第67章 亡き親友のために
キーガの死から数日。
基礎的な戦略だったがペップは誤った決断をしてしまった。
夜叉子の涙。
冷たい表情の夜叉子が流した涙が頭から離れない。
「お頭・・・」
兵舎を出て夜空を見ている。
ここは白陸でも最強の呼び声高い獣王隊の基地。
ペップはここにいる。
美しい夜空はペップを見下ろしている。
「甘かった・・・上には上がいた。 白神のルーナ・・・あいつは強かった・・・そもそも勝てなかった。 ルーナならきっと俺みたいな失敗しないんだろうなあ・・・」
やがて夜が明けて朝になる。
夜間の歩哨が眠そうに交代している。
そんな早朝に門が開く。
白い車から降りてくるのは白神隊の総帥。
都督という位を持つ竹子だ。
隣にはルーナの姿も。
「あ。」
「あら。 こんにちわ。」
「ルーナ・・・」
「少佐をつけなさい兵卒。」
ルーナはペップに一言言うと夜叉子の城の中に向かった。
しかしペップはルーナの細い腕を掴んだ。
落ち着いた表情でルーナはじっと見ている。
「お、俺は・・・仲間を死なせた・・・」
「・・・・・・」
「だから俺はお前に勝てない・・・頭が悪いんだ・・・」
「そうね。 士官への敬礼もできないあなたに部下を指揮する資格もないわね。」
「どうして俺は・・・」
ルーナは竹子を見ると竹子は優しくうなずいた。
するとルーナはベンチに座って手招きしている。
タバコを口に咥えるとルーナは一服を始めた。
「ふー。 あなたは若いね。」
「俺はペップだ。」
「そう。 それで私に何が言いたいの?」
「どうしたらお前の様に強くなれるんだよ・・・俺はお頭を悲しませてる・・・」
厳しくも深い愛がある夜叉子。
表情は変わらなかったが涙を流していた。
自分の浅はかな行動のせいだと思っている。
しかしどうしていいのかもわからない。
何を変えればいいのか。
ルーナはタバコを吸っている。
「はあー。 経験しろとしか言えないなあ。 だってあなたは覚悟ができていない。 私は生まれつき強力な第六感を持っているみたい。 それをある方に鍛えていただいた。」
「覚悟?」
「そう覚悟。 私の大好きな2人の上官は死んでしまった。 もちろん今でも思い出すと悲しくてたまらない。 でもね。 戦場ではいつでも覚悟していたよ。 失ってしまう覚悟をね。」
リトやハンナと大切な上官を目の前で失ったルーナは何度も苦しんだ。
強い第六感を持っているからこそわかる。
命が消える瞬間が。
しかし何もできなかった。
わかっていながらも死なないでと願う事しか。
それを根本から鍛え直してくれたのは鞍馬虎白という存在だ。
「じゃあ俺も狐の皇帝に鍛えてもらえば!」
「いいえ。 違う。 あなたと私では違う。 虎白様・・・あの方に教わるなんていい気にならないで。」
「えっ?」
「あなたはまだそのレベルじゃないの。 覚悟を決めなさい。 部下を失ってしまう覚悟を。 自分だけ強くなっていれば正解だと思わないで。」
顔を赤くしているルーナは少し感情的にペップに言った。
不思議そうにルーナを見ていると、ルーナは目をそらした。
そして立ち上がりペップに言った。
「自分勝手に動いても何も得られない。 強さとは。 多くの部下の命を背負えてこそ強さと言える。 虎白に教えを請うなんて・・・ゆ、許さないからね。」
少し機嫌が悪くなったのか。
ルーナは灰皿にタバコを入れると竹子を追って城の中に入っていった。
ペップはしばらくベンチに座って考えていた。
するとまた門が開いた。
次は多くの狐が入ってきた。
真ん中を歩く男こそが鞍馬虎白だ。
ペップがじっと見ていると虎白は気がついて一度ペップを見たが何も言わずに城へ入っていった。
「はあ。 そうだよなあ。 俺みたいなのと狐の皇帝じゃレベルが違うもんなあ。 でもどうしたらいいんだよ。 もう仲間を失いたくねえ。 でもどうすれば・・・」
悩める若き猛獣はベンチに座ったまま空を見ている。
すると上官の中尉が鬼の形相で現れた。
ペップは気づかずに空を見ている。
「ガアアアオオオオッ!!」
「!!!!」
「何やってんだお前!!! 朝の点呼はどうしたんだ!!!」
「す、すいませんっ!!」
「少尉はルルに譲るか?」
