表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄たち  作者: くらまゆうき
89/100

第89章 生還の護符

子供達を救ってから数日。



白陸軍は赤軍に対しての反撃を画策していた。



難民までを利用する狂気の軍隊を相手に白陸軍は厳しい情報統制を行った。



反撃計画の事は末端である正規軍には知らされていなかった。



宰相の私兵のみが握っている情報だった。



近いうちにこの野営地を離れて進撃が始まる。



ペップはいよいよだと気を張っていたが何も知らない子供達が走ってくるとペップに抱きついている。




「ジャガーのお兄ちゃん!!!」

「ペップ兄ちゃん!!」

「お前らは白陸に送られるからな。 これでもう安心だぞ。」

「お兄ちゃんこれあげるー!!」




笑顔で手渡してきた物を受け取り首をかしげている。



布でできているがしっかりと縫い込まれたジャガーが剣を持って戦っている編み物だ。



ローズベリーの伝統的な編み物だ。



そしてこの編み物はお守りとして贈られる事がある。



太古からローズベリーの兵士の出征を見送る家族が持たせたと言われている。





「お守りー!!」

「おーそっかそっか! ありがとな。」




非常に緻密に編み込まれている糸は簡単には破ける事はない。



そのためローズベリーではお守りに傷がついたり破けたら除隊して帰ってくるという文化があった。



不吉な前兆とされていた。



ペップは嬉しそうにお守りを制服の胸ポケットに入れた。





「お前らは先に俺達の白陸へ行ってこい! 飯は美味いし景色はいいぞお! 元気でな!」

「ペップお兄ちゃんありがとう!! 元気でねー!!」





子供達は輸送部隊に護送されて白陸本国へと移住する事になった。



来たる総反撃に向けて徐々に緊迫感が高まる私兵達。



ペップはお守りを大切に持ち歩いていた。



あまりの嬉しさにルルやサガミにまで自慢している。



サガミは不思議そうに見ていると「縁起のいいもんなんだな。」と物珍しそうに顔を近づけていた。





「生還のお守りなんですって。」

「おいおい。 何も死ぬほどじゃねえぞ?」

「わかりませんよ。 敵は難民すら使うゲス共ですよ。」




今回の赤軍という組織は実に恐ろしい軍隊だった。



その上狡猾で様々な細工をしてくる。



ただの野蛮な敵ではない。



計算して確実に優位に立とうとしてきている。



ペップはそこまで考えていなかったが、子供達まで戦闘に出すような敵を許せなかった。





「サガミの兄貴。」

「兄貴だと!?」

「そうですよ。 タイロンの姉貴なんだからサガミの兄貴ですよ。」

「お前この野郎!! やっと呼んでくれたのか!!」




獣王隊は上官の事を兄貴や姉貴と呼ぶ習慣がある。



それは皆を子供と思って愛する夜叉子の「うちの子」が始まりだった。



そして副官であるタイロンとクロフォードが「五分の姉妹だ。」と抱き合った事で獣王隊の家族の様な呼び合いが広まり今では誰もが上官には兄貴、姉貴と呼ぶ様になっていた。



しかしペップだけはいつまで経っても「サガミ大尉。」だった。



サガミは兄貴と呼んでほしかったが、自分で強要するのもどこか恥ずかしく言うに言えなかった。



嬉しくてたまらないサガミはペップの頭をガシガシとなでると抱きしめた。




「う、うう・・・苦しい・・・」

「俺の胸も良いだろ!?」

「お、お頭・・・」

「てめえ!! 二度とお頭に触るんじゃねえ!!」




ペップの耳を甘噛して取っ組み合いになるサガミとペップは実に半獣族らしく微笑ましかった。



夜が明けると全軍が武装を始めた。



昨晩までじゃれ合っていたサガミやペップも装備をつけて真剣な眼差しで遠くを見ている。



宰相達も装備をつけて立っていた。



