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第六話


 ややあって梅崎警部が顰めっ面でこめかみを掻きながら姿を現した。幸運にも瀬戸健太を連れていたので、再度映像を確認したいといって、見せてくれるよう頼んでみる。要望は難なく受け入れられて、すぐさま瀬戸が動画再生の準備をはじめた。

「なにか気になることでもありましたか」と梅崎警部。

 表情を引き締め、おれは頷いて返す。

 錠剤。もしくはカプセル。能條は薬を模した毒物をそれと知らず自ら服用した可能性があることを、梅崎警部へ語って聞かせる。

「いいですか、梅崎警部。要するに――」能條と面識があって、ある程度親しい間柄であった者なら、毒殺は可能だったということだ。どうして今日この場所このタイミングで毒殺する必要があったのかを疑問に思っていたけれども、能條自身がシアンライプ化合物を服用したのであれば、中毒死は〝いつでも〟〝どこでも〟起こり得たのだ――と、わかり易く丁寧に話しているつもりながら梅崎警部の反応はさきの警官と同様に鈍くて、歯痒さと苛立ちとが隠せなくなってくる。

 なんなのだ、

 誰も彼も他人事のような態度で。

 頭を働かせようともしないで。

「犯人を見つけだすには、まずは動機です。能條を殺したいと思うほどの強い動機をもった人物探しからはじめるべきです。そうでしょう? そうですよね? ですから、そろそろおれたちを解放してくれてもいいのではありませんか。参列者以外でも毒を盛ることは可能だったわけですし、犯人が会場内にいるとは限らなくなったんですからね。ある程度の聴取と手荷物検査を終えたら、帰宅しても構いませんよね?」

「えぇ……まぁ、仰るとおりだとは思いますけれども、もうしばらくご辛抱いただけますか」

「や、あの――」辛抱? もうしばらく辛抱だと?「手がかりを掴めなくて困っているのなら、もちろん、協力しますよ。能條が交際相手から恨まれていたことはお話ししましたが、そのほかにも、仕事上でトラブルが頻発していたという話を聞いたことがあります」これ以上の拘束は勘弁してほしい。冗談じゃない。頼むから視点を変えてくれ。参列した関係者から、動機をもっている者へと。「バンドのメンバーともしょっちゅう口論になっていたらしいので、こころよく思っていないメンバーもいたはずです。例えば、ベース担当の毛留宮久とか。毛留は能條から〝ゲルググ〟なんてニックネームをつけられていましてね。バンドのファンもそれを真似て〝ゲルググ〟と呼んでいたようです」

「ゲル、ググ?」

「名前の漢字を音読して〝ゲルググ〟です。ひどいニックネームでしょう? もしおれが毛留だったら、能條のことを恨みますよ。そういった恨みは日々蓄積して、ある日突然爆発――」

 ……!

 見られていた。

 見つめられていた。

 嫌な、

 とても嫌な感じで。

 梅崎警部だけでなく、近くにいた制服姿の警官からも訝るような目で見られていることに気がつき、

「……小嶺さん?」

「いえ、いいえ」おれは視線をそらして、身を守るように顎を引いた。

 少々調子にのって喋りすぎてしまったかもしれない。場の空気や流れを断ち切るべく、やや大げさに空咳しながら気持ちと表情を整える。

 落ち着け。

 落ち着くんだ。

 冷静に。喋りすぎず、焦らず冷静に。

 そんなところへ瀬戸健太が割って入ってきて、動画再生の準備ができたことを告げた。救世主さながらの、いいタイミングだ。画面をおれたちのほうへと向けて、瀬戸自身も映像の見易い位置へと移動する。ほどなくして動画が再生され、みなの視線が一点へ集中した。

 画面中央に映しだされた能條。

 その手にはグラスが握られており、もう片方の空いた手が――

「あ、ほら。やっぱり。やっぱりそうだ!」もちあげられたもう片方の手が、唇へと近づいた。おれが記憶していたとおり、能條はカメラの前で錠剤らしきなにかを口へと……「え?」

 違う。

 違った。

 違っていた。

 能條は口に運んだんじゃない。

 運んだのではなくて、

「口から吐きだしているように見えますね」そう指摘したのは、瀬戸だ。

 たしかに瀬戸のいうとおり、能條は口の中に指を入れてなにかしらの異物を取りだしているように窺えた。顔を顰めてきょろきょろとあたりを見回し、異物を取りだしたと思しき指を上着のポケットの中に入れると、もう片方の手にもったグラスを傾けて、中身を一気に喉へ流し込む。