「嫌です中尉殿!!!」
若き猛獣が花咲かすのはまだ先になりそうだ。
訓練訓練。
毎日過酷な訓練の毎日。
次の模擬演習はいつなのか。
ペップは毎日考えていた。
キーガのために自分はもっと有能にならなくてはならない。
基礎訓練がまるで身に入らない。
「おーいっ!!! ペップ!! やる気あるのか?」
「あります中尉殿!」
「じゃあ部隊のこの動きは何だ? 他の小隊より遅れているぞ!!!」
「す、すいません!!」
何もかも上の空。
キーガの顔やルーナの顔。
夜叉子の泣き顔が頭から離れない。
どうすれば皆の言う強さを手に入れられるのか。
考えてもわからなかった。
「連隊注目!!」
連隊とは1万で構成される軍隊の部隊編成の中で最も大きな部隊だ。
今では私兵も膨れ上がり1万になる勢いだった。
連隊長のタイロンが大きな声で話している。
「次の大将軍レミテリシア様の正覇隊との模擬演習だが。 1個大隊で行う。 兵員は2000頭だ。 正覇隊はあの不死隊で構成されている。 かなり強力な部隊だ。」
大将軍レミテリシア。
聡明で勇猛果敢。
敵にも慈悲深い将軍だ。
そして彼女に従う不死隊こと正覇隊。
非常に高い練度と鉄の忠誠心でレミテリシアを支える。
まさに私兵。
まさに精鋭だ。
レミテリシアと夜叉子は領土の距離という問題で模擬演習を行う事がなかった。
しかし今回は帝都に正覇隊と来ている。
またとない模擬演習のチャンスだった。
そしてレミテリシアから夜叉子に頼んで模擬演習が実現した。
「こちらも精鋭2000で挑む。 大尉はコカ! お前の大隊から編成しろ!」
「了解であります!」
ペップは目を輝かせた。
コカの大隊にペップは所属している。
自分も出られると興奮していたが。
「じゃあ編成だけど言うまでもないがペップの小隊は出さない。 後方支援だ。」
「え・・・」
「え、じゃないだろ。 お前反省しているのか?」
「それは・・・」
当然だがペップは出せない。
まだまだ精鋭には程遠い。
相手は正覇隊。
長年私兵として運用されていた。
自分達が「精鋭」と呼ばれる事にも慣れている。
それが当たり前だからだ。
獣王隊を高卒の社会人に例えるなら正覇隊は国立大学を卒業している。
叩き上げで強くなった獣王隊と生まれた時から強くなるための訓練をされている正覇隊。
お互いのプライドがぶつかるこの戦いにペップの様な未完成の兵士は連れていけなかった。
コカの考えは正しい。
「構わないよ。 連れて行ってあげな。」
「お頭!! 無茶言わんでくださいよ・・・正覇隊は強い・・・」
「だからだよ。 経験させないとこの子は成長しないよ。 あんたらだってメテオ海戦、アーム戦役にディノ平原と経験してわかったでしょ?」
「そ、それは・・・でも負けたらお頭の顔に泥塗ることになるんですよ?」
「ふっ。 泥ねえ。 汚いのは嫌だね。 でもね。 大切な子達のためなら泥ぐらい浴びてあげるさ。 それがあんたの頭ってもんでしょ? しっかりやってきな。」
煙管を咥えて遠くを見ている。
ペップは嬉しくてたまらなかった。
夜叉子の期待に応えたい。
もう泣かせたくない。
不満げなコカを睨むと夜叉子はペップを見た。
そして黙ってうなずくと去っていった。
「はあ。 お頭・・・ペップ。 足引っ張るなよ。 命令に従え。」
「わかりました!!!」
大喜びでペップは兵舎に戻った。
ルル達に話すとその日は眠った。
明日は正覇隊と模擬演習だ。
ぐっすり眠って朝になると完全装備の獣王隊2000が整列している。
「前進!! 帝都と第4都市の間にある中間地帯へ進め。 白王隊と白神隊が見届人だ。」
中間地帯には白王隊と白神隊が整列している。
そして正面には白い旗に狐が剣を2本持っている旗印。
レミテリシアと正覇隊だ。
「来たな獣王隊!!! 無理言ってすまない! またとない機会だ。 全力で戦おう!! 私は大将軍レミテリシアだ。 では正覇隊!!! 突撃ー!!!!!」
『おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!』
迫る正覇隊。
全兵士が髑髏の仮面をしている。
表情がわからない。
不気味に迫る正覇隊を待ち受けるコカ。
「正面突破か。 大胆だな。 こっちは獣王のやり方で行くぞ。 落とし穴にかかるまで待てよ。 射撃隊は撃っていいぞ。」
射撃隊が発砲するが正覇隊はまるで倒れない。
どよめく獣王隊だが落とし穴がある。
焦る事はなかった。
「落とし穴にかかるぞー!!」
「ハシゴかけろー!!」
「なっ!?」
「いつも決まった戦術なんじゃないか? 落とし穴だろ? はっ? 甘いね。 速度落とすなー!!!」
正覇隊はハシゴをかけて落とし穴に落ちる事なく進んできた。
そして獣王隊に斬りかかった。
人間相手に負けるはずない。
獣王隊は乱戦だって強いんだ。
「過信は死を招くぞ。 人間だってなあ。 限界まで鍛えればお前ら獣にだって負けないんだ。 毎日死ぬ寸前まで鍛えているからな。」
正覇隊の大尉が言う言葉に偽りはなかった。
獣王隊の中に入り込んだ正覇隊は次々に獣王隊を倒していった。
想定外の事態に慌てる獣王隊だがコカは冷静に指揮していた。
「第1中隊は左から回り込め。」
ペップと中隊はコカの指示に従い左から回り込んだ。
破竹の勢いで進む正覇隊の側面攻撃を狙った。
しかし正覇隊の大尉は即座に気がついて対処した。
驚くべき戦略で。
「右に全軍動け。」
側面攻撃を仕掛けようとした中隊から逃げるように正覇隊全軍が右に動き出した。
乱戦状態になっている先頭にいる部隊を切り離す事なく2000人の正覇隊が動いている。
しかも動きながら次々に乱戦へと小隊を投入している。
一体どんな訓練をすればここまでの練度になるのか。
距離を取られた中隊は追いかける。
すると正覇隊の大尉がまたしても指示を出す。
「ハシゴ取れ。」
ハシゴが正覇隊によってなくなると追いかける事に夢中になっていた中隊の先頭が自分達で仕掛けた落とし穴にかかった。
大勢で動くと方向感覚がわからなくなる。
目の前で自在に動く正覇隊を見ると更にわからなくなった。
見事に獣王隊を分離すると正覇隊の攻勢は強まった。
「残りの小隊も前進させろ。 コカ大尉を仕留めろ。」
そして正覇隊の大尉は剣を抜いた。
隣にいる中尉にうなずくと大尉は乱戦へと入っていった。
その頃ペップ達は落とし穴を見ていた。
「中尉殿行きましょう!!」
「いや動くな。 混乱している事にしろ。」
「はあ? どうしてですか中尉殿!!」
「命令に従えと言ったはずだぞ。」
「ぐ・・・うう・・・」
勢いに乗る正覇隊は獣王隊を倒している。
200頭を超える1個中隊が分離してしまった今は劣勢なのは明白。
ペップは何もできずに苛立ちが隠せない。
コカ大尉は冷静に戦況を見ている。
「こちらも残りの小隊を出せ。」
半獣族。
強靭な肉体に、生まれついての五感の鋭さ。
そして自然界で生き抜くハングリー精神。
衝撃信管弾を何発か撃たれた程度では気絶なんてしなかった。
正覇隊はここに来て大きな過ちがあった。
それは倒れた半獣族を無力化したと思っていた事だった。
乱戦はやがて一方的になってコカを正覇隊の兵士が見つけた。
「甘く見ているのは人間の方だぞ。 今だ!!! 立ち上がれ!! 反撃しろ!」
コカの合図で気絶したふりをしていた獣王隊が立ち上がり反撃をした。
まさかの事態に正覇隊は陣形が崩壊して大乱戦になった。
その光景を見ているペップは歓喜していた。
自分も我慢できなくなってしまった。
「上官方があんなすげえ戦いをしているのに!! 俺達も行こう! 正覇隊を倒せるぞ!!」
そしてペップは落とし穴を飛び越えた。
正覇隊が地面に置いたままにしていたハシゴを取り戻して落とし穴にかけた。
しかしそれが決め手だった。
正覇隊はハシゴを使って次々に撤退すると1個中隊で落とし穴の対岸にいた獣王隊を正覇隊全軍で強襲して壊滅させると悠々と後退した。
怪我をしている正覇隊はかなりの数がいたが彼らは元は不死隊。
いや今でも不死隊か。
開戦前の位置まで後退すると機関銃を持って戻ってきた。
獣王隊は大乱戦の末に満身創痍。
高威力の機関銃を防ぐ神通力はなかった。
結果獣王隊は全滅。
ペップの判断によって逆転した。
その僅かな隙きを見逃さなかった正覇隊はさすがとしか言えなかった。
彼は思い知ったか?
個人の独断で大勢が死んでしまうという事を。




