なんでそうなる
道弥と付き合うことになり、私は大変浮かれていた。
街中のカップルへ「お幸せに」と心の中で祝福を送ったし、アイドルを見ると頑張れと応援した。
コンビニで笑いかけてくる可愛い女の子を見ても、心の中で悪態はつかないし、むしろ「ありがとう」とにっこりお礼を言うようになった。
そんな脳内お花畑な私に、道弥から連絡が入った。
「できるだけ早く会いたい」
道弥らしからぬ情熱的な連絡に、私はますます浮かれた。
そんなことを言われる日がくるなんて嬉しくて、手帳にまでそのセリフを書き殴った。
相当に痛々しい女だ。だけどそんなの気にならないくらいハッピーな気持ちだ。
「うん。私も」
「できれば泊まる用意をしてほしい」
そう言われてドキドキした。うれしい。
時間はギリギリだったけど、念のために家に一度帰ってシャワーを浴び、無駄毛の処理をして、ボディクリームを手早く塗りこみ、着替えも用意した。
トラベルパックのカウンセリング化粧品もばっちりだ。
準備万端。ばっちこい。
そんな状態で訪ねた私に、道弥はビニール袋を渡した。
「新しい延長コードだ」
彼氏からの初めてのプレゼントが奇しくも延長コードという方がいたら、ぜひ一度飲みに行きたい。
不可解な気持ちだけど、プレゼントはプレゼントだ。
頂いたものにケチをつけるように育てられてはいないので、にっこり笑ってお礼を言う。
「ありがとう。えっと、前のはどうなったの?」
「あれには盗聴器が仕掛けられていたから、こっちで処分しておく」
え。なんだと。
「え、盗聴器?」
「ああ」
スパイ映画じゃあるまいし、そんなもの。
盗聴って何のために?
「え、でも引越ししてから道弥とお父さんしか家にいれていないけど」
道弥がわざわざ発見したのだから、道弥がつけたわけではないだろう。
かといって、父がそんなことするはずもない。
「正確な時期はわからないが、以前の住人が残したんだろう。このタイプはコンセントさえさせば、電池切れの心配もないらしいからな」
怖い。直接狙われてなくても、誰かが私の生活の音を聞いていたかもしれないのか。
そして、なぜ道弥はそんなに詳しいんだ。
「なんで、そんなの知ってるの?」
「佳純ちゃんガーディアンにそういうのに詳しい人がいるんだ」
「え、それって」
「おい、勘違いするな。盗聴や盗撮の防犯や指導をする専門業者なんだよ、やってる方じゃない」
なんだ、よかった。
さすがに犯罪者と知り合いなんてドン引きを通り越してしまう。
「もしかして、今日泊まれって言ったのって」
「こんな話を聞いて家に帰るのも気持ち悪いだろう」
確かに。
でも、浮かれた自分が恥ずかしいし、がっかりだ。
私を思ってしてくれたんだ。それはわかっているよ。大変ありがたい。
知らずにこの先も変な創作鼻歌を歌ったり、テレビにつっこんだり、夜中に誘惑に負けてカップラーメンをすする音を聴かれたりするなんて、恥ずかしいし気持ち悪い。
そんなに大きな部屋じゃないから、テレビを消したらトイレの水を流す音も聞かれてしまう。
どこのどいつかわからないから、よけいに気持ち悪い。
「ありがとう」
「いや、俺も麗のプライベートを知らない奴が聴いていると思うと、腹立たしいからな」
やだ、きゅんとする。道弥が好きだ。
「とりあえず、ゆっくりしてくれ。俺はソファで寝るから、ベッドを使ってほしい」
先に寝ていていいから、と道弥はシャワーを浴びにいった。
服の下に着ている、2年前に着たきり出番がなかった勝負下着が悲しい。
なんでそうなる。
両想いなのにそんなの絶対おかしい。
キスしたいし、もっと言えばいちゃつきたい。付き合いたての男女なのだから、そう思うのも当然だ。
なのに、道弥はそんなそぶりも見せない。
我慢は体によくないというじゃないか。私は自分の体が心配だから、もう我慢はしないと決めた。
恥じらいなんて、捨ててやる。