第九話 湯タンポ
ブックマークや感想をありがとうございます。
今回は……ほのぼの?(悲鳴は上がるけど)
それでは、どうぞ!
「ん、む……」
何だか、体が随分と暖かい。いや、何か暖かいものが体に密着しているらしい。
(湯タンポでも使ってたっけ?)
ぼんやりとした頭で、自室にあるペンギンのカバーをかけた湯タンポを思い浮かべる。
(……いや、でも、湯タンポって、こんなに大きくない)
しかも、質感も全く違う。ちょっとフワフワしたカバーの湯タンポとは違い、こっちは何だかゴツゴツしている。
まだ目を開けられないながらも、それをペタペタ触ると、何やらそれが震え出す。
(? スマホ? じゃないよな?)
小刻みな震え具合が、ちょうどスマホのバイブのようだったため、それが思い浮かんだものの、それにしては形も大きさも違い過ぎる。
「ん……」
「カイト? まだ眠いのか?」
しかも、それは何やら声を発していて……。
(声?)
それは、聞き覚えのある声。低く、重厚なその声に、俺は早く目を覚ませと頭の中で警鐘が鳴り響くのを確認する。
「ん……?」
「おはよう、カイト」
目の前には、強面のドアップ。翡翠の髪にルビーの瞳を持つライナードがそこに居て、寝起きで回らない頭は大混乱に陥る。
「……」
「……可愛い」
ハクハクと口を開いて何も言えない俺を前に、ライナードはポツリとそんな言葉を溢す。
「う」
「『う』?」
「うわぁぁぁあっ!!」
ようやく出てきた叫びは、色気の欠片もないもの。しかし、考えてみてほしい。誰が、こんな状況になってまで演技を貫けるというのか。女性らしい『きゃあぁぁあっ』という叫び声を上げられなかった俺を責める奴は、一度同じ経験をしてみれば良いと思うのだ。
「む、危ない」
「おわっ」
ライナードから離れようと後ろに下がれば、ライナードはその太く逞しい腕を伸ばして、俺を抱き寄せる。
「は、離せっ」
「? それが素か? それも素敵だ」
(可愛いとか素敵とか、大丈夫か? こいつっ)
いや、むしろ大丈夫じゃないのは俺かもしれない。散々夜這いを警戒してほとんど眠らなかったのに、ここは安全だと思って眠ったのが不味かった。恐らく、今、俺は貞操の危機だ。
「や、やめっ」
「すぐに朝食を用意させる。着替えはあちらのタンスに準備しておいた。侍女を呼ぶから、手伝ってもらうといい」
無理矢理奪われることを思って体を硬直させると、何やら予想外の言葉が降ってくる。
「えっ?」
「む?」
俺が疑問を口にすれば、ライナードも不思議そうにこちらを見返す。
「あ、の……えっと、何で、ライナードさんはここに?」
「? 自分の部屋だからだが。それと、さんはいらない」
(うん、自分の部屋だからっていうのは分かる、けど……)
「何で、お……私の側に?」
「寒そうだったからだ」
思わず『俺』と言いそうになりながらも問いかければ、ライナードは事も無げにそうのたまう。その表情は分かりにくいが……多分、嘘ではないだろう。
「そ、そう、ですか……」
「……できれば、素のカイトと話したい。敬語もいらない」
「……善処、する」
さすがに『俺』と言うわけにはいかないものの、男口調が素なのだということにしてしまえば、ほとんど演技の必要はなくなるわけで、そこそこ楽になるはずではあった。
(問題は、この三ヶ月くらいで女の口調がわりと出やすくなってるってことだが……すぐに戻りそうだな)
多分、咄嗟の時に出るのは男口調だから、すぐに元に戻るだろう。
「それと……カイトは、片翼について、どこまで知識がある?」
「『かたよく』? 何? それ?」