第74章 お頭の秘密
戦略に翻弄されたペップはそれから戦術の書物をたくさん読んでいた。
「勇猛さも大事だが指揮官には戦略が必要だ・・・リーク大尉は賢かった・・・それを束ねるお頭はもっと賢い・・・俺もそうならないと。」
戦術を学ぶペップはふと窓の外を見た。
すると夜叉子が見慣れぬ女性と歩いていた。
夜叉子に負けないほどの美人だ。
というよりは夜叉子にそっくりだが何処かあどけなさがある。
ペップは不思議そうに部屋を出て夜叉子の元へ向かった。
「お頭!」
「ああペップ。 紹介するよ。 新入りのあんたは知らなかったね。 妹の修羅子だよ。」
「へえ。 可愛いねえ。 あんたさ。 うちに来る?」
「ちょっと。 この子は私の子だよ。」
「へへへ。 残念。」
修羅子は何とも不気味だった。
ペップは無意識に毛を逆立てた。
これが何を意味しているのか?
修羅子は大好きなお頭の妹なのに何故か味方という気がしない。
それに笑っている様で修羅子の目は笑っていない。
恐ろしく冷たい瞳だ。
毛を逆立てて何も喋らないペップも見て顔を見合わせて笑う姉妹。
「そうだあんたに見せたいものがあるよ。」
「は、はい。」
すると夜叉子は基地にあるマンホールを開けるとそこには階段があった。
半獣族のペップには直ぐにわかった。
血の匂いがすると。
何食わぬ顔で地下へと歩いていく姉妹に黙ってついていくペップはそこに広がる光景に絶句した。
「ここはね。 冥府の捕虜がいるんだよ。」
「捕虜は取らないんじゃ・・・」
「ふっ。 もうとっくに冥府の戸籍からも消えている死人だよ。」
「・・・・・・」
「あそこの折に入っている連中はメテオ海戦での捕虜だね。 あっちはアーム戦役。」
伝説と語られるこの2つの大戦から既に10年以上が経過している。
つまり檻の中にいる冥府軍の捕虜は10年もの間、この天上界にある地獄で暮らしている。
ペップは言葉が出ない。
そこはまさに地獄だからだ。
捕虜は拷問されて人体実験までされている。
生きたまま言葉にするのも恐ろしい様な事をされている。
メテオ海戦終結時には檻に何人いたのか?
檻の中にいる捕虜は目の輝きもなく、生きているとは思えないほど冷たい瞳で放心状態だ。
もはや生きる気力すらない。
願う事があるなら苦しまずに死にたい。
ペップはその地獄を見て気を失いそうになっている。
同時に疑問も浮かんだ。
「なんでですか・・・」
「・・・」
「こんな酷い事を・・・」
「ふう。 これはさ。 妹の趣味でね。 それに対して私は止めるつもりはないよ。」
「だからどうしてですか!?」
修羅子はこの地獄を心から楽しんでいる。
何が彼女をそうさせたのか。
しかしそれよりもペップは大好きなお頭がこの地獄を黙認しているのかが気になった。
「これは覚悟だよ。 私のね。」
「覚悟!?」
「うちの子を守るためなら敵の人生を狂わせても構わないっていう覚悟だよ。」
「な、なんですかそれ・・・」
夜叉子の覚悟。
それは狂気とも言える覚悟だ。
大好きなお頭が何故こんな。
ペップから消えない疑心。
信じたのは間違っていたのか?
覚悟とは?
「あんたさ。 これは戦争なんだよ。 敵に情けをかければうちの子が死ぬ。」
「で、でも大将軍レミテリシア様はディノ平原で敵を逃したと聞きます・・・」
「それはあの子のやり方。 私はね。 そうはできないのさ。 敵に容赦をしてやれるほど賢くないの。 情けをかければうちの子達がこいつらの様な目に合う。 それを忘れないためにここに来るの。」
「敵に情けをかければ俺達が死ぬ・・・」
レミテリシアのやり方も間違いではない。
軍将五分をもって上とするという言葉がある。
敵を完膚なきまでに粉砕するのが十分というなら五分は撤退に追い込む程度か。
撤退させるだけで何が上なのか?
