02
10年後、私は、おとなしい無口な高校生になっていた。
「この子は無口だから。」
の一言で、父親とも、継母とも、そしてその子供たちとも、関わらないですんでいた。
だって、仲良くなって、また、父たちが離婚してしまったら、私はどうすれば良いのかと思うと、このまま、一人でいるほうが良いと思ってしまったのだ。
そうすると、当然、父とも、継母たちとも、うまくいかなかった。私が、幼心に傷ついていることなど考えもせず、父も継母も、私がなつかないことだけに困惑して、家族としては、居ないものと諦めていったのだ。
そうして、この10年、本の世界だけが、自分にとって幸せな世界だったから、のめりこむように図書館の本を読み漁っていた。高校に入った頃、ある作品に出会って、登場人物のセリフをなかなか理解できなかったけど、戸惑いながらも、その作者が描く人間の愚かさや寂しさは、自分の居場所を示してくれているようだった。私は、必死で古本屋を回り、絶版になっていたその本を見つけ、いつもカバンの中に入れていた。
1年後の18歳の秋、演出家の谷山がその作品を手掛けると話題になっていた。それも、地元の劇場でやると言う。あまり話をしなくなっていた父に、わがままを言って、そのチケットを購入してもらった。どれだけ、指折り数えて待っていたことか。小さなその劇場の左側1階席一番舞台から遠いLA18だったけど、うれしかった。
主人公をやる翔と言う少年のことは、知らなかった。それもそのはず、翔は、この作品でセンセーショナルなデビューをはたしたのだから。16歳とは思えない演技に、芝居の世界の人々も、マスコミも、ニューヒーローに沸き立っていた。私も、ファンになっていた。男と女の違いはあるけど、彼に自分をオーバーラップさせて、私自身が、社会に向けて叫んでいるような気がしたのだ。
辛口で有名な評論家も手放しでほめていた新聞の劇評を切り抜いて、スクラップブックにうれしくて張り付けた。舞台の成功を伝える雑誌の切り抜きも、芝居のチラシも、女性誌の表紙も飾っていたから、読みもしないのに購入した。高校の同級生から、
「遥が?珍しいね。」
「どうしたのよ。受験勉強やりすぎで、おかしくなった?」
ふふっと、笑って答えずに、大切にカバンにしまった。
家に帰って、自分の部屋に入り、翔のことが書かれているページを何度も何度も読んだ。その後も翔がでる芝居は全部見に行った。ありがたいことに、地元の劇場が本拠地のようになっていて、翔の多くの作品が見られた。席は、いつもLA18と決めていた。正面ではないことも良かった。それさえも自分に合っているような気がしていた。
そうやって、ひっそりと静かに10年が過ぎ、私は28歳の真面目だけが取り柄の公務員となっていた。父とも疎遠になっていた私は、実家を出てアパートで独り暮らしを始めていた。実家の蔵元は義理の弟が継いでくれるらしい。まあ、血は絶えてしまうけど、蔵元は続くのだから、良いだろうと私は喜んでいた。私は、アパートの本棚のスクラップブックと翔さえいれば生きていける。
翔は、若手の実力派俳優として、ロンドンでもニューヨークでも、評価され活躍していた。まだ26歳。一時、マスコミにも騒がれるアイドルのような存在になっていたが、本人は、芝居以外には興味がないようで、ほとんどテレビの画面に露出することはなかった。プライベートも謎で、逆にそこも人気に拍車をかけていた。それを売りにしているんじゃないのと陰口もたたかれているけど、売りにしているわけじゃないと、私は思っていた。
彼の舞台で魂を絞り出すようなセリフを聞いていると、私の心も震える。それは、きっと、私だけじゃないはずだ。
―何か、何か、あるのだ。翔には。―
今日は、何時もの劇場でロンドンからの凱旋公演がある。もう、チケットは3か月前に購入して楽しみにしていた。LA18。いつもの席だ。最近はお金がないわけじゃないから、他の席も買えるのだけど、やっぱりLA18。
あー、電車が事故で止まってしまった。開演に間に合いそうもない。最寄り駅で降りると、走り出した。
―2幕だけでも、翔に会いたい!―
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涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第54回 よく見ろ 俺はここにいる! と検索してください。
声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。
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