テクノ・キュート
路肩に生えたキノコのカサが変だった。
世間ではスマホ歩きと呼ばれる歩法、を試している私の視界に留まった。
「ピンク・マッシュルーム」
思った事をすぐに口にするのは、よろしくない傾向だろうか。私の口は緩く、脳みそは一ミリも動かない。
ピンク・マッシュルームとは、ちょうど観ていたNo. 1ピッキング・アイドルの愛称だ。本当はpk.mushroooomと表記する。ゆえにpkって呼ばれたりもする。
ピッキング・アイドルとは、かわいそうな男どもを救うために現れた、ネットアイドルの新ジャンルだった。歌って踊って、ファンの家に来て物を持って行ってくれるのだ。私の家にはpk用に常に現金で10万円置いてある。もう少し増やしたい。
どうでも良い事ばかりが頭をよぎる。それを口に出してしまうから、人々は私を避けて通る。
歩き易い、よしよし。立ち止まり易い、なお良し。
よく見るとキノコのカサは赤かった。しゃがんで見ると、潤んでいる。
耳からイヤホンが落ちる。地面に落ちるかと思ったら、ホヤンとした感覚を得た。
誰かの服に落ちた、イヤホンも赤く潤んだ。
恨んだ目と目が合った。
『黄色いバナナ体操〜最初はミドリイロ〜』
という、pkの代表曲が流れる。恥ずかしくなってイヤホンを奪った。
ちょうどサビの部分だった。
遠くで「ミドリイロ」という掛け声が聞こえる。
恨んだ目の持ち主がコホッと潤んだ咳を一つ。
「どうする? キューキューシャ呼ぶ?」
血がかからない程度の距離に引いて尋ねると、首を振る、拒絶の方向に。
何かいわくがあるのか、恨み目の持ち主はビョウインには行きたくないらしい。
その次に行く場所を知っているのか。私もそこは嫌だった。
私は頷く、肯定の方向に。
恨み目も頷く。「砂利」という音と共に。
悪いと思ったが、そいつの服でイヤホンを拭った。
そいつの血だから、おあいこだと思う。
リュックサックから抗菌ウェットティッシュを取り出して、更に拭いた。
音が戻ってきた。バナナ体操のサビの部分。
バナナの身を飲み込む瞬間、小さくピッキングが耳の奥を引っ掻く。
萌えというものは分からないが、この瞬間はキュンキュンくる。
お願いだからバナナを噛んで欲しい。
生唾を飲むと、右足が重かった。
恨み目と目が合った。
「?」
と目線を送ると。
「分かるだろ」
と恨み目が更に挟まる。
「あれか? このキュンを分かち合いたいのか?」
という目線に、
恥ずかしそうなまつ毛が伏せられる。
片方のイヤホンを付けてあげた。
私達は道端で一つになった。