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第二話


 時計を見る。午後八時一〇分。着慣れていないジャケットのせいで肩がこりはじめた。脱げばすむ話ではあるが、警察官に命じられて留まっている場所がステージ横の一段高いサービスヤードなので、外気にさらされており、吐く息が白い。

 つまりは寒い。

 制服姿の警官に目を向けると、眉間にしわを寄せてじっと寒さにたえている様子だった。仕様がない。文句はいわないでおこう。それにしても、なぜ、このような場所で待機させられているのか――同空間には、能條次郎と関係の近かった者が一〇名ほど集められていて、出入り口を塞ぐようにして複数の警官が立っている。なんだか処刑待ちしているようで、気分は良くない。

「みなさん。お待たせしました」

 ステージへ通じる階段を登りながら明るい声で呼びかけてきたのは、能條が死亡した際に、場を取り仕切っていた警察官だった。名前は鳥飼といっただろうか。鳥飼の背を追うようにして、顔が赤らんでいる長身の男性がゆっくり歩いてくる。男性はかなり呑んでいる様子なので、おそらく、会に参列したファンのひとりだろう。現場検証でホールから追いだされた参加者の多くは、エントランスホールに設置されたバーへ移動したはずだから、アルコールの類を口するのはごく自然な流れ――だとは思うが、そうした者のひとりがさんざ待たせた警察官に続いて登場するのは解せなかった。まさか鳥飼と同じ警察官であるとは思えないし、そうであればまた別の問題が発生する。

「あとをついてきている男性は、誰ですか」

 近くにいた制服姿の警官に尋ねてみた。

「ご存知ありませんか?」と警官。知っていなければおかしいというようないいかただ。有名人なのだろうか。参列者の中にはメジャーなアーティストも含まれていたが、男性の顔に見覚えはない。「探偵のかたですよ」

「――は?」探偵?

「フレグランスのメンバーがストーカー被害にあっていた事件を、解決へと導いた探偵のかたです」

「フレグランス――」というのは、C Mや音楽番組で時々見かける女性三人組ユニットだ。メンバーのひとりが酷いストーカー被害にあっていたことは、ネットニュースで見た憶えがあるけれども、「ストーカー犯の逮捕に、探偵が協力していたというんですか?」冗談だろ? ミステリー小説じゃあるまいし。

「……あれ? 音楽関係の、かたですよね?」声のトーンがさがり、訝しげな目を向けられたので、慌てて表情を取り繕う。音楽業界では、知っていて当然の有名な話であったようだ。

「いえ、違うんです。わたしが会に参列したのは、バンドのメンバーと個人的なつきあいがあったからでして。音楽とは縁のない仕事に就いているんです。ですので、そういった話は――」よくわからないし、音楽業界の知りあいは〈デッサンゼブラ〉のメンバーしかいない。

「そうでしたか。それは失礼しました」警官は口の端にわずかな笑みを浮かべて長身男性のほうへ目を向けた。「とても優秀な探偵さんなんですよ。優秀というよりも、神がかっていますね。あの人が謎解きする場面を、実際に見た者でなければ信じがたい話ではありますが……なにしろ、対象をひとめ見ただけで、その者が犯人であるか否かをいいあててしまうのですから」

「――は?」

 犯人をいいあてる?

 ひとめ見ただけで?

「すごい人なんです」

「すごい、って……」

 なにをいっているのだ、この警官は。

 冗談をいっているのか。ひょっとしておれは揶揄われているのだろうか。それこそ小説や映画、漫画の中でしかあり得ないようなことをさも当然といった口調で……いや、待て、待てよ? 最近読んだミステリー小説の登場人物で、ボディランゲージを分析して真偽を判断する者がいたな。相手の表情や仕草、声のトーンなどから真偽を見抜くのは、実際、ある程度可能ではあるようだ。そういった能力をあの探偵が身につけているとしたらどうだろう。ひとめ見ていいあてるというのは俄かに信じがたいが、この警官が誇張して話しているのなら一笑に付すのは早計だ。

 探偵と紹介された長身の男性が、そういった才能、もしくは訓練を重ねて優れた観察眼を身につけた者である場合、いま、ここに、能條と親しかった者たちだけが集められている場所に連れてこられた、その理由は――

「能條の死は〝他殺である〟と、警察はみているわけですね?」

 問いかけに対して警官は無言で返したが、そもそも能條は自殺するような男ではないし、毒物による事故が起こり得るような会でもないので、他殺しか考えられない。とすれば、警察の信用を得ている優秀な探偵の登場は望ましい展開だ。犯人を見つけだして、事件を無事に解決へと導いてくれれば、足どめされている参列者はすぐに解放してもらえる。もちろん、おれもだ。できれば当初の予定どおり、会の終了予定時間に自由の身となることを期待したいのだが……どうだろうか? 探偵に目を向ける。眠そうに目を擦っている。しかしこの場に連れてきた鳥飼という警察官の表情から判断するに、絶対的な信頼は得ているようだ。探偵は顔をあげ、姿勢を正して一同を見渡した。ひとりの女性に目をとめて、眉をひそめる。

「おぉ」思わず声にだしていってしまった。

 探偵が目をとめたのは、能條と親密な関係にある女性のひとりだったからだ。能條の女癖は最悪で、おれの知る限り、この場にいる女性の三人と、能條は肉体関係にある――と思った矢先に、二人目の女性に目をとめて、探偵は顔をしかめた。

「……ほお」

 面白い。期待以上だ。ひとめ見ただけで犯人を特定とまではいかないが、男女関係を嗅ぎつける能力には長けているらしい。この調子で、被疑者たり得る、能條に恨みをもっていそうな人物をテンポよくピックアップしてくれれば願ったりだ。

 それにしても……よりによって、なぜ能條が殺されたのだ? それも今日、この場所、このタイミングで。手をくだすには、もっと条件のいい時間と場所がいくらでもあるだろうに。

 袖をめくって腕時計に目を落とす。時間は駆け足で過ぎ去っているけれども、危惧するほど長くこの場に足どめされないかもしれない。期待しよう。期待するほかない。すこぶる優秀と噂されている探偵は、どのくらいの時間で真相に到達し、真犯人を指摘してくれるのだろうか。評判以上の活躍を期待して唇を噛みながら顔をあげる――と、目があった。探偵と。

 おれを指差して、探偵は高らかにいう。

「きみだ。見つけたぞ、きみだ。きみは人殺しだ」

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