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第三話


          *


 へぇえ。そうなんだ?

 そういうつもりだったんだ?

 いいよ。別に。わかってたことだし。

 当然覚悟はできてるのよね?

 自分だけなにも失わずに終われるなんて、まさか思ってたりしないよね?

 知ってるでしょ?

 わたしのこと。

 わたしがどういう女なのか、一番知ってるのはあなただもんね。



          *


「鳥飼と、その同伴者の無礼な振る舞いをお詫びいたします」ややあってサービスヤードに登場し、登場するなり低頭平身して詫びてきた男性は課長と呼ばれていたので、筒鳥署刑事課のトップであるようだ。名前は梅崎。階級は警部らしい。梅崎警部はおれを侮辱した三流探偵と、そいつを連れてきた鳥飼を即座に退出させた。賢明な判断だ。会うなり犯人扱いする三流探偵の話に耳を傾ける必要はないし――あぁあ、くそッ。思いだしたらまた腹が立ってきた。どういうつもりであんなことをいったんだ? やつが警察から信用を得ていたということが腹立たしくて仕様がなくて、そのことを鼻高々に語っていた制服警官も頭にくる。

「小嶺さんは、亡くなられた能條さんとは古くからのつきあいだとお聞きしましたが?」急に声の調子を変えて、梅崎警部が問う。

「高校からのつきあいですね」小嶺というのがおれの名だ。

「よくお会いしていたのですか」

「いえ。ときどき」

「ときどきとは?」

「年に数回程度ですよ」早速この場で尋問をはじめるのか。落ち着け。落ち着いて回答しよう。「全然違う職種に就いていますし、あいつは――能條はツアーで頻繁に都道府県巡りをしていましたからね」能條と親しかった者は沢山いるのに、おれから聴取をはじめたのは、あの三流探偵の発言が影響しているのかもしれない。感情を抑えて、平静を装う。能條がもがき苦しみはじめたとき、おれはすぐそばにいたのだから真っ先に聴取されて当然だ――そう自分にいい聞かせて。「ゆっくり会うような機会はあまりなかったんです。本当は今日、会がはじまる前に能條と会って話をするつもりでいたのですが、歯医者の予約を入れているからって断られましてね」

「歯医者ですか。そういえば小嶺さんは筒鳥大学第二病院にお勤めなのですよね? たしか、内科の……」

「外科医局員です。医師なのに、どうして能條を救えなかったのかとお思いでしょうけど」

「いえ、そういうつもりで訊いたのではありません。どうか誤解なきよう。そうですか。外科の先生でしたか」梅崎は恥じ入るように耳のうしろを掻く。その動作には演技しているような嘘っぽさがみられたが、口にだして尋ねるのはさすがに憚れる。「だから薬物による中毒死と即座に判断できたのですね。いかがでしょうか、小嶺さん、小嶺さんから見て、亡くなられた能條さんは……あぁあ、そうだ、能條さんのご家族に連絡しているのですが、誰とも連絡がつかなくて。もし小嶺さんがご家族の所在地や連絡先をご存知であれば――」

「や、いまは、いまはそれよりも、犯人を見つけだすことが先決でしょう?」早口になってしまったが仕様がない。「この建物の中に能條を毒殺した犯人がいるんですよ? 優先するべきなのは、参列者全員の所持品からなにから徹底的に調べることじゃありませんか。あの探偵はおれを名指ししましたが――」もちろん、やったのはおれじゃない。こんなにも大勢が集まった場で、それも能條のすぐ近くにいて殺害を実行に移しようものなら大馬鹿野郎だ。「当然、おれも徹底的に調べていただいて構いませんよ。ただし、おれが能條の殺害を図るなら、バンドメンバーのお別れ会の席なんて選びませんけどね」

 今日でなくとも、機会はいくらでもあるのだ。スケジュールさえあえば、能條と会うことは容易である。や、容易だったと過去形でいうべきか。もし、おれが仮に、能條に恨みをもっていたのなら、人目につかないところでひっそりと殺っただろう。もちろん入念な計画をたてて、慎重に行動して、疑われる余地のない確固としたアリバイをつくったうえでだ。わざわざ会の途中で毒を盛るなんてことをせずとも、おれはいつでも……

