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第五話


          *


 頭をあげて。

 お願いだから、そんなことしないでよ。

 みっともない。

 そこまでしてわたしに黙っていてほしいんだ?

 はは。

 情けない。

 そんなあなたに惚れていた自分自身が情けないわ。

 ホント、情けなくて泣けてきちゃう。

 



          *


 本来ならば、会はすでに終了し、参列者が退出をはじめていたはずの時間になってしまった。

 会場のメインホールでは、検死官が到着して、ようやく検視がはじまったところだ。気がつくと目に映る人物の大半は警察関係者になっていて、濃度の薄まった関係者たちはというと、ひとりずつ名前を呼ばれて順番に聴取を受けている。聴取しているのは、短髪で、がたいのいい警察官。梅崎警部は少し前から姿が見えなくなった。

 簡易な仕切りがなされたステージ横のスペースに目を向ける――そこが聴取の行われている場で、現在聴取中である〈デッサンゼブラ〉メンバーの平賀の声がとてもよく聞こえた。

「ブレインはひとり暮らしですが、家には必ず誰か、女性を連れこんでいましたね」と、平賀。

 その話は、おれがもうしたのに。

 というか、ブレインではなく、ここは能條と呼ぶべきじゃないのか?

「実家は南区大池のそばだったと思います。両親はいま入院中だといってた憶えがありますよ。たしか、兄と妹がいて、妹のほうは近くに住んでたんじゃなかったかな」

 あぁあッ、くそッ!

 事件解決に結びつかない無駄な話ばかりしやがって。犯人だろ。いま優先すべき事項は能條を毒殺した犯人を見つけだすことだろ!

 時計を見てしまう。何度も、何度も。

 警察の捜査とは、こんなに時間がかかるものなのだろうか。駄目だ。待っていられない。誰かが――誰かがではなく、おれが――そうだ、おれが事件の謎を解き明かして犯人を突きとめ、参列者を解放へ導けば万事解決だ。あぁあ。そうだ。おれだ。おれがここで行動に移さなくてどうする?

 くそッ。

 考えろ。

 考えよう。頭を働かせるんだ。

 推理するんだ——


 シアンライプ化合物がグラスの中に入れられていた仮説は否定された。液体では不可能。では固形物だったらどうだろう。能條のまわりに食べものの類いは置かれていなかったので、料理等へ混入されていた可能性は極めて低い……けれども噛まずに飲み込むようなものの中に入っていたとしたらどうだろうか。たとえば錠剤とか。もしくはカプセルなど。シアンライプ化合物を用いて殺害するには有効な手なのでは?

 ……そうだ。きっとそう。それだ。犯人はその手を使ったんだ。

 もしも能條が常用薬を服用していたとして……いや、呑みの席での能條は、でたらめな呑みかたをするようなヤツだったので、常用薬との縁は薄そうだ。サプリも同様。そもそも能條が錠剤を常備しているのを目にしたら、周囲の連中は『危険ドラッグか』なんて揶揄していただろうから……危険ドラッグ? 危険ドラックか。騙されて貰ったそれを、毒物と知らずに飲んだ可能性は高いかもしれないぞ。どうだ? どうだろうか。口に入れる……だろうか? 会がはじまって早々の、あのタイミングで? バンドメンバーの死を悼むお別れ会の席で、危険ドラッグを服用したりするものだろうか。

 …………。

 いや。

 いいアイデアかとも思ったが、危険ドラッグの線も却下だ。

 ほかに考えられるとすれば、呑みすぎて二日酔いになることをおそれての胃腸薬の類い。この場合は呑む前に服用するのが望ましいので、呑みはじめだったあのタイミングで口に入れたとしてもさほど違和感は覚えない。

 それ……か?

 それだろうか。

 胃腸薬であると偽って、犯人は能條にシアンライプ化合物を手渡し、服用させることに成功したのか?

 だとすれば、誰だ。誰が能條を騙して、偽の薬を飲ませた?

 ——くそッ。

 もう一度見たい。見て確認したい。瀬戸健太という若い男性が撮影した、能條の映像を。

 そういえば、薬の可能性を思いついた所為かいまさらながらに思いだしたけれども、映像の中で能條は一度、グラスをもっていないほうの手を口元へ近づけたように思う。や、たしかに近づけていた。口に。口の中に。能條は間違いなく口の中へ指を入れていた。あのとき能條は騙されて貰ったシアンライプ化合物を口に入れたのだとしたら……

 ——あぁあッ、くそ!

 映像を。もう一度映像を確認させてほしい。

 どこだ。どこに行ったんだ、梅崎警部は。

 訊きたい。

 問い質したい。

 そしてもう一度映像を確認したい。


 たまらず近くにいた制服姿の警官に声をかけて、梅崎警部と話をさせてくれと頼み込む。鑑識官でもいい。現場に薬の包装が落ちていなかったかどうか訊きたいので会わせてくれと。

 しかし警官の反応は腹立たしいまでに鈍く、どことなく迷惑がっているようにも見受けられたので、深々と頭をさげて再度お願いする。

「……わかりました。少々お待ちいただけますか」警官は素っ気なく答えて背を向けると、じれったいほどゆっくりした速度で歩きはじめた。数メートル先に鑑識官と思しき男性が立っていたのに、声をかけずに通り過ぎたので、梅崎警部の元へと向かったようである。

 まあ、いい。

 焦るな。焦らずに待とう。流れに身を任せよう。

 ここで文句をいって、変に注目されたくはない。

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