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1.欲しかった日常


「これから先、貴女が俺といることで辛いことや傷つくことの方が多いだろう」

 強い意志を持つ揺らがない真っ直ぐな瞳が、此方を射抜く。


「貴女方を悪と為し、生きてきた俺たちが貴女方をいきなり好意的に見ることは恐らく不可能だ。悪意に晒されることも多くあるだろう」

 自分のものに比べて硬く、頼りがいのある大きな両の手が私の手を包み込む。見た目に反して、優しく。それでも逃さない、と告げるかのように強く。


「貴女に、強制することはできない。一番楽な選択は、俺が貴女を殺して終わりにするか、貴女が俺を殺して終わりにするかのどちらかなのだから」

 強い瞳や、優しく握る手のひらとは反対に、声色はどこか不安げだった。受け入れられなくとも仕方がないと、彼は分かっていた。


 分かっていて、私を求めていた。

 全部、彼は分かっていた。

 そして、私も分かっていたのだ。


「それでも俺は、貴女と共に生きていきたい」

 

 これは大勢に祝福されるような恋ではないことを。

 これは大勢に反対されるような愛であることを。

 受け入れられるどころか──多くを敵に回すことを。

 私たちは分かっていた。

 理解していて尚──私たちは、求めた。

 意志を、想いを、愛を。


「俺は、貴女を愛している。富も、名声も要らない。どんな苦難が待ち受けていても、俺は貴女に変わらぬ愛を誓いたい」

 

 頰に手がかけられる。少し屈んで、私の瞳を覗き込む彼と目が合った。

 強い意志を持つ瞳はどこか熱を孕んでいた。息遣いがよく聞こえるこの距離で、彼は私の答えを待っていた。

 私の答え次第で、この僅かしかない距離は一瞬で埋まるのだろう。それが理解できたから、私もすぐ近くにある彼の頬へと手を伸ばした。


「ああ。私も、お前が────」


 愛を告げた男は、世界でただ一人、勇者と呼ばれる青年だった。

 愛を告げられた女は、世界でただ一人、魔王と呼ばれた魔族だった。


 なんてことない。

 よくある御伽噺だ。


*******


 きゃああ、と女子の甲高い声が廊下から響く。

 ホームルームが始まる少し前。友人と騒ぐよ声で騒々しい筈の教室の片隅に座る自分たちのところまで、その声はよく響いた。

「あら、王子のご登校かしら」

「毎日毎日、飽きないな」

 机に頬杖をついて深々とため息をつけば目の前で爪にマニキュアを塗る友人はくすくすと笑い声をあげた。

「そりゃ、王子様だもの」

 どうやら綺麗に塗ることが出来たらしい。満足げに笑った彼女は此方に塗ったばかりの爪を見せてきた。

奈子(なこ)。チャイム鳴るぞ」

「大丈夫、終わったわよ」

 塗ったばかりの爪を確認するために彼女が指を天井の光に向ける。なんとなくそれに目をやれば、それと同時に教室の扉から王子本人が足を踏み入れたのが視界に入った。


 篠本(ささもと) (みつる)

 日本では珍しい、短く切りそろえられた綺麗な金髪。

 日本では珍しい、深紫を持つ両の目。

 そんな日本人離れした特徴を持った男の顔立ちは、酷く整っている。

 年頃の女子ならばその見目に魅入られて、年頃の男子ならば嫉妬をするか羨望するか。

 故にまあ一言で表すなら。

 よくモテる男。

 というのが、正しいだろう。

 

「おはよう、みんな」

 ひらり、と手を挙げて周囲に挨拶をした王子は此方に向かって一歩一歩近づいてくる。廊下で甲高い声を上げていた女子は、ホームルームが近いのもあって流石に自重して入っては来なかった。

 正直あの女子たちが入ってくればとても邪魔だ。故に、彼がホームルームギリギリで登校してくるのは、彼に熱を上げている女子以外にとっては助かる事実だった。

 隣の席まで歩いてきた彼が、椅子を引いて座る。そんな様子を笑いながら見ていた目の前の彼女は、マニキュアを乾かす為にその場で手を振って彼に向って笑いかけた。

「おはよう、王子様。今日もとっても人気ね」

「おはよう、藤崎(ふじさき)。その王子様って言うのは凄い止めて欲しいかな。あと、ホームルーム直前でマニキュアを塗るのもどうかと思うよ」

「窓は開けてるし良いじゃない」

「いや、授業的な話でね……」

 げんなり、とした表情で彼は奈子を見た。そういうところを見ると、きゃーきゃー喚かれるだけで彼自身は普通の感性を持っているのだよな、と何となく横目で見上げれば、深緑と目が合った。

 その瞳が、柔らかく細められる。嬉しそうに、頬が緩められる。

「おはよう。御鷹(みたか)

「…………おはよう、篠本くん」

 何処か、熱がこもったように感じられる挨拶に、冷静に挨拶を返せば彼はその笑みを更に深めた。

 やがて、彼の友人が机の横に来て隣は喧しくない程度に騒がしくなる。

 そんな中でに、と笑った奈子が顔を近づけて声を潜めた。

「やっぱり王子様、アンタの事好きだと思うわよ。(そう)

「……大してかかわったこともないのに。気のせいだよ」

 チャイムの音が鳴る。これ以上続けようとした奈子が、唇を尖らせてマニキュアが歪まないように器用に道具を回収しながら前を向く。隣の喧騒も止み、隣の男はほっと安堵したように息を吐いて、鞄を開いた。

 その横顔は、良く似ている。──昔の男に。

「……えっと、御鷹、何か用事?」

 見られている事に気が付いたのだろう。ぱちぱち、と何度か目を瞬いた彼は、視線だけを此方に向けて小さく口にした。

「いや、ゴミが髪についてただけ」

「えっ、恥ずかしい。有難う」 

 ぱっ、と頭に手をやってある筈のないゴミを探す彼に少しだけ申し訳なさを感じながら、もう取れたよと告げる。

 彼は安堵したように笑って、お礼を告げた。


 何てことない、日常だ。

 戦争も何もない平和な世の中にある、普通の一コマだ。

 ──魔王と勇者が存在して、剣も魔法もある世界から輪廻転生してきた自分には眩しすぎる程。

 温くて、暖かくて。


(あの頃欲しかった、日常だ)


 自分と愛を誓った、かつての男との間に。

 欲しいと願い、祈った日常だ。 


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