 ――いや。違う。

 おれじゃない。

 おれが殺したわけではないのに、『おれだったら』なんて推測を働かせるのは無駄だ。時間の無駄だ。貴重な時間を浪費してどうする。おれとは立場が異なる、能條との関係が大きく違っている〝何者か〟が殺したんじゃないか――毒物を用いて、能條を。

 つまり、

 つまりは、

 選択された殺害方法から察するに犯人は、

 その〝何者か〟は……

「どうしました?」と梅崎警部。

 覗き込まれるように見られていることに気がついて、慌てて両手で口を隠し、空咳をした。

「もしや、なにか気になることでも?」

 さらに覗き込むような前のめりの姿勢で尋ねられる。

 気になること。おれはそんな表情をしていたのだろうか。気になること――というのは少し違う気がするが、思うことはある。閃いたことは。

「……小嶺さん?」

「はい。あ、あの……」

 首をすくめて周囲を見回し、近くに〝疑わしき者〟がいないことを確認してから、いま閃いたばかりの事柄を梅崎警部に語ってみる。

「能條を毒殺した何者かは、今日、この場でしか、実行に移すチャンスがなかったんですよ。でなければこんなにもリスクの高い、大勢がいる中で毒を盛ろうなんて考えは普通もちませんよね? そう考えると、能條と近い間柄の者は容疑者リストから外していいと思うんです。親しい者ほど容易に会えますし、会える回数がチャンスの数でもあるんですから」

 能條と頻繁に会ってはいなかったが、会おうと思えば会うことができたおれも、必然的に容疑者リストから外れる。

 いいぞ。

 ひょっとするとあの三流探偵よりも、おれのほうが優秀じゃないか?

「なるほど。能條さんとの接点が希薄な者にとって、今日開かれたお別れ会は顔をあわせるまたとないチャンスですからね。とすると、能條さんとは面識のない、それこそ参列したファンのひとりから毒殺されたとの見方も強まってきますねえ」

「まあ、可能性としては」

「しかし、能條さんをはじめとするバンドメンバーには、親しい者しか近寄れなかったのではありませんか」

「え? あ、あぁあ……」そうだ。いわれてみればたしかに。参列したファンと能條との間は、容易に行き来できないようになっていた。能條ら〈デッサンゼブラ〉のメンバーが使っていたのは、ステージに向かって右側にある、通常はDJブースとして利用されている一段高いスペースだった。〈筒鳥ホワイトスタジオ〉のメインホールに集まった一般の参列者が移動を許されていたのは、ライブで使用された楽器や衣装が展示されたステージ周辺と、写真パネルや資料が置かれたスペース、そして献花台の前――パスの未所持者がDJブースに近づこうものなら、すぐさまスタッフか警備員に呼びとめられていたはずだ。梅崎警部が指摘したように、能條へ近づいてグラスに毒を入れることができたのは……

 グラス?

「毒物は能條の使っていたグラスの中から見つかったんですよね?」

「検分が終わっていませんので、現時点ではなんとも」と梅崎警部。

 捜査への影響を考慮して回答を避けたのかもしれないが、おれはこの目で見ていた――能條が悶え苦しみはじめたとき、手にはグラスが握られていたのだ。毒はグラスの中に混入されていたのだろう。能條のグラスに触れるには、DJブースの中に入らなければならない。つまり犯人は、DJブースへのパスを所持していた関係者もしくは親しい知人であり、それでいてここ最近、能條に近づくことが叶わなかった〝近しいけれども遠い〟人物だ。

 ははは。どうだ? どんなもんだ? 短い時間で被疑者の相当な絞りこみに成功したぞ。おれは意外と探偵業に向いているのかもしれない。あんな三流探偵よりも才能があって、名探偵として名を馳すことのできる優秀な人材であるのかも。

 梅崎警部に声をかけて、自身の推理を語って聞かせる。バックステージパスを所持していたのに、能條へは容易に近づけなかった人物――その者を名前を口にだして、ビシッといってやりたいところだが……残念なことに、対象の人物は〝ひとり〟ではない。

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