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第11回書き出し祭りに投稿した作品です。
誤字は修正。
滝雪新層が精通したのは齢十の時であった。
当時の木曜の夕方に放送され始めたアニメ、キメラウォーズの二話の最中である。
初回である前回は何の変哲も無かった平凡な主人公が、異形の怪物達に攫われた後に悪の組織の研究の試験体として、怪し気な液体の中に漬けられたところで終わっていた。
その初回が終わってからどうしてか、ひたすらに長く感じられた一週間のその果てに新層はテレビの前に釘付けになり。
オープニングをも飛ばして、唐突に主人公が絶叫を上げながら異形の怪物として変化していくその様を食い入るように見つめながら、新層は精通していた。
その後、病気になったかもしれないと無垢な言葉を母親に投げ掛けたのは、今思い出しても顔が赤くなる。
十、二十年以上が経った今でも良く思い出すその出来事は、また今でも再生する度に新鮮な勃起が出来る程の本能への強烈な刺激は、新層にとって自身が踏み固めて来た盤石な軌跡をかなぐり捨てるのに値するものであった。
*
遺伝子工学の分野に進んだ新層が目指すものは勿論、そのキメラウォーズの再現であった。そしてまた、最終的には自身もそのように変態する事を望んでいた。
とは言え、幾ら遺伝子を弄れるようになったところで、そんな架空は実現出来る訳も無い事を新層は理解していた。しかし、そのようなロマンを抱いて研究に励む事は人生に彩りを与えてくれる事に間違いなかったし、出会った同士と語り合うその日々は中々に輝いていた。
ただ、輝いていたが平凡でもあった。勉強をすればする程に、現実というものは非情な程に冷めたものであるのだと突きつけられていた。
そんなある日、唐突に発表された論文の一つがあった。端的に言えばある種の拒絶反応を新たな手法によって抑える事が可能であると言う発見であり、最初こそは些細なものだと思われていたが、次第にその応用性に誰しもが気付き、数日も経つ頃には遺伝子工学のブレイクスルーとして世界中の話題となっていた。
また、その論文の発表者は虎牙不亜という日本人の女性であった。
巷ではノーベル賞は確実だと伝えるニュースやその論文の中身を分かりやすく噛み砕いたバラエティ番組等の一般受けするような放送ばかりが流れ、また研究者が女性である事もあって連日話題はそれで持ち切りだった。
その最中、新層は碌に飯も取らずに同士達と共にその研究の可能性を論じていた。
パソコンにしがみついて、ひたすらにキーボードを叩く。幾人ものチャットが侃々諤々と流れていく。
その手法を応用すれば、他種の細胞を体に埋め込む事が出来ないか? 更にそれを我が物として動かす事は出来ないか?
浪漫に憑りつかれて研究職にまで就いた人間達だ。進む議論は圧倒的な速度を保ちながらも裏付けを伴って進み、そして。
理論上は可能だろうと言う結論には辿り着いた。
しかし、その理論を現実に落とし込む為には莫大な金とそして、倫理観を丸っきり無視するような実験が数多に必要だろうとも。
そんな事は戦時中になろうとも、今となっては不可能だ。
「いや、うー……あー……」
何にせよ、それが実現出来るからと言って生体実験、取り分け人体実験などは許されそうにも無い。
ボサボサの髪の毛を掻き毟って新層はパソコンの前から離れた。精通した程に興奮した架空は、現実に落とし込める。しかしそれは、架空と言って良い程の犠牲を伴う必要がある。
チャットの勢いは落ち着いて来て、気付けば体は臭っていた。喉の渇きや空腹も激しく、頭痛すらしていた。
これはまずいと一旦、体を整える。それからパソコンの前に戻ると、そこには一つのリンクが張ってあった。
倫理観を無視する会話(と、普段はお子様お断りな内容)が数多に流れる為に非公開なチャットツールの中で、何者か分からない誰かが張ったリンク。
見るからに怪しげで、しかしそれはクリックせざるを得ない蠱惑を放っていた。
ぽつ、ぽつと。
その発表から生物学者が行方不明になっていった。何の痕跡も残さず、行先を誰にも告げず。割合としては日本人が比較的多いが、それ以外の国からも何人も消えていった。
そしてその発表をした研究者、虎牙不亜もノーベル賞の受賞が決まったその日に忽然と姿を消していた。
ニュースは瞬く間にその行方不明者達に取って代わられ、しかし各国の警察が巨額と歳月を掛けて協力しようとも進展は皆無であり。
日本ではその家族が駅前などでビラを配る様子がよく見られるようになったが、そんな賢明な努力も何一つとして実を結ぶ事は無かった。
強いて言うならば、新たな行方不明者が増えるだけであった。
*
自らの意志で拉致された新層や虎牙を含む研究者達は、とある場所に集められていた。
薄暗い、どこかも分からない巨大な研究所の中。
そして新層にとって人生初めてである人体実験は、ニュースでも聞いた事のある国際的なテロ組織の構成員らしき人間で行う事になった。