それは五分で止めれば無駄な血が流れずに終わる。
万が一に再戦になっても次の戦への励みともなる。
敵が降伏する可能性だってある。
だから五分にとどめる事で自惚れない様に努めるのだ。
レミテリシアはいつも五分で敵を逃がす。
その結果エリュシオンでは大きな動きがあった。
しかし夜叉子に討ち取られたエリュシオンの将軍はもう永遠に帰っては来ない。
将軍の妻は悲しみ、兵士達も粉砕された。
敵が戦意喪失しても決して攻撃を止めない。
それが獣王隊であり、夜叉子という女性だった。
アーム戦役での僅かな油断で獣王隊の大半を失った。
だからこそ敵とは恐ろしく、容赦してやるわけにはいかないのだ。
レミテリシアのやり方も夜叉子のやり方も間違ってはいないのだろう。
戦争をしている限り正解なんてないのだ。
結果としてレミテリシアも夜叉子も立派な大将軍として虎白から信頼されている。
ペップは夜叉子の強い覚悟を見て返す言葉がなかった。
「別に構わないよ。 あんたに幻滅されても私はやり方を変える気はないよ。 こいつらは獣王が捕まえてきた捕虜。 何も悪い事してるつもりはないね。」
「人の道を踏み外してもですか?」
「ふっ。 そんなの・・・もうとっくに踏み外しているよ。 それでもね。 私には失いたくないものがあるのさ。」
「俺達ですか?」
「そう。」
ペップに人の道を問われる事になるとは。
それでも夜叉子の中にある信念は曲げられない。
今更敵を逃がすなんてできなかった。
「敵が1人逃げ帰るだけで私は不安になるよ。 そいつがあんたやうちの子達を殺しに来るんじゃないかってね。」
「お頭・・・失礼な事言ってすいませんでした・・・」
「傷ついたよ。」
「すいません・・・」
狩人と呼ばれようが外道だろうが構わない。
大切な存在さえ守れれば鬼にでも悪魔にでもなれた。
それがどんなに辛く厳しい道なのかペップにはわからない。
悲しそうにする夜叉子はペップを連れて地上へ上がった。
ペップは疑問だった。
「何故俺に見せたんですか?」
「私だって完璧じゃないからね。 人に言えない事だってあるよ。」
「修羅子のお嬢は基本的にあそこにいるんですか?」
「そうだよ。」
「何があったんですか? お嬢に。」
異常とまで言える修羅子の趣味。
人が苦しみ死んでいく事が快感。
あの冷たい瞳は。
夜叉子は修羅子について口を開いた。
「あの子はね。 生まれつきなの。」
「はい?」
「いつだったかな。」
それは姉妹の第1の人生にまでさかのぼる。
山賊として生きていた夜叉子だが元は山賊ではない。
戦国時代末期の東北地方の山奥で暮らしていた。
度重なる戦で疲弊していた当時の日本。
食べる物を手に入れる事すら困難だった。
姉妹は幼くして両親を戦で失った。
生き残った幼い姉妹は山賊に連れて行かれた。
大きくなれば遊郭で高値で売れる美貌を持った姉妹だ。
ただ容姿が美しいという理由だけで生かされていた。
しかし姉妹が10代になったある日の事だ。
「そろそろこの姉妹の体も出来上がってきやしたね。」
「おう。 まず手始めに味見といこうか。」
妹を守るために夜叉子は身代わりになるつもりだった。
ボロボロの着物を山賊の前で脱ごうとした時だった。
修羅子は平然と鉈で山賊の喉を刺して見せた。
夜叉子の顔に血が大量にかかった。
突然の事に言葉を失った。
血で前も見えない。
着物で顔を拭いている間に聞こえてくるのは高笑いする修羅子の声だ。
そして次に夜叉子が見た光景は首から上が分離している山賊の姿だ。
仲間の山賊が騒ぎを聞きつけると修羅子を取り押さえようとした。
しかし修羅子は山賊の手首から先を斬り落とした。
あまりの異常性に山賊は火縄銃まで取り出して修羅子に向けた。
夜叉子は修羅子を守る様に前に出た。
そして死を覚悟して目をつぶったが火縄銃は飛んでこなかった。
そっと目を開けると若い山賊が仲間を後ろから刺していた。
「逃げるぞ! さあ!!」
「え・・・」
「こやつらは間違っている! さあ!!」
夜叉子より少し年上の少年だ。
彼が姉妹を逃して別の山に隠れた。
何年もの間。
その少年こそが後に夜叉子の最初の旦那になる男だった。
しかしその後も修羅子は敵対する山賊衆を見つけては惨殺を続けた。
彼女は初めて人を殺した時に「恐怖」や「罪悪感」ではなく「快感」を感じたのだ。
それが修羅子だった。
夜叉子は妹の残忍性を知りながらも心の何処かで生きるために必要な事だとも理解していた。
そしてそれは後に仲間を守るために必要な事だとも。
だが命の恩人とも言える旦那の死をきっかけに夜叉子も残忍性に目覚めた。
それ以来は姉妹とも手段を選ばぬ化け物へと変貌していったのだ。
虎白という男に出会うまで。
「これが私ら姉妹だよ。」
「お頭・・・」
「ふっ。 まあ色々あったね。」
「本当にすいませんでした・・・」
「思い出したくもない事思い出させたあんたには罰を与えないとね。」
夜叉子は立ち上がりペップを見下ろした。
どんな事でも受け入れる覚悟だった。
指だって詰める。
償えるならなんでも。
「タコの切り身と紅生姜。 それと天かすも買ってきな。」
「へっ?」
「だから。 たこ焼きだよ。 私の琴がたこ焼きの材料が不足しているって嘆いていたからさ。」
「か、買ってきます・・・」
少し口角を上げた夜叉子は走るペップを見送っている。
そしてまた座り込むと空を見ていた。
忘れたい過去。
修羅子の眠っている残忍性を目覚めさせてしまった。
生まれた時代が違えばこうはならなかった。
そう。
こうはならなかった。
「あんたらに出会えて・・・よかったよ。」