「この場面でしたら、初見のときから気づいていましたよ。はじめはガムでも捨てたのかなと思いましたが、歯になにか詰まっていたので、取りだしたのだろうと解釈しましたけどね」と梅崎警部。

「ああぁ、はいはい。そんな感じもしますね」と瀬戸。

 待て。待ってくれ。そうじゃない。そんなはずはない。能條は薬を模した毒物を服用したに違いないのだ。だけれどもたしかに口の中からなにかを取りだしたような……あ。あぁ、そうだ。包装だ。PTP包装かESOP包装かはわからないが、薬の包装を口から離す動作が吐きだしているように見えたのだ。

「梅崎警部、能條が着ていた上着のポケットは調べましたか? ポケットの中には薬の包装が入っていたはずです。いま見た映像の場面は、薬を服用して、不要になった包装を口から離していることろだったんですよ」

「えええぇ。そうですかあ?」

 口を挟むな、瀬戸。

「いかがですか、梅崎警部。能條が着ていた上着のポケットの中は調べたのです?」

「いま調べている最中だと思いますよ」

「いま?」

「検死官の到着が遅れましたからね。本当はわたしも検視に同席するはずだったのですが、小嶺さんから大事な話があると聞いたので、こうして――」

「あ。あぁあ……」そうか。おれのためにここで、話を聞いてくれているのか。

「とりあえず確認してみましょう。おい、赤間くん」

 赤間という制服姿の警官を呼び寄せて、梅崎警部はポケットの中身を確認してくるよう指示する。

 赤間はすぐさま駆けだし、検視が行われているホールのほうへ姿を消した。


 ——よし。

 いいぞ。


 これで能條のポケットの中から薬の包装がでてくれば、おれの推理は正しかったと承認される。毒殺犯を見つけだす手法と捜査方針は大きく変わるだろうから、参列した関係者たちはほどなく開放されるだろう。

 時計を見る。もうこんな時間だ。思いもしない事件が起こったせいで一時はどうなることかと思ったが、よい方向へと動きはじめている。


 ――きみだ。見つけたぞ、きみだ。きみは人殺しだ。


 あぁあッ、くそ!

 ちくしょう。

 なぜかふいに、あの三流探偵からいわれた言葉を思いだした。

 違う。

 おれじゃない。

 おれはやっていない。

 毒殺などしていない!

〝能條〟を殺してはいないが――


「大丈夫……ですか」

 呼びかけられて振り返る。

 見覚えのある顔の男性と目があった。

 誰だ? 誰だったろう。男性が頭をさげる。おれもさげて返す。

「鳥飼です」

 あぁあ、あの警察官か。三流探偵を連れてきた、あの警察官か。

「少し、よろしいですか?」鳥飼が問う。

 なにが〝よろしい〟のか考える気力がわかなかったが、とりあえず頷いて応える。

 まあ、いい。もうすぐわかるんだ。おれの推理が正しかったとじきに証明されるだろう。そしたらあの三流探偵にあって、ひとこといってやりたい。

 鼻を明かしたい。

 おれのほうが先に真相に辿り着いたぞ、と、あの三流探偵を嘲笑って見下したい。

「どうぞ、こちらへ」そういって鳥飼は唐突に歩きはじめた。

 え? 待て。待ってくれ。まだ赤間という制服姿の警官が戻ってきてないんだ――と思ったところへタイミングよく、透明な袋を手にもった赤間が駆け足で姿を現わした。

 どうやら袋の中身が、能條のポケットに入っていた〝なにか〟であるようだ。

 その〝なにか〟は、銀色に輝いていて、おれの推理したとおり薬の包装で間違いなさそうだった……が、

「これは、なんでしょうか?」

 赤間がいった。眉根を寄せて。袋の中身がよく見えるよう、梅崎警部へと掲げるようにもちあげて。

 おれは目を凝らして、顔を近づけた。

 袋に入った銀色の〝なにか〟を見る。

 注意深く見る。

 観察する――


 それは薬の包装ではなく、歪なかたちをした金属の欠片だった。

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