夜叉子は副官のタイロンとクロフォードに何か言うと大佐にまでなっているコカやリーク達を経由してペップの元まで指示が届いた。





「戦闘開始時に難民を確認次第保護しろか。 言うまでもねえぜ!!」

「虎白様はこの状況でも難民の命を気にかけてらっしゃる。」

「うちのお頭の旦那様ですからね! それぐらい当然っすね!!」

「偉そうに何言ってんだお前。」





実際に進撃開始となるとペップの感情は少し高ぶっていた。



緊張や敵への憎しみ、恐怖心もある。



そしてペップが言っていた通り実弾での戦闘となった。



命を落とす危険すらもあり得るこの戦闘はペップにとって正真正銘の初陣だった。



目を細めていたサガミは緊張しているペップに気が付き「お頭の胸の感触を思い出せ。」と耳元で小声で言った。



「へへへ。」とイヤらしい表情でニヤけたペップの頭を叩いて緊張を解こうとしていた。



夜叉子と獣王隊、そして第4軍は右翼戦線を受け持つ事になり難民の保護も最優先事項として全兵士に伝えられていた。





「ふう。 いよいよか。」

「ペップ。 無理だけはするなよ。」

「はい。 兄貴も。」

「そうだな。」




ローズベリーの街が段々と近づいてくる。



街の中では怒号や煙が立ち込めて戦闘の凄まじさを痛感させる。



白陸軍はまだ開戦していないが戦闘は確かに始まっている。



宰相鵜乱の鳥人部隊は既にローズベリーで戦っていた。





「鵜乱様は大丈夫なのかな・・・ここからじゃわからない・・・」

「あのお方は美人だが生粋の戦士だからなあ。 派手にやっているんじゃねえかな。」

「それにしても我々の元に敵は来ないのですかね兄貴?」





間もなくローズベリーの街に辿り着くというのに赤軍からは何の反撃も来ていない。



不思議そうに進軍している白陸軍は臨戦態勢を崩さなかった。



緊迫した空気の中で進軍しているペップを夜叉子が呼んでいた。



サガミは「早く行ってこいよ羨ましい。」と唇を尖らせていた。



そして獣王隊の先頭にまで進むとタイロンやクロフォードが横目でじっと見ていた。




「ペップ来ました。」

「あんた大丈夫?」

「え、えっと。」

「緊張しているんでしょ?」




夜叉子はペップにとって本当の初陣になる今回の戦いを心配していた。



それは普段の戦いと大きく違う事にあった。



白陸軍は強力な軍隊だが、大前提として侵略に向いている軍隊ではなかった。



軍略の天才とも言える夜叉子も敵を誘い込む戦術を得意としている。



今までは冥府軍の侵攻を受けて撃退した後に猛反撃に出ているが、防衛戦の段階で敵の主力を叩いているという事がほとんどだった。



それに対して今回は敵の主力が建材でありながら白陸軍が侵攻する形になっている。



歴戦の白陸軍だが不慣れな戦いだった。



夜叉子の不安は敵を待ち構える戦術を取れない事にあった。





「本当ならもっと楽に敵を狩らせてあげるのにね。」

「そ、そうなんですか?」

「ふっ。 まあね。 いつ敵が撃ってくるかわからないからね。 部下に警戒させときな。」





隣にいるルルにうなずくとペップ小隊は警戒しながら進んでいる。



夜叉子の得意戦術を駆使できない状況でありながらもペップにこれ以上不安な思いをさせたくないと思った夜叉子は馬上からペップの頭を優しくなでた。



「頑張りなよ。」と声をかけると大きく息を吸った。


するとタイロンとクロフォードが笑っていた。




「随分丸くなったねあんた。」

「ちょ、姉貴!!」

「昔のあんたなら全員殺してやるとか言ってたじゃない。」




昔のペップはまだ世界の何もかもを知らず、力任せだった。



しかし白陸に来て多くの傑物を見てきた事で自分の力量の限界も悟った。



今の自分では敵わない相手がたくさんいると。



獣王隊の兄貴や姉貴。



白神隊のルーナ。



そして宰相達。



その誰もが信頼している白陸の皇帝鞍馬虎白はもはや雲の上の存在にすら感じていた。



