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03



 俺の記憶は、ばあちゃんと二人で暮らしているところから始まっている。5歳のころからだ。ばあちゃんは、やさしかった。かーくん、と呼んでくれていた。母さんは、一緒に住んでいなかった。時々来て、高価なおもちゃを持ってきてくれたけど、あんまりうれしくなかった。だって、ともだち?から、ほんとは、友達じゃないけど、

「かーくんは、すごいね。すごいおもちゃだね」

と、うらやましがられて、貸しての言葉に騙されて、おもちゃは戻ってきたためしがなかった。

 そんなときだけ、ちやほやされることにも、子供心に傷ついていた。ばあちゃんは、俺が一人でぽつんとしていると、

「かーくんとばあちゃんは仲良しさん。」

と、にっこり笑って、いっしょに遊んでくれた。料理も教えてくれた。今になると、ばあちゃんが死んだ後のことも考えてくれていたんだと思う。ばあちゃんは、魚ばかり料理していたから、俺も魚が好きになったんだと思う。そして、俺が10歳になったとき、ばあちゃんが死んで、母である、晶子さんに引き取られた。


 東京の月島のマンション。晶子さんは、毎日夕方に出勤して、朝方お酒の匂いをさせて帰ってきた。帰って来ても、すぐにベッドにもぐりこんで寝てしまうから、一人と変わらない生活だった。学校からの手紙を渡そうとして

「母さん」とベッドで寝ている晶子さんに声をかけるたびに、

「母さんて呼ばないでよ。」

て、きつく叱られて、手紙を渡せないままになる。どうしても読んでもらわないといけない手紙のときは、

「晶子さん。起きて。今日のは、特別なんだから、お願いします」

と言うと、渋々、晶子さんは、読んでくれた。


 早く、大人になりたかった。寝る所もある。食べるものもある。でも、ここは自分のいる所じゃないといつも思っていた。晶子さんが出勤する時、外に出るなときつく言われていたが、月島をうろうろして、観光客でごったがいしているもんじゃやの商店街を抜けると小さな神社があって、よく、そこで遊んでいた。なぜか懐かしい。なぜ、懐かしくなるか判らないままだけど、石でできた狛犬でさえ、暖かく感じられ、

「カックン」

そんな声が聞こえてきて、石段にじっと座って、呼んでくれた人を待っていた。当然、誰も迎えには来てくれず、結局は、晶子さんのマンションに戻った。

 あの「カックン」と呼んでくれた人は誰なんだろう。そして、その人が、俺の本当の家族だったら良いのにと思うようになっていった。



 俺は、16歳で芝居に出るようになっていた。

 芝居じゃなくても良かったんだけど、たまたま、芝居だっただけだ。晶子さんから独立して、一人で生きていけるようになれれば、良かったんだ。まだ中坊の俺が考えられることは、それは芸能人になることしかなかったから、出られるオーディションにはすべて応募した。そして、谷山さんに拾われた。


 拾ってもらって、何が何だかわからず、怒鳴るようにセリフをしゃべっていたら、谷山さんが突然噴き出して、

「お前、面白いけど、芝居のこと何にも判っていないなあ。取り合えず、ここで裸になれ。」

と、言うのだ。

「いやだよ。冗談でしょ。」

「冗談なんかじゃない。これが俺の演技指導さ。」

俺は無言のまま、けいこ場を後にした。

「辞めてやる。芝居なんかどうでもいいよ!」

ぶつぶつ言っていると、谷山さんが追いかけてきて、取っ組み合いになった。

「途中で、辞めさせるかよ。」

「途中ではやめられない契約になっているんだよ。」

「お前は、俺の言うことを聞くしかないの。」

俺は、ぼこぼこに殴られて、けいこ場の隅に寝かされた。


「こんなこと、許されるのか!」


 それが、他の俳優さんたちのけいこを見せられて、ばかな俺でも気づいた。怒鳴るように言うセリフと、相手に感動を与えるために言うセリフは違う。何日も何日も、俺はけいこ場の隅で、他の人たちの芝居を見せられるだけの日々が続いた。そして、芝居をしたいと渇望した。フラストレーションが頂点に達した時、

「おい、翔」

谷山さんが、やっと俺を指名してくれた。意気込んで稽古場の中央に立った。

「翔、最後のセリフ、言ってみな。」

「えっ!」


『よかった。これからは、一緒にいくんだよ。』


 そのセリフは、ダメ出しをされた叫ぶシーンのセリフじゃない。俺は、呆然と立ち尽くす。俺は、ちっぽけすぎた。芝居をしたいと渇望しただけで、セリフを読み込むことさえしていなかった。何度も何度も駄目だしされて、頭の中は、真っ白になった。もう、一言も発することができなくなった俺は、心の中で叫んだ。

「ばかやろうー! 俺は、何やってるんだー」


 あの、頭の中が、真っ白になって、声が出なくなってしまった稽古から、1か月。

 明日は、舞台初日を迎える。谷山さんにとことん叩かれて、少しはましになって来たと思う。こんなこと谷山さんに聞かれたら、笑われるかもしれないけど、舞台に立てるうれしさがこみあげていた。

 公演初日。難解な小説を芝居にすると話題だったせいもあって、チケットの売れ行きはすごいと聞いていた。無我夢中でここまで来たけど、本番はこれからだ。


―晶子さんから独立するためだ。頑張ろう。―

―そうじゃない! 俺の為に、俺の芝居の為に、頑張るんだー


 芝居は、大成功。俺の演技は評判を呼び、センセーショナルなデビューを飾った。そして、俺は、谷山さんとの芝居にのめり込んだ。お金の為じゃない。自分が何のために生きているのかを見つけるためだ。 父親が誰かも知らない。そして、親だと認めたくない母親に育てられて、生きている意味がわからないまま生きてきたから、やっとスタートラインに立てたようで、うれしかったんだ。

 まだ、自分の言葉で話すことは出来ないけど、誰かに与えてもらった言葉を大切に伝えられるようになれるのなら、役者を続けて行こうと思えた。





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