なんてこった
「恋はするものではない、落ちるものだ」
最初にそう言ったのは誰なのだろう。
私の心をいくばかりか慰めたのでお礼を言いたい。
私はこともあろうかストーカー男を好きになってしまった。
それも私をストーカーしているわけじゃない。
別のかわいい若い女の子をストーキングしているのだ。
他人をストーキングしている変態野郎に恋をしてしまった。そんな私に慰めの言葉をかけられる人がいるなら、どうか友達になってほしい。
「私終わってる。なんでこんな奴好きなんだろ」
「こんな奴なんてひどいな。本人を前にいう事じゃないだろ」
居酒屋のカウンター席でうなだれる私に、そいつはメガネを押し上げて不服そうな顔をした。
それでも私の空いたジョッキに気づいて、さりげなくドリンクのメニューを渡してくれる。私の好きな焼酎のメニューなので、うっかりきゅんとしてしまった。
ことは1年前だ。
適当に声をかけられて入った社会人交流サークルで、私はいとも簡単に恋に落ちた。その相手は、菅原道弥という。
親がきっと菅原道真にあやかろうとしたのが露骨に透けて見えたが、恋に落ちた私には「名前の通り知的で素敵。私も賢くなっちゃうかな」なんて思った。
道弥は知的な雰囲気だが、気さくな性格だし食べ物や映画の好みも合い私たちはすぐに仲良くなった。
友人として数か月交流したのちに、もうそろそろと覚悟を決めて告白したわけだ。
「あの、すきです。付き合ってください」
「ごめん。好きな子がいるんだ」
恋に溺れた救難者の私は、瞬殺に絶望した。そして、藁をも掴む気持ちでお願いした。
「友達としてでいい。私のことをもっと知ってから答えを決めてほしい」
「んー今より会う回数が増えるのはちょっと。実は、平日は好きな子のことを見守ったりしていて忙しいから」
その時の私の心情をお分かりになる方がいらっしゃるだろうか。
その発言からは嫌な臭いがぷんぷんした。これ以上訊いてはいけないという思いと、もういっそはっきり聞きたいと思いが渦巻いたうえで、ポロリと口からでた。
「見守る?」
「彼女、おっちょこちょいで見ていて心配になるんだ。だから、帰り道にこっそり見守ってるんだ」
「え、こっそり?」
「そりゃそうだろ。ちゃんと話したことないのに『危ないから送るよ』なんてチャラいし、逆に怖がらせるだろ」
賢そうな顔でメガネを押し上げる。まるで配慮は大事だといわんばかりだ。
「話したことないの?」
「失礼だな。あいさつくらいはあるよ。よく行くコンビニの店員なんだ。名前は広末佳純さん。いつも笑顔であいさつしてくれる」
こ、コンビニ店員だと。
当の本人は少しも疑問に思うことがないらしく、優雅にコーヒーを飲んでいる。
なんてことだ。私は、ストーカーをしている男に告白をしてしまった。振られてよかったというべきか、悪かったというべきか悩むところだ。
考えこんでしまった私に、彼は変な気を遣った
「俺のこと好きだと言ってくれたのに、別の女の子の話なんて無神経だった。ごめん。君の気持ちは本当に嬉しいんだ」
その無神経さには気づけるのに、どうして一番ダメージの大きな部分には気づけないのだろう。
でも、一番不可解なのは、やっぱりこの人が好きだなと思ってしまう自分だった。
それから1年間、ご飯に行ったりしながら友人関係を続けている。
道弥はすっかりリラックスして、お酒の席ではよく恋愛相談のテンションで、ストーキングトークを披露するようになった。
どうしてこうなった。