ペップを見て鼻で笑うタイロンとクロフォードを見て恥ずかしそうにするが大きく息を吸ってから真剣な眼差しになった。





「いや殺しますよ。」

「あら?」

「俺の家族やお頭に手を出すやつは全員殺します。」

「ですってお頭。」




夜叉子は遠くを見て「ふっ。」と笑った。



ペップは強気な姿勢を変えるつもりはなかった。



半グレ同然だった自分を私兵の将校にまでしてくれた夜叉子には返しても返しきれないほどの恩を感じていた。



感謝していたがいつも空回りしていた。



そのたびに失敗を反省してここまで来た。



遠くを見る夜叉子は少しだけ口角を上げていた。




「別にあんたらが幸せでいてくれるならそれでいいよ。」




夜叉子は恩返しなんて期待していなかった。



言葉には出さなかったが「自分のために死なないで。」と言いたかった。



私兵である限り宰相を守るためなら命すら惜しまないのが立派な私兵なのかもしれない。



だが夜叉子は求めていなかった。





「お頭・・・」

「家族っていいもんだよね。」

「家族・・・」

「私はそれを守るために戦う。」






皮肉な話ではあるが夜叉子が戦う理由のために私兵が必要なのだ。



心や頭では矛盾している事はわかっているがどうする事もできなかった。



だからこそ一日でも早く愛する夫の悲願である戦争のない天上界の実現が必要だった。





「いつかみんなで平和に暮らすんだよ。」

「はいお頭!」

「それまでは私のわがままに付き合ってね。」





こんな事を言うもんだから。



もっとわがままを言うべきなのに全く言わないから。



命に変えても守りたくなってしまうのだ。



ペップだけではない。



タイロンもクロフォードもコカやリークもサガミも。



6000頭もの半獣族が夜叉子のためなら死ぬ事すら怖くないと思ってしまうのだ。





「俺・・・お頭に出会えてよかった・・・」

「ふっ。 それは私の台詞だよ。 あんたらに出会えて本当によかったよ。」





ペップの目には涙が溢れていた。



「ありがとう。」では伝えきれなかった。



すっと自分の胸ポケットに入っているお守りに手を当てた。



夜叉子は「何か持っているの?」と尋ねてきたのでお守りを見せた。





「へえ。 さすが私の子だよ。」

「子供達が作ってくれたんですよ。」

「命ってさ。 必ず答えるもんでさ。 愛には愛で。 怒りには怒りで答えるもんなんだよ。 あんたの愛が子供達に届いてよかったよ。」

「それこそ俺の台詞ですよ。 お頭の愛が届いているから俺は子供を救えたんです。」




夜叉子は満足そうに煙管に火をつけた。



タイロンとクロフォードが珍しそうにお守りを見ているとペップは嬉しそうにポケットにしまった。



敵には冷酷で恐ろしい夜叉子だが、味方や弱き者への愛の深さは尋常ではなかった。





「さあそろそろ来るかもね。」

「わかるんですかお頭。」

「もし私が敵ならこの辺りに兵を伏せておくよ。」





そこは平地ではあるが少し傾斜のかかっている平地でローズベリーの街が傾斜で見えなくなった。



赤軍が伏せていても傾斜を超えるまで確認はできなかった。



奇襲を得意とする夜叉子の直感が敵の気配を察知した。



ペップもルルの元へ戻ると警戒を更に強化した。




「お頭なんだって?」

「敵がいるかもしれねえって。」

「お頭が言うならいるね!」

「俺もそう思う。 いよいよだなルル。」




互いに顔を見合わせてうなずいた。



遂に始まると。



全身の血が冷たくなる感覚すら覚える緊張感。



自分の鼓動が早くなっているのを感じる。





「ルル。 絶対に離れるなよ。」

「うん!」




ペップはポケットのお守りを一度ギュッと握ってから武器を握り直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