ドン引きだ
「なんでいるの?」
スーツ姿の道弥が、街頭の光を背に私のすぐ近くで立ち止まった。
道弥の家はこの辺りではない。純粋に不思議だし、同時に心底ほっとした。
私の質問に道弥は珍しくなんとも言い難い表情をしていた。
「足大丈夫か。変な転び方しただろ歩けるか?」
質問には答えず、私の足を心配している。
地面にいつまでもころがっているわけにはわかないと、立ちあがろうとしたらそっと手を差し出された。
その優しさに胸がきゅんとした。でも、まだときめいてしまう自分が悲しい。
「ん、ちょっと痛いけど平気」
「そうか、よかった。湿布を貼っておかないと」
道弥が送るというので、とりあえず、私の部屋にいく流れになった。
歩き方が不自然だからか、道弥は私の鞄をもって支えてくれた。
つけられているし、エレベーターのないマンションだから、サポートはありがたいけれど、彼女がいるくせに優しくするなんて残酷だ。
「麗、湿布はどこだ?」
「リビングの引き出しの中。シャワー浴びてから貼るよ」
だから大丈夫という気持ちをむけて微笑むと、道弥はそうかと頷いた。
「じゃぁお茶でもいれるよ。座っていて」
私の部屋なのに道弥がお茶の用意をしてくれるようだ。
何度か宅飲みがてら、食器洗いもしてくれていたので、何がどこにあるか迷うこともない。
私はお言葉に甘えて、ソファーに腰を落ち着かせた。
いや、え、帰らないの?
一体この男はなにをしに来たんだ。
なぜ、あそこにいたんだ。
なぜ私は二度も振られた男を家にあげたんだ。
非日常すぎてこれは妄想なのかと頭が混乱してしまう。
「俺のせいでこめん」
道弥はお茶を私の前に置くと立ったまま深く頭を下げた。
「道弥のせい?」
「俺に気づいて走ったんだろ?」
「ううん、誰かにつけられたから、走ったんだけど」
「ごめん」
道弥は申し訳ないと頭をまた下げた
「え、つけてたの道弥だったの?声かけてよ!怖かったよ」
「かけたかったけど、かけられなかったんだ」
声をかけられなかったら、どうしてつけるのだろう。
いまだに道弥の思考回路はいまいちわからない。
とりあえず、訳をきかねばと道弥を隣に座らせた。
やさぐれた時に恋しかった道弥のにおいがふわっとかおった。きゅん。
「なんでつけてたの?」
「麗が気になって…」
道弥はなぜか照れたように意味もなく眼鏡を押し上げた。なぜ照れる。
気になったらつける意味がわからない。そもそも何が気になった。
「え、道弥は佳純ちゃんと付き合ってるんだよね?」
「いや。交際は断った」
「どうして?好きだったんでしょ」
「説明する。誘われたから、晩飯を食べてきた」
行ったのか。デートにね、ふーん。
「麗と食べる飯より美味しくなかったし、麗と話すより楽しめなかった」
想像もしなかった展開にぽかんと口が開いてしまう。
少し妬いていた餅も、うっかり忘れた。
「彼女は尊敬しているし応援している。でも、彼女といてもいつのまにか麗のことばかり考えているんだ」
私は思わず、道弥の胸ぐらをつかんだ。
「それ、いつから!?」
「最後にあったときには」
最後だと!?振られた時じゃないか。
なんてことだ。
私のやさぐれていた数ヵ月はなんだったんだ。
「麗に彼女と付き合うよう勧められた時は傷ついた。どこかで、止めて欲しいと思っていたんだ」
「うそ…付き合えばって言ったら、道弥はほっとしてた」
「ちがう。そのときに止めて欲しいと思っていたことに気づいたんだよ。止められなくて勝手だけど落胆したんだ」
「私、すごく傷ついた」
道弥は珍しく言葉につまって、自分が傷ついたような痛々しい顔をした。
「わかってる。断っておいて今から合わす顔がなかったから、いつも声をかけられなかった」
「え、いつも?ここ数日じゃないの?」
「いや、先々月くらいから見守ってる」
でた、見守ってる。
「合わす顔がないのに、ずっといたの?」
「俺が残業の日は来てないぞ。見ていたら顔色が悪かったり、危ない夜道を歩いていたりして、だんだん心配になったんだ」
ドン引きだ。
なのに嬉しくて胸をきゃんとさせる自分がいて、そっちもドン引きだ。