どういうことだ
好きな人がストーカー。
それは平凡であろうと秩序を愛する社会人の私にとって、大きなストレスになった。
私の心の健康と平穏を守るためには、この恋はすみやかに終わらせなければいけない。
失恋には新しい出会いがいいと聞けば、合コンに行った。しかし結果は、道弥と比べてばかりで一向に相手のいい所が見えて来なかった。
趣味に没頭するのがいいと聞けば、ランニングを始めようとシューズと服を買った。半月も続かなかった。
仕事に打ち込めばいいだろうと思い、あえて積極的に仕事を増やした。評価は上がったけれど、道弥への恋しさばかり募った。
時間が経てば好きじゃなくなるのではないかと、数か月会わないでおいた。しかしそれが逆に禁断症状を起こしたのか、彼の素敵な所ばかり頭に浮かんできた。
会えない時間に愛を育ててどうする。
会わないから余計に想いが募る。それならもう会ってもっとえげつない事をとことん訊いて幻滅してやろう。
半ばやけくそ気味に、道弥にご飯にいこうと連絡した。
突然だし、平日の夜だったので、来ないかもしれない。来ないならあきらめようと思っていた。
だけど、道弥は以前会ったときよりこざっぱりとした格好で現れた。
「突然な誘いでびっくりした。今日は、予定が空いていてよかったよ」
2か月振りにあった道弥は、そう微笑んだ。
「今日の服いいね。恰好いいよ」
「ああ、君が以前こういうのが似合うと言ってくれたから買ったんだ。ありがとう」
肩慣らしに雑談から入ったら、きゅんとするジョブが飛んできた。私のちょっとしたアドバイスを覚えて実行してくれたんだ。
眼鏡の奥で、やさしくゆるんだ目がかわいい。
でも、今日は恋を燃え上がらせたいわけじゃない。
なんとしてもこの不毛な恋はやめたいのだ。幻滅したいんだよ。
「今日はどうしたんだ?」
これ好きだよな、と湯豆腐サラダをさらりとオーダーに追加させながら道弥は訊いた。
一回だけ、豆腐がブームと言ったことがある。覚えてくれていたなんて。
ストーカーをしているなんて夢だったんじゃないかと湧いた頭で願った。
「えっと、その。最近、道弥は元気かなと思って。その、好きな子とは進展した?」
ストーカーをしている男にその手腕を聞きだす術を、平凡な私は持っていない。
仕方がなく直球で尋ねた。
だけど、無自覚なせいか彼は素直に語ってくれた。
「それが。ここのところ彼女はストーカーをされているんだ」
え?道弥だよね?という言葉は、恋をしてるが故に口に出せなかった。
よくよく話をきくとこういう事だ。
コンビニアルバイトをしている彼女は、どうやらフリーターらしい。
アイドルになるという夢があって、資金を貯めているのだとか。
そんな佳純ちゃんは、どうやらストーカーを寄せ付けるタイプらしい。
顔を売るため、動画サイトやSNSで地下アイドル的な活動をしているせいもあるとか。あとは、愛想が良くかわいい子だとかなんとか。
「どうしてストーカーってわかったの?」
「彼女が家に入ったあとに、ドアノブに買い物袋をかけた男がいたんだ。確認したら、ぬいぐるみと手作りのお弁当だった。気持ち悪いから持って帰って捨てたけど、日を変えて何度もそういう事をするんだ」
道弥は心底気持ち悪そうに言った。
私はその反面ほっとした。道弥にとってそれはNGと知れたからだ。
「でも、その子の知り合いじゃないの?」
「知り合いならインターフォンを押して渡すはずだ」
確かに。名探偵道弥も格好いい。何かの拍子に光った眼鏡がいい演出だ。
「じゃぁファンかな」
「彼女が夢を追いかけて努力しているのはすごく尊敬する。だけど限度があるだろ。勝手に個人情報を調べて名乗らずに一方的にものを押し付けるのは、独りよがりだろう」
正論でしかない。
だけどそれを道弥が言うのか・・と不思議な気持ちにさせられた。
加えて、尊敬するといい切ってもらった、見たこともない佳純ちゃんが少し妬ましい。
「確かにそうだね。警察に行くの?」
「いや、ストーカーは親告罪なんだ。彼女が警察に届け出なければ、罪にできない。だけど、彼女はアイドルを夢見ているから、おそらく知っても深刻な事が起きなければ、警察には行かないだろう。それに、まだ彼女は気づいていないんだ。いたずらに怖がらせるより、俺達が見張ろうという話になった」
ん?
「俺達?」
「ああ。『佳純ちゃんガーディアン』という組織に入った」
「え?いつ?」
「最近だよ。ストーカーからの荷物を捨てていたら、声をかけられたんだ。彼女は昔からストーカーによく遭っていたらしくてな。それを危惧した人達が有志で集まって交代で見守っているんだ。俺も毎日同じ時間には行けないから、それならと思って入れてもらったんだ」
なんてこった。
好きな人がストーカー集団に所属してしまった。しかもシフト制。ドン引きだ。
「今日は誘ってくれてありがとう。いい気晴らしになったよ」
いい時間になるとそう言ってごちそうしてくれた。不覚にも胸がきゅんとした。
私の口は勝手に、今度は私がごちそうする旨を伝えてしまい、それならばと、道弥はその場で日時を決めてしまった
私は今日、恋を終わらせようと来たのに、また会うことになっている。
どういうことだ。