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アルテミドラ編6

その日の夜は晴れやかだった。夜空にはっきりと月が姿を現していた。

それとは対照的に地上のツヴェーデンでは狂騒と狂乱が支配していた。軍事政権が軍事パレードを主催した。その目的は軍の威容を市民に見せて威圧することであった。

軍事政権の存在はアルテミドラの命令を実行するだけにすぎず、それ以上でもそれ以下でもなかった。

完全にアルテミドラの傀儡にすぎなかった。軍人たちの行進を、セリオンも見ていた。

沿道には多くの市民が押しかけていた。不安そうな顔色がセリオンには見えた。

多くの市民たちに交じってセリオンもパレードを見守っていた。

大きな車両型の王座に、黒いドレスを着た女が座っていた。

その女はまさに「女主人」のごとく腰かけていた。軍の主人であった。

車両はオベリスクがある広場で止まった。アルテミドラは立ち上がって話し始めた。

「みなに私のことを紹介しよう。私はアルテミドラ。暗黒の大魔女アルテミドラだ。ツヴェーデンは闇に支配される。大いなる闇が訪れた。闇が法として君臨するのだ。市民たちよ、大いなる闇の支配を受け入れるがいい。さすれば闇の祝福が与えられるであろう」

その時市民が声を上げた。

「何が闇の支配だ! おまえの独裁には断固反対だ! ツヴェーデンは民主主義の国だ! 民主主義万歳!

自由の勝利だ!」

「そうだ! そうだ!」

「アルテミドラ! おまえの支配は認めない!」

勇気ある市民たちをアルテミドラは冷たくいちべつした。

「凍れ。氷天花ひょうてんか

「うわあああああ!?」

「きゃあああああ!?」

アルテミドラは氷のかけらを空から降り注がせた。ふれたものを凍らせていく。市民たちは氷天花によって凍っていった。市民たちは我を忘れて逃げ出した。市民たちの叫び声がこだました。

「私に逆らう者には死を与えよう。市民たちよ、おまえたちには二つの選択しか残されていない。従属か死か。二つに一つだ。好きなほうを選ぶがよい。闇を恐れよ。それが真理だ。闇への恐怖こそがおまえたちにふさわしい態度なのだ。もう一度述べよう。私はアルテミドラ。暗黒の大魔女アルテミドラだ」

