どうして知っているんだ
最後は少し長くなりました。
一旦完結します。
「おかあさーーん、パパが、パパが~」
娘の唯は、目に一杯涙をためて私に抱き着いた。
「唯、誤解だ」
「パパが~。唯をすてる」
「麗!誤解だ。俺は二人を愛している」
また朝からドラマのワンシーンみたいなのがはじまった。
現実、道弥が2日くらい出張にいくだけなのに永遠の別れを告げられたようなリアクションに苦笑いだ。
前もって唯に伝えると5歳ながら色々邪魔をするので、当日に道弥から伝えたら案の定大荒れだ。
唯はパパっ子だ。道弥は、育休をとり家事も子育ても関心するくらい素敵な旦那さんで父親だ。奥さんを時々喜ばせるのも忘れない。私も道弥が好きだし、かけがえのない存在だ。しかし、娘のパパ好きはなんというか、父親との血筋を感じる。
トイレの前で待ち伏せたり、こっそり布団にもぐりこんだりはまぁ子供だしいいだろう。
しかし、度が過ぎるのだ。もう少し小さい頃に、延々と道弥の通勤鞄に足をつっこんでいたことがある。
「何してるの?」
「パパとかいしゃいくの」
絶句した。
鞄にこっそり入れば、ずっといっしょにいられる。我が子ながら賢いし、かわいい発想だ。だが、父親と同じ匂いがする。真剣なのも怖い。
この時はじめて彼女の将来に漠然とした不安を感じた。
子育てに悩みはつきものだし、もう少し大きくなり、パパ以外の男の子を好きになったら、がっつり常識と犯罪のなんたるかを教えようと思う。
そんな道弥と結婚したのは、お付き合いを初めてから3年後だった。
「結婚してほしい」
道弥からやたらと洒落たカフェのテラス席で指輪を出された時、かなり感激した。
だけど、素直に受け取るにはなんというか・・・色々あった。
「確認だけど、GPSはついてないよね?」
「ああ、指輪にはつけられないんだ」
にはってなんだ。
一体何につけているというんだ!?
せっかくのプロポーズは大喧嘩に形を変え、2か月間の冷戦まで発展した。
2か月後の幕引きは、なんとも妙だった。
ある日、いろいろあってしりあった道弥の知人の杉野さんに呼び出された。この人は盗聴や盗撮の防犯や指導をする専門業者で、かの佳純ちゃんガーディアンの一員だ。この人に関する話は後日話そうと思う。挨拶すると、杉野さんに席に座るように勧められた。そこには、案の定道弥がいた。
「監視するのやめないと会わないっていったよね」
「ああ。でも俺は麗と結婚したいし、安全の為に居場所も把握したい。」
な、なんてわがままな。
私のプライバシーをなんだと思っているんだ。
しかし、横暴だけど、愛を感じてわずかに心が震えた。震えるな私の心。
そんな私に杉野さんは資料を机に並べた。
「蒼井さんも別れたいわけではないってことだろ。折り合いをつけるためにも、これをまず見てほしい」
そこには過去起こった事件の切り抜きや解説が載っていた。強盗、窃盗、強制わいせつ、強姦。日常でなかなか見ない言葉がおどっている。
やだ、怖い。物騒な話だ。
「いや、でもこれと何の関係が?」
「この国の安全神話は崩れたんだ。誰もが被害者になり得るよ。こっちの資料を見て」
杉野さんは私の質問には答えず、2枚の紙をを差し出した。
1枚目には間取り図に鍵の数、タイプ、セキュリティの概要などが載っている。
2枚目には、私の家から会社までの通勤路だ。ところどころ手書きで、数字がふってあった。
「えっと、これは」
「間取りについては、過去に同じタイプのマンションであった強盗なんかの件数で、通勤路は強制わいせつやひったくりの発生件数だ。下に注釈があるが、調べてみると蒼井さんの通勤路では、後ろから首をしめてからわいせつ行為を行う事件件数が多い」
ひえぇ怖い。
なにこの数字、あの暗い住宅街の事件発生件数は、一年間で20を超えていた。
「麗。頼むから、GPSはこのままでいてほしい。あと結婚して出来ればもう少しセキュリティの高いマンションに引っ越さないか?治安もきちんと視野に入れよう」
その表情は道弥史上最も愛と優しさに満ちていた。
だけど私は、告げられた内容に恐怖してそれを察する余裕もなくただ頷いただけだった。
社会って怖い。夜道って怖い。
そんなこんなで結婚した。
GPSも言葉だけきくとぎょっとしたけれど、まぁ特に行動を制限させるわけでもなく、気にしなければ支障はなかった。たぶん私の帰りが遅いときや、友人と食事に行った帰りに迎えにこられるのは、GPSで居場所を把握しているからだなとぼんやり思ったくらいだ。
挙式から半年後には妊娠がわかった。
「道弥、妊娠した」
「ぬおーーーーーーーーー」
妊娠を道弥に報告したら、両手を大きく天井に振り上げて咆哮した。眼鏡が床に落ちた。
あとで聞いたら、取り乱したらしい。
いきなり咆哮をあげるなんて、びっくりを通り越してドン引きだけど、まぁ好きなのでお茶目だなぐらいにしておいた。
ただ、私が妊娠中の道弥は今までに輪をかけて心配性になった。
そう、今までも心配性だったのだ。それに輪をかけてだ。
食べるもの、着るものに気を遣い、電車に乗るときはボディーガードのように立ちはだかり、階段を降りるときは人ごみに入らないように気を配る。
息苦しいくらいだった。愛だとわかっているけれど、結構ストレスだった。
娘を出産した時には、喜びとともにこれであの鉄壁のボディガードから卒業できるとほっとしたのは内緒だ。
「天使だ」
娘が生まれて頭の湧ききった道弥は、天使と書いて「エンジェル」と名付けようとまでした。
私は全力で止めた。両親も、名づけが子供の人生にとっていかに大事か言い聞かせた。
「娘かわいさに麗なんて名付けてしまって、僕は正直後悔しているんだ。麗にも悪いことをした」
父が道弥にそういい聞かせている間、ちょっと殺意がわいた。この野郎。
みんなの協力があって、唯という名前で落ち着いた。将来、娘にはこの話を聞かせてやろうと思う。
道弥は私に全力を注いでいた、ストーキング能力を娘に分散させるようになった。
「最近、子供を狙う犯罪が多いからな」
道弥自身が犯罪者にならない範囲でやればいいかなぐらいに思っている。
娘が嫌がるまでは、そっと見守ることに決めた。
色々小さな事件は日常にあるけれど、幸せいっぱいなことは間違いない。
諦めなくてよかった。本当によかった。
「麗、二人目がお腹にいるんだから、気を付けてくれ」
大きく伸びをして、宝物の二人を眺めていると、道弥がきらっと目を光らせた。
どうしてまだ言っていたいのに、妊娠を知っているのか、唯が寝たら問い詰めようと思う。
また落ち着いた際に、佳純ちゃんのお話を載せます。