげに。だから結局、最終的に論理崩壊して信じて欲しいのか信じて欲しくないのかわけわかんない。

「一応、誠の言うこと全てが正しいわけじゃないとは思ってる」

 彼は再び歩き出した。横顔を見るとにんまりと笑っているが、その理由はよくわからない。

「そういえば関連した話があるよ。君はオオカミ少年の怖い話を知ってる?」

 私は首を振る。

「そりゃそうだよ、今僕が考えたんだから」

 彼の首を絞めるが、それでもガクガクと頭を揺らされながら笑っている。

「いいかな、まずは通常版。少年は毎日毎日イタズラをしていた。オオカミが来たぞと嘘を吐いて、村の人たちを騙して楽しんでいたんだ。ところがある日本物のオオカミがやってきた。彼はオオカミが来たと叫んだけれども、村人達はもう騙されないぞとソーセージ食ってビールを飲んで酔っぱらった。挙句オオカミは少年も羊も村人もソーセージもビールも全部喰い尽くして周囲は血まみれ、そして誰もいなくなった……と。これが通常版。ここから一つの教訓が得られる。ソーセージとビールはうまいぞっていう」

「そりゃドイツ限定の通常版でしょうが。教訓は、嘘を吐いたら信用されなくなるよってことでしょ?」

 誠は無視して続きを話す。ええい、会話文が長いな。

「怖い話バージョン。少年はオオカミが来たぞと嘘を吐き、村の人たちを騙して楽しんでいた。彼は毎日そうやって嘘を吐き続けることで、だんだんオオカミが本当に存在しているんじゃないかと思うようになった。自己暗示ってやつだね。毎日オオカミがやってくる。彼にはそれが幻覚か現実かわからない。ただひとつの客観的事実、村人達の反応を見るしかない。彼は毎日オオカミから逃げ、命からがら走ってギリギリのところで村までたどり着く。そして村人達が『なんだオオカミなんかいないじゃないか』と言ってくれるのを待っていたんだ。ところがある日のこと、彼がオオカミに追われて村へ行くと誰も返事をしない。村人達はもう騙されないぞ、と相手にしなかったんだ。彼はすべての家の戸を叩く。オオカミに追われてパニックの様子だ。それでも皆が無視すると、彼は叫びながらどこかへ消えてしまった。それから消息はつかめない。今でも彼は森の中でオオカミから逃げ続けているんだ」

 誠はつぶやくように言い、道に落ちている小石を蹴った。

「森の中で彼に会ったら、オオカミはいませんよって言わなくちゃいけない。そうしなかったら彼が……」

 ゴクリ。

「お前だー!」

「……いや意味わかんない。お前だーは意味わかんない」

 彼は照れ笑いをしながら、目を合わせずに説明する。

「確かに最後のほうは怪談風に盛りましたけども、これはね、嘘と妄想の区別に関する一つの真理を言い当ててるんだよ。『これは現実ではないと自分でわかってる』のが嘘。対して『現実だとわかってるが、実際には存在しない』のが妄想。でもこの二者には明確な区別が与えられない」

「どうして」

 誠は悪意のこもった笑みを見せ、朝の空気を吸い込んで胸を張った。

「一番の語り手は一番の聴き手でもあるからだ。嘘のうまい吐き方は、それが『本当に起こっている』と自分で信じ込むこと。この場合、オオカミが実際に存在しているかどうかなんて関係ない。迫真の演技をするためにはオオカミが出た気分にならなくちゃならない。敵を騙すにはまず味方から。村人を騙すにはまず自分から。そうして『オオカミ』は少年にとって自己暗示でリアリティを持つ。そうなると、彼にとってその現実を否定してくれる客観的他者が必要になるだろう。この場合村人がそうだった。でも村人達は事実を確かめずに、また嘘に違いないとして彼を無視した。結局、彼は四六時中いるかどうかわからない『オオカミ』に追われ続けたというわけさ」

「ふうん。私にもそれが起こってると」

「そう」

「誠が村人で、私がオオカミ少年?」

 彼は肩をすくめ、数秒考えて一人で頷く。濡れたような黒い瞳で正面から私を見つめ、真顔でつぶやく。

「僕はオオカミかな。そのうち君をトイレとかホテルとかに連れ込んで襲うかもね。君ん家は草食系男子と肉食系女子のはびこる現代日本に逆らうように古風だから、僕はそういうことになるだろうさ」

「男はオオカミなのよ、気をつけなさいってマジに言ってくるからねウチ。ちなみに誠は草食系、肉食系どっち」

 頭をボリボリ掻いて、うつむく。おお、困ってる困ってる。

「二極化するのっておかしいと思うんだよ。ポケモンだって二色出たら、後で三色目が出たし。今はもう色ですらないし。そういうのを踏まえて、あえて言うなら野菜中心に時々は旨い肉も食べたい雑食系……いや、今はゲテモノ喰い系かな」

 そこで何故私を見る。ていうかそれはいろんな意味でどういう意味だ。

「それは置いといて、さっき君が言ったので大体合ってるよ。幻覚オオカミ――妄想は、まだいくつかありそうだ。どうやら君が事物を都合のいいように解釈して妄想に走った瞬間、オオカミは生み出されるらしい。君はこれから、自分が見ているものが他人と共有されているかどうか――腐心すべきだ」

 私はT字路にあるミラーを見る。セーラー夏服の顔の丸い女と腕に包帯を巻いた色白の男子の姿が映っている。

「誠が幻覚とか?」

「別にそれでもいいけど、そうなると君は今、ちょっと世間から見るとシュールな人になってるね。満員電車でも、君の周囲に少しだけ席が空くような」

 誠は一つ一つ確かめるように言葉を選びながら、えらくまわりくどく言う。それじゃホントにアレな人みたいじゃないか! 彼は肩にぽんと手を置いて深く深く頷いているが目を合わせない。

「まあまあまあね、思春期とかクソみたいな小説にはよくあることですよねー。本当の自分とか? 目の前の相手は自分の思い込みじゃね、とか? 人間の存在なんて不確かなものですからねー」

 口だけ動かして、誠に表情はない。心ない言葉の力技でまとめやがった。頭をかたかた左右に揺すって、面倒そうに続ける。

「いやさ、例えば明日からみんなが君を完全無視したら、君はどう思う。自分が本当に存在するって言える?」

 気が付くと、通学路にいた人影がなくなっている。明るい朝のはずなのに、宇宙空間のような不気味な静寂が辺りを包む。

 ガァァァ! ガァァァァァ!

 カラスが喉を絞められたような声で鳴いた。

「ねえ、どうでもいいけど、急に誰もいなくなったね。あんなにうるさかった生徒たちがいない……」

「それは簡単な問題さ」

 キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。

「というわけだよワトソンくん」

 得意気な顔してるがお前も遅刻決定だ。

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