アルテミドラの演説をもって、パレードは終幕した。




[アルテミドラ様に降伏し、従属せよ。さすれば寛容な処分が与えられるであろう」

と軍からテンペルに通達が届いた。テンペルは即座にこれを拒否した。ツヴェーデン軍が聖堂の前に展開している。対するテンペルも騎士たちの戦闘準備は万全だった。

「やはり力でやってきたな」

とアンシャルが言った。

「数ではこちらが劣勢だ。不利な戦いになるな。戦闘の序盤に主導権を取れるかどうかが勝敗を分けるであろう」

とスルト。スルトとアンシャルは騎士団に合流した。その中にはセリオンもいた。

「いよいよ戦いの時がやってきた。敵の数は多い。だが、敵は魔女に操られた野獣の群れにすぎん。我々が秩序だった作戦行動を取れば必ず勝つ!」

スルトが騎士たちの前で演説した。

「おおおおおおおおおお!」

騎士たちは白銀の剣を上げて叫んだ。スルトが演説を続ける。

「女は負傷者の看護に当たれ。男は武器を取り戦いだ。いいか、戦場では己が持つ武器が頼りだ。武器を信じろ!聖堂騎士団、出撃だ!」

騎士団も聖堂から出て展開した。ツヴェーデン軍と対峙する。

「ふっ、どうやらテンペルは最後通牒を拒否したようだな。アルテミドラ様の慈悲をこえば許されるというのに。まあいい。分かり切っていたことだ」

そうドレイク Dreik が言った。ドレイクはアルテミドラと話をしていた男だ。

「ジュナイド Jhunaido 、ガウルス Gaurus 我々も戦闘準備だ」

「了解」

「わかったぜ」

ツヴェーデン軍の中には、一部司令官の指揮下にない集団があった。

ツヴェーデン軍司令官は通達というより命令が拒絶されたことを悟った。司令官は覚悟を決めた。

「全軍、攻撃準備だ!」

司令官パウルスが命じた。

「歩兵部隊前進せよ! 攻撃だ!」

ツヴェーデン軍歩兵部隊が聖堂騎士団に攻撃を仕掛けてきた。双方武器を手にしての戦いだ。セリオンは前線に躍り出た。

「いくぞ!」

セリオンは敵兵を次々と倒していく。

「セリオン、やるな。俺も前に出たいけど……」

アリオンはセリオンの活躍を後方で見守った。未成年であるためアリオンは後方に配置されたのだ。

「私も戦うぞ!」

アンシャルが前線に現れた。アンシャルの武器はバスタードソードだ。アンシャルが剣を振るう。あっという間に敵兵が倒される。

「私も出る」

スルトが前線に出た。スルトの姿は敵兵を怯えさせた。

「来ないならこちらから行くぞ! はあああああああああ!」

敵兵を武器ごと薙ぎ払う。スルトの一撃は強力でツヴェーデン軍兵士は、耐えられず吹き飛ばされた。

セリオン、アンシャル、スルトの活躍は目覚ましかった。三人は兵士を極力殺さないように加減していた。

ツヴェーデン軍は聖堂騎士団の同盟軍だったからである。

ツヴェーデン軍に動揺が走った。兵士たちは司令官パウルスの顔色をうかがう。司令官の怒号が響きわたった。

「何をしている! たった三人の敵になんたるざまだ!」

「それが……あまりに強くて……」

「数ではこちらが勝っている! 増援部隊を送れ! 数ではこちらが有利なのだ。数では……」

パウルスはまるで念仏のように言った。

「彼らに援軍の要請をなさってはどうでしょうか?」

「ばか者! あんな不正規兵どもなど信用できるか!」

「セリオン! あまり前に出すぎるな! 孤立し、包囲されるぞ!」

アンシャルが言った。

「わかっている!」

「戦況は我々に有利だ。戦いの主導権は我々の側にある。私は一時後退し、後方で指揮を執ろう」

スルトは後方に下がっていった。

「騎士団、一時後退! 敵に包囲の機会を与えるな!」

スルトの命令を受け、騎士団は一時後退し陣列を立て直した。数で劣っている騎士団は前に出すぎると、各個撃破か包囲殲滅の恐れがあった。

「敵は増援部隊を送ってきたようだな」とセリオン。

「ああ。敵兵ひとりひとりはたいしたことがないが、あの数は厄介だ」とアンシャル。

「敵は我々を過小評価している! 我々の真価をツヴェーデン軍に思い知らせてやれ!」

再び両軍が激突した。

「ツヴェーデン軍よ! おまえたちの精強さを奴らに見せてやれ!」

司令官は叫んだ。しかし司令官の期待とは逆に戦況は推移していった。

聖堂騎士団は強かった。騎士団の強さにスルトが与える影響は大きかった。

特に、セリオンとアンシャルの活躍は突出していた。

騎士団の秩序だった軍事行動にツヴェーデン軍は浮足立った。このままでは総崩れの恐れさえある。

「パウルス司令官、ここは我々が出よう」

「きさまらっ!」

「我々の準備はもうできている。ジュナイド、ガウルス出るぞ」