口を塞がれ、目隠しをされ、手足を縛られた状態で転がされたその男に向かってパトロン、自らをアヴドゥラと名乗った彼は通訳を介して言った。
「彼は何人もの少年少女を誑かしてテロの先兵とさせ、罪無き人達の命を数多に奪ってきた。
私達が有効活用しても構わんだろう」
ただ虎牙の手法の先にその架空があれど、ここから出られない事を許容する程に人生を捧げる事を決意すれど、誰しもが人の命を弄ぶような人体実験をした事は無かった。
そんな切り捨てられない倫理観に誰も戸惑う中、真っ先に手を伸ばしたのは新層と虎牙であった。
「私は諦めない」
そして二人は同時に呟いていた。
顔を見合わせる。
「何がどうなろうとも」
「私は私の理想を実現させて見せる」
新層が続けて呟けば、虎牙が返した。
その言葉は、キメラウォーズの悪の組織に属する研究者の台詞であった。非人道的な事ばかりを自分勝手に、時に味方すら欺いて突き進めるその姿は悪として突き抜けており、またそんな姿は人に戻ろうと抗う主人公達よりも魅力的に映ったものだった。
二人は微笑み、そして虎牙は切り替えるように話し始めた。
「最初から人体実験が出来るのならば、早い事この上無いわ。
まずは類人猿との接合に対して確かめていきましょう。きっと犠牲は百人は下らないでしょうけれど、それでも私は諦めないわ」
「私も諦めない」
新層が続け、そんな様子に他の研究者達も触発されていく。
「わ、私もです」
「お、俺も!」
「僕もです!」
それでは、と虎牙が他に必要なものをアヴドゥラの通訳に要求していく。
会話を聞いているだけでその要求に掛かる金額は千万、億をも簡単に超えていくが、アヴドゥラはどれに対しても簡単に頷く。
石油王なのか何なのかは知らないが、それはどうでも良い事だ。
目の前のその人間は自分達をここから出す事も無いだろうが、その代わりに何だって用意してくれるだろう。金も、人間さえも。
人にゴリラの筋力を付与する事をまず目標とする。
一人目。拒絶反応を抑えきれずに肉体が衰弱、腐敗して来た為処分。
十七人目まで同上。
十八人目。人にゴリラの組織を馴染ませる事に成功。しかし、幾ら待てど筋力は発揮されず。
隙を見せた際に研究者の一人が刺されて死亡。処分。
二十二人目。人としての理性を保ちながらゴリラの筋力を発揮させる事に成功。結果を基に他の類人猿の能力を付与する事への試行を開始する。
三十人目。目の前に転がって来たのは、つい先日までアヴドゥラとの通訳を務めていた人間だった。
口を塞がれており、懇願するような目で見て来るが、研究者達は一度顔を見合わせた後に他の被験者と同じ扱いにした。
オランウータンの組織を馴染ませる事に成功したが、何の変哲も見られず。
三十七人目。オランウータンの特性を生かす事に成功。
四十二人目。ボノボの特性を生かす事に成功。類人猿の特性をより生かす事も並行で研究しながら、馴染ませる対象を哺乳類全般に拡大。
それから六十五人に対して類人猿の特性をより生かす事と哺乳類の特性の付与へ失敗を繰り返す。
研究者の複数人が鬱病となり、施設内での回復が見込めなかった為、処分。
十年が経過した。
未だ来た当初の熱量を保ち続ける研究者は半分にも満たず、しかし新層と不亜は更に熱意を増やしていた。不亜もまた、キメラウォーズにて初めて秘部を濡らした女性であった。
新層は不亜程の頭脳を持ってはいなかったが、その熱意は未だ微塵も衰えておらず、またその甲斐もあって研究者として不亜を驚かせる事をも時々起こすようになっていた。
百八人目。人にゴリラの四肢を、その力強さを保ち、また人の形を残したままに、そして人の自我を残したままに付与させる事に成功。しかし、メンテナンスが常に必要である。
二百三十五目。更に五年が経過。人に対して犬の嗅覚及び、牙……マズルをその能力も備えた状態で肉体に付与させる事に成功。新層は最近オムツを履くようになった自分の判断に感謝した。人に鳥類の能力を付与する研究を開始。
二百四十人目。アヴドゥラに狼の全身を付与する。
二百五十五人目。人にトキの全身を付与する事に成功。しかし、空を飛ぶ事は適わず。
それを眺める二人。不亜が若干震えながら呟くように言った。
「私ね、鳥になりたかったの。あんな窮屈な家庭から未来永劫、逃げ出したかったし、私自身の腕を使って空を飛んでみたかった。
それも……もう少しで叶うわ」
それを聞いて、新層は下品で、しかしきっと当たっているであろう想像をした。
新層と不亜が自らの肉体を改造する十年前の事であった。
書き出し祭りリザルト:
1位投票3人、2位投票2人、3位投票2人で15pt
第一会場の25作品中9位
全体の100作品中30位
前回がビリだったので個人的には満足。
ただ、前回の作品が続きがある程度思い浮かんでいて、投稿はその先まで一緒にしようと考えているのに対して、今作は思い浮かんでいないのでさっくり投稿。
けれど、反響が大きかったら少し考えるかも。
書く時に考えていた事やら。
https://twitter.com/hellowo10607338/status/1347875770966757376