終わってしまった
私の恋は、胸キュンとドン引きを繰り返しながら1年以上も経ってしまった。
最初は嫌いになろうと躍起になっていたけれど、最近はそれもない。
そう、私はドン引きしながらも優しい道弥にたいして変な耐性がついてきた。
「俺は人のゴミを持ち帰ろうとは思わない」
「知らない奴から電話やメールがいくつも届いたら気持ち悪いだろうに」
「バイト中にしつこく話かけるのはルール違反だ」
「プライベートを勝手に覗くのは犯罪だ」
道弥はことあるごとに、次々に湧いてくるストーカ達への不満をこぼした。
見守り活動と名を変えたつきまといと、SNSで情報収集は行っているが、基本的に佳純ちゃんが嫌がることはしない。むしろストーカーがいることを気づかせもしないらしい。
邪なことを考えるストーカーを『佳純ちゃんガーディアン』はいつの間にか退治しているようだ。メンバーには弁護士もいて、その知識や力も大きいらしい。
ストーカー集団というより、昭和アイドルの親衛隊に近いような気がする。
そう思った理由は、集団のルールに「個人的に自分から彼女へ接触しない」という不文律があったのだ。
活動にドン引きするものの、「犯罪者になるのでは」という危機感やストレスはなくなった。
加えて、集団に属するようになり時間が空いたのか、以前にまして私を誘ってくれるようになった。
もうこれ彼女じゃないかと思っている。
「道弥は佳純ちゃんと付き合いたいと思わないの?」
「彼女と?今は夢を追いかけている彼女を応援したい」
「それなら私と付き合ってくれたらいいのに」
「他の女性に惹かれているのに、麗と付き合うのはどっちにも失礼だ」
なんてわからず屋で、真面目で、誠実なんだろう。
こういうところが好きだから、困ってしまう。
さらに名前を呼ばれて、うっかりきゅんとしてしまった。
麗って言われたくて、同じ質問を3回くらいしたら「そういうのは安売りするな」と眼鏡を直しながら怒られた。怒った所も素敵だ。
私は、いつの間に図太くなったのか、この状況を楽しんでいた。
道弥は行きたいと言えば、だいたいのことは付き合ってくれた。
美味しいレストランも行ったし、好きなアーティストのライブも行った、道弥が贔屓にしているサッカーチームも応援しに行ったし、有名なイルミネーションも見に行った。
まるで付き合っているようで、私はすっかり浮かれていた。
私の家にパソコンのセットアップをしに来てくれた時は、もう付き合っているんじゃないかと錯覚したくらいだ。余談だけど、その日以来時々家のみもする。
でも、そんなある日、道弥が真剣な様子で私を呼びだした。
ここ最近は忙しいらしく、少し時間が空いていたのでうれしいお誘いだった。
ただ余裕を持って1,2週間前に声をかける道弥らしくない、突然なお誘いだった。
「どうしたの?」
よく使う居酒屋のカウンターで声をかけると、道弥は困った顔をしていた。
「彼女に付き合ってほしいと言われたんだ」
「彼女って・・?」
「佳純ちゃんだ」
な!どういうことだ。
「待って、あの佳純ちゃんガーデニングのルールで、佳純ちゃんに接触しちゃいけないんだよね?」
「それはあくまで自分からだ。彼女から声をかける分にはペナルティーはない」
なんだそれ!貴族のルールかよ!上流貴族が声をかけるまで、下から声をかけないってやつかぁ!? 私の心中はかなり荒れていた。そんな私に道弥はおずおずといった。
「『佳純ちゃんガーディアン』だ」
ガーデニングだろうがカーディガンだろうが、好きな人に守られない私からしたら心底どうでもいい。
「どうして彼女と話してるの?気づかせないように行動するんだよね?」
付き合っていないのに、こんな責めるような言い方をしてしまう。私は一体何なんだろう。
そう思うのに、口が止まらない。
道弥はそれを責めずに、丁寧に説明してくれた。
佳純ちゃんは最近、子供向のネットテレビの番組に出演しているらしい。
そのせいか、ファンが増えて来て、その中に手ごわいストーカーがいたらしい。
そのストーカーは30を過ぎたいい大人だったが、たまたまネットテレビをみてファンになったらしい。
最初はアルバイト先のコンビニへ客として通い、日に何回か顔を見せていたくらいだった。しかし、満足出来なくなったのか、ある日なんと会社を辞めてまでアルバイトとして働きだした。ある程度職場で話すようになるとファンであることをあかし、「ここまでしたのだから、付き合ってほしい」と交際をせまるようになった。佳純ちゃんは何度も断ったけれど、かなりしつこくされてアルバイトを辞めざるをえなかった。
「アルバイトを辞めたら、その男の行動は悪化したんだ」
家を突き止めると、連日訪問してしつこくインターフォンを鳴らし、それでも出て来ないと、アルバイト先で知った番号で電話を鳴らしまくった。彼女が電話にでないと、彼女の誹謗中傷をブログやSNSに書きまくったらしい。
それは犯罪でしかない。気持ち悪いストーカー野郎だ。
好きだ、愛していると声高く唱えて、自分の行動を正当化する。受け入れられなければ、受け入れない相手に責任があると攻撃するその思考回路に反吐がでそうだ。
「俺達も見周りを強化していたんだ。彼女はドラックストアで新しくアルバイトしていたんだが、ストーカー野郎はそこまで来た」
彼女のバイト終わりに、ストーカー野郎は待ち伏せいたらしい。
従業員通路を出て、人気の少ない道に入ったところで姿を現しご飯に行こうと誘いながら、怯えて逃げようとした彼女の腕をつかんだ。彼女は恐怖から、その腕を振り払うと男は激昂したらしい。
「おまえふざけるなよ。売れないアイドルなんてクソだろ、調子のってんじゃねーよ。わざわざ会いに来てやってるの何様だ」
腕を振り上げあげようとした瞬間、道弥はこらえきれずに間に入ったらしい。
細身だけど、姿勢がよく背の高い道弥に男はすぐに逃げていったらしい。
「さすがに身の危険があるから、つき添って警察に届けを出してきたよ。それでも、怯えていたからしばらくの間はバイト先から家まで送ってたんだ」
この人もストーカーみたいなものなのに。ストーカーがストーカーを撃退なんて、すごい話しだ。知らないって幸せだな。
「どうして道弥が?」
「コンビニで俺の顔を覚えていたらしいんだ。素敵な人だと思っていたといわれた」
道弥はメガネを無意味に押し上げながら、ちょっと照れくさそうに言った。
私はむかむかしていた。
佳純ちゃんは気の毒だが、今更なんなんだよ。
道弥に尊敬されるくらい夢を追いかけるアイドルなんだから、ファンが恋人でいてほしい。
「麗はどう思う?」
そのセリフは出来れば訊きたくなかった。
こんな三流ドラマのような筋書ができあがっているのに、『付き合わないで』なんて言える女がどこにいる。
ただでさえ「好きな人がいる」と振られている身なんだぞ。
付き合うなら、何も言わずに私からそっと距離を置いてほしかった。
「付き合えば。佳純ちゃんが好きなんでしょ。断る理由がないよ」
せめてのプライドで涙はこぼさなかった自分を褒めてやりたい。
「そうだな」
道弥はほっとしたのかため息をついて、苦笑いした。
私の恋は突然終わってしまった。
おめでとうとは最後まで言えなかった。
ああ終わってしまった。