「この機会逃しませぬ」

「くっくくく! やってやるぜ!」

ドレイクは集団を率いて前線に出ていった。司令官はドレイクたちを信用せず、不信感を抱いていた。

「ふう、だいぶ敵兵が減ってきたな。このままいけば勝てる」

セリオンが言った。

「ん? 待て。何か来るぞ」

とアンシャル。

「お初にお目にかかる。我々はケルベリアン Kerberian だ。弱腰のツヴェーデン軍とは違うぞ」

ケルベリアンたちを率いるドレイクが言った。ケルベリアンとは魔女アルテミドラと血の契約を交わし、闇の力を得た兵士たちである。すなわち「魔女の狂犬」である。

「おまえたち、まさか闇の力を!?」

「そのとおり」

ドレイクがにやりと笑った。

「我々はアルテミドラ様より闇の力を与えられた戦士たちだ」

アンシャルの見立てにドレイクが答えた。

「でやっ!」

ガウルスがとびかかり、手に装備した金属製の爪でセリオンに攻撃してきた。

セリオンはそれを巧みによける。

「さあて、始めようぜ!」とガウルス。

さらにジュナイドは手にしたハルバードをアンシャルに振り下ろす。アンシャルは長剣で受け止めた。

「我々の闇の力、思い知らせてやろう!」とジュナイド。

セリオン対ガウルス、アンシャル対ジュナイドという構図になった。

「おまえたちが闇の力を使うなら、私は光明の力を見せよう」

セリオンはガウルスの爪を大剣で受け止める。

「くらいやがれ!」

ガウルスは左手の爪を繰り出そうとした。セリオンはそれを見破り、斬撃をガウルスに当てた。

「がっ!?」

ガウルスは倒れた。

「ほう、ガウルスを倒すとはやるな。なら!」

ドレイクが湾曲した大剣で斬りつけてきた。

「俺が相手だ」

剣と剣がきしる音がした。

「俺はドレイク。きさまの名は?」

「セリオンだ!」

「見せてやろう、狂える闇の力を!」

ドレイクは大剣で連続攻撃をしてきた。赤紫のオーラをドレイクは発していた。

「くっ!?」

セリオンは闇の力に押された。

一方、アンシャルのほうは決着がついた。

アンシャルの一撃がジュナイドを斬りつけた。

「ぐはっ! ……ばかな……」

「それは力とはいえないな。ただ狂気の契約を魔女と交わしただけだ」

アンシャルはジュナイドをみさげて言った。

セリオンは蒼気を発した。剣にまで蒼気がいきわたる。徐々にセリオンがドレイクを押していく。

「なんだと!? この俺が押されているだと!?」

今度はセリオンがドレイクに反撃していく。

「くそっ!?」

ドレイクは防戦一方になった。そしてセリオンの一撃がドレイクの大剣を弾き飛ばした。

セリオンの斬撃がドレイクに当たった。しかし、ドレイクはすんでのところでバックステップをしていた。

傷は浅かった。

残りのケルベリアンたちはアンシャル一人に一蹴された。アンシャルの光の力はケルベリアンたちを圧倒した。

「まだ続けるか?」

セリオンがドレイクに問いかける。

「ぐっ……ふん!」

ドレイクは何も答えずに立ち去って行った。ケルベリアンの全滅は決定的だった。

ツヴェーデン軍は潰走を始めた。

パウルス司令官は苦汁の判断をしいられた。

「撤退だ! 撤退する! 全軍後退!」

司令官の命令はむなしく響いた。もはや兵士たちは司令官の命令では動いていなかった。敗残の趣さえある。それを見てスルトは。

「ふむ。どうやら上級指揮官を倒すほうが敵に大きな動揺を与えられるようだな。追撃はするな! 深追いになる!」

騎士たちはスルトの命令に従った。戦いは聖堂騎士団の勝利に終わった。

聖堂は野戦病院と化し、負傷した騎士たちが運び込まれて治療されていた。

エスカローネやディオドラも回復や治療、傷の手当にあたっていた。

「よし! 聖堂騎士団、帰還する!」




魔女アルテミドラは大統領府を好まなかった。女王が君臨するのは宮殿のほうがふさわしかったからだ。

かくして、魔女アルテミドラはネーフェル宮を自らの居城としていた。

アルテミドラはハープを奏でていた。美しい旋律が鳴り響くたびに悲鳴が上がった。

「がああああああああ!?」

ドレイクは床の上をのた打ち回った。ハープの音が奏でられると苦悶に絶叫した。

「敵に敗れてむざむざ逃げ帰ってくるとは。無能者めが」

アルテミドラはハープを無情に奏でていく。これは血の契約をした代償だった。ドレイクはアルテミドラから罰を受けていた。

「お許しを……アルテミドラさまあ!」

アルテミドラはドレイクの訴えを無視してハープを奏でた。苦悶にあえぐドレイクの隣にはパウルス司令官が転がっていた。パウルスは氷づけにされていた。パウルスの最後の言葉は

