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2.御鷹創


 御鷹創には、前世の記憶がある。

 それを前世と言って良いのかは、当初は分からなかった。気が付いたら、小さな手足で無力な自分は涙を流し、母親と思しき存在に抱き上げられていたのだ。

 当時、自分が過去生きていた世界のことを上手く語れる術を持たなかった。膨大な量の記憶に悩みながら、加護者である父と母の間で生きていた。

 馬車でも馬でもない、見たこともない厚い装甲を持つ乗り物に動揺し叫び。

 指定箇所を押したり触れたりするだけで、灯りが付いたりお湯が出たりする機械に肩を震わせ。

 見たこともない文字に頭を悩ませ、聞いたこともない言葉を理解するのに相当時間が掛かった。

 自分がどのような状態に陥ったのかを知ったのは、この世界に生まれ落ちただいぶ後だった。


 異世界転生。

 ランドセルを背負い始めて少し。何てことない、クラスメートがお勧めしてきた小説がそれをテーマにしていた。

 現代で生きる人間が、文かも何もかも違う世界に飛び込んで生きていく。

 後にそんなテーマの作品は在り来たりでゴロゴロとあることを知ったが、初めて読んだそれには酷く驚き。これが自分の現状だった、と理解をした。

 自分は、前世の記憶を持ったまま異世界に転生をしたのだと。


 ──まあ、理解をしたからと言ってそれらは何の意味もないのだが。

 それでも無為に生きていくよりは、現状を把握することができ。そして、元の世界への諦めもついた。

 これは、第二の人生なのだと。そう思えば、小説の主人公のように。心穏やかに生きていけた。


 自分が、かつてその異世界で勇者と恋をした挙句その勇者に裏切られ死んだ魔王である事なんて。

 何てことない、昔話であると。

 この世界では関係のないものだと。──そう割り切り、今では唯の女子高生として。


「……生きていた筈なんだがなあ」

「創、創」

「なのにどうして」

「創ー! プリント!」

 前の席の奈子が、ひらひらと視界の端でプリントを揺らす。

 昔のことに想いを馳せすぎたようだ。授業が始まっていたことも忘れ、息を吐く。

 どうやら何度も、奈子は名前を呼んでくれていたようだった。即座に反応できなかったのは、思考が"前"に偏り過ぎていたからかもしれない。彼女に謝罪を一つした後、手渡されたプリントを受け取ってシャーペンを手にする。

 この世界に生を受けて、今年で十六年だ。前世と違い、この世界では馬鹿みたいに何度も何度も己の名前を記入する。

 まるで、己の魂に刻み込むかのように。何度も何度も。

 だから、この名前はもう染み付いている筈だった。

 前世が魔王であろうと、異世界に転生しようと何も関係が無い。


 自分はもう魔王ではなく御鷹創なのだから。

 

 そう思っていたのだ。

 なのに。

「御鷹さん、消しゴム二個持ってる?」

 こそり、と隣から口元に手を当ててこそり、と声を掛けてくる男に目を向ける。

 なのに、高校に入ってこの男に出会ってしまった。過去と現実を切り離し、生きてきた今。今更。

 眉を下げ、弱ったように訪ねてくるその姿に息を吐き、筆箱の中から小さくなって使いづらくなった予備の消しゴムを手渡した。

「使いづらいけど」

「助かる!」

 屈託なく笑うその姿は、王子として周囲の女子に囲まれている時にはあまり見られないと思う。

 だからこそ、奈子が「王子さまは創のことが好きなんだよ」なんていう事を言い出す。それは、根拠も何もない勘違いというわけではなかった。

 ただ、正直言って仮に彼が自分を好きだったとしても。

 好意を抱いていたのだとしても。それは信頼に値しない。

 愛ではなく、何かしらの親しみだったとしても。

 何か裏があるのではないか。

 その人に好かれる顔で、何かを企んでいるのではないかと勘繰ってしまう。


 それも、そうだ。


(生まれ変わり、自体はあるとして。──記憶を持たないのなら珍しくないと、仮に定義づけるとして)


「御鷹さん、ありがとう」

 頬を掻いて、自分に礼を告げる姿が不意に前世の知り合いと重なる。

【魔王、ありがとう】

 こんな立場ではないのに、と笑い恥ずかしそうに礼を告げた存在に。

「……別に、大したことしてない」

 それに対して、息を吐き淡々と返事をする自分すらも前世と重なってしまう。

【大したことはしていない。──それに、勇者に死なれるのは私とて困る】

 溜息を吐き、呆れたように告げたかつての自分の姿と。


(珍しくないと、定義づけるとして──だとしても、何故魔王のすぐ傍に勇者が転生してしまったのか)


 そう。自分が魔王で、彼が勇者である限り。

 彼の存在を信じ切ることなど、出来はしない。

 ──自分は、彼の愛を信じた結果裏切られ死んだ魔王なのだから。

 ──自分は、彼の語る愛に騙され命を落とした存在なのだから。


 この男を信用することなど、出来るわけもなかった。


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