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4.帰り道

 正直言ってとても気まずい。

 暫し彼と見つめ合い、なんともいえない時間を過ごす。気まずさがあるのだろう。自分も口を開きはしなかったが、篠本も何も言わなかった。

 正直言って用があるのは裏門なので、会釈だけして通り過ぎればよかったということに思い至ったのはそのままたっぷり数十秒経った後だ。

「えっと…………御鷹さんも、帰るなら一緒に帰ろうよ」

 沈黙を先に破ったのは彼の方だった。裏門の方へと視線を向けて、頰を掻きながら気まずそうに告げられた。

 更に気まずい時間が続くだけなのではないか、と一瞬悩む。とはいえここで断る、と断言してしまうのもなんか気まずい。断ったとしてもお互いの向かう先は裏門を抜けて十数分歩いた先の駅であるのだから、距離を近しくして歩くことには変わりがない。ということは断った方が確実に気まずいわけだ。

 結局、考え抜いた結果篠本の言葉に頷いて隣を並んで歩くことになった。部活の無い学生が概ね帰った後で良かったと思う。こうして王子と呼ばれる彼と二人並んで歩く図は、彼の熱狂的なファンには見られたく無いなと何処となく周囲を警戒していれば。ぽつり、と篠本から小さな呟きともとれる問いかけが落とされた。


「……御鷹さんも、変だと思う?」


 彼にしては珍しいほどの弱々しい声だ。隣を歩く彼を見上げれば、此方を見下ろしていた彼と目が合った。目が合うとは思っていなかったのか、ぱちり、と何度か瞬いた彼は気まずそうに目を逸らす。

「何が?」

 どれのことだかわからない。目が合わないのなら仕方がない、と視線を前に戻し歩みを止めないままに尋ねれば彼はぽつり、ぽつり、と口にする。

「良い年して、運命の人だのなんだのって言うの。変だな、とは思うんだけど」

 確かにまあ、なんだそれ、とは思ったが変だとは思わなかった。首を傾げながら素直な感想を告げれば彼は安堵したように息を吐く。

「そっか、よかった」

 それから、暫く沈黙が広がる。けれど、盗み聞きがバレた直後とは違ってそう気まずい物でもなかった。安心した篠本が、表情を緩めているからだろうか。それとも、盗み聞きを咎められなかったからだろうか。わからない。

 遠くで踏切が鳴る。十数分の道のりも、何だかんだあと数分というところまで来た。

 このまま沈黙が続いても、悪いものではないかもしれない。そんな風に思っていた時。「あのさ」と篠本はまた、何処か言い辛そうに言い淀んだ後「答えたくなければ、答えなくていいんだけど」などと予防線を張った後で、其れを口にした。

「御鷹さんは? 好きな人とか、居るの?」

 変化球だ。そんな事、まさか寄りにもよってこの男に問いかけられるとは思わなかった。

 思わずというように振り向けば、不思議そうに首を傾げる篠本が此方を見ていた。

 ──不意に、重なる。前世の男と、篠本の表情が。

 瓜二つだな、と思った。


「……私は、恋愛には興味が無い」

 はっきりと告げたつもりだった声は、何処か掠れていた。

 他の誰でもない、この男に言うのが嫌だったのだろうか。予想外の声に思わず喉を片手で抑えれば、篠本は「どうして?」と続けた。

 どうして、とこの男が問いかけてくるのが酷く滑稽だ。

 分かっている。前世は前世。今世は今世。この男が純粋な疑問をぶつけてくるのは何一つ、おかしくはないし。この男に、自分の過去の感情をぶつけるのはお門違いだと。

 分かってはいる。

 ただ、分かっていても。


【ヴェンデッタ。愛している】

 暖かな、陽だまりのような笑顔に可愛く笑えていると良い。そう思いながら笑顔を返した。

 彼の心からの愛に、自分なりの愛を必死に返した。

 魔王と呼ばれていた自分が、見目に気を使いながら。

 魔王と呼ばれていた自分が、彼の返答を気にしながら。

 魔王と呼ばれていた自分が、彼の言葉に一喜一憂をしながら。

 全身全霊で、恋をしていた。

 好きだった。愛していた。

 ──けれど、それは最悪の形で裏切られた。


【──ヴェンデッタ】

 心の臓を貫いたあの感覚を覚えている。

 今まで優しく緩められていた瞳が、鋭く自分を刺すあの衝撃を覚えている。

 今まで自分に愛を語っていた唇が、【死んでくれ】と残酷に冷酷に言い捨てた姿を覚えている。

 なぜ、どうして。うそだったのか。一緒にいたい、って、言ったじゃないか。

 ぐちゃぐちゃになった感情を、隠さず表情に出す。自分がひどく、醜い顔をしているのはわかった。

 信じていた。愛していた。人間でない自分が、人間のように。振り回されて。


【俺が、本気で貴女を、愛しているとでも思ったのか】

 

 最期に告げられたのは、そんな言葉だった。


「……御鷹さん?」

 ふと、考え込んでしまっていたらしい。どうして、という彼の問いかけに返事をするのも忘れていたようだ。

 今までの考えを、想いを捨て去るように頭を振り、此方の表情を覗き込むように顔を近づけていた篠本に笑みを向けた。

 今の自分は、どんな顔をしているのだろう。ヴェンデッタではなく、御鷹創という女は、彼に向かってどんな表情を浮かべているのだろう。

 それは、想像もできなかったが。

「私は、恋なんてしたくないだけだ」

 できることなら。永遠に。

 告げた言葉に、篠本はなんとも言えない表情を浮かべて目を逸らした。


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