「お許しを、慈悲を、アルテミドラ様!」

だったが、パウルスの失態は死によって許された。アルテミドラにとってはチャンスは一度しかなく、しかもその機会を無駄にする……敗北するとなると死による責任を追及された。

「許しは聞きいれた、パウルス司令官」

アルテミドラは冷たく言い放った。アルテミドラはハープの演奏をやめた。

ドレイクは床にへばりつき、荒々しく息をした。

「それにしてもテンペル! テンペル! わが僕どもを打ち負かすとは実に忌々しい!」



聖堂の執務室にセリオン、アンシャル、スルトが集まった。

「今回はツヴェーデン軍を撃退できたな。敵兵の数は多かったが、魔女の魔法で操られていたせいで軍隊というより群れと同じだった。我々は数では劣っていたが、質では上だった」

スルトが述べた。

「ああ。どうやら上位者を倒すことが有効らしい。兵士を倒すより、指揮官を倒したほうがいい。敵の弱点が露見したな」

「だが、次も同じように勝てるとは限らないと思う。テンペルもいつまでもつか……」

とセリオンは不安を述べた。

「我々はゲリラと同じだ。我々は勝つ必要は必ずしもあるわけではない。負けなければそれでいいのだ。

それに魔法で操られているとはいえ、できる限りツヴェーデン兵を殺したくない。そこでだ。セリオン、おまえに特別な任務を与える」

「特別な任務?」

「ネーフェル宮に侵入し、アルテミドラを討ち取れ」

「敵軍は魔女の傀儡だ。一気に敵の頭を叩けば敵の軍を無力化できる」

アンシャルが言った。

「分かった。俺が魔女アルテミドラを倒す」

「おまえがアルテミドラを倒せば、軍事政権も崩壊する」

とアンシャル。

「任務の開始は再度ツヴェーデン軍が攻めてきた時だ。それまで準備を整えておけ」

とスルトが言った。



予想どおりにツヴェーデン軍が再び聖堂前通りに現れた。兵士たちの攻撃準備は済んでいる。

司令官はパウルスからマイヤーへと変わっていた。作戦は優勢な数で敵を包囲するつもりだった。

「愚かで哀れなる者どもよ! アルテミドラ様に従属せよ! アルテミドラ様の慈悲を願い、ひざまずくがいい!」

マイヤー司令官はスピーカーを使ってテンペルに通達してきた。

「我々は魔女に屈しはしない! 我々は魔女の僕ではない! それが我々の存在意義だ!!」

スルトもスピーカーを使って述べた。

アンシャルがセリオンに言う。

「セリオン、ネーフェル宮に向かえ」

「分かった」

セリオンはひそかに聖堂を出ていった。

「アルテミドラ様に従わないのであれば死あるのみだ! 賢明な騎士たち諸君には降伏を進める!」

マイヤー司令官が再度通達してきた。

「我々は我々の存在ある限り戦う! 最後の一人になっても戦い続ける! 降伏は拒否する!」

スルトが反論した。

「アルテミドラ様に逆らうなど愚かな。もはや言葉など無意味。ツヴェーデン軍攻撃開始だ!」

「聖堂騎士団出撃だ!」

両軍が激突した。今回のツヴェーデン軍は深追いの傾向があった。前方に出すぎて孤立するのだ。

聖堂騎士団は今回は敵の指揮官を集中的に狙った。たちまちそれが効果を現し、ツヴェーデン軍は混乱状態に陥った。スルトの指揮によって聖堂騎士団が優勢だった。

聖堂騎士団の強さにマイヤーは動揺した。マイヤーは万が一失敗したときのために己の保身に敏感だった。

「くっ! こんなはずでは……」

司令官のていたらくは全兵士に伝染した。ツヴェーデン兵に動揺が走った。

戦局は騎士団がツヴェーデン軍を打ち負かしていた。マイヤーは戦局を打開できないため、軍に一時後退の命令を出した。

スルトも騎士団を一時後退させた。

両軍は双方にらみ合いの時間を続けた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 迫力の戦争シーンですね! セリオンの活躍に期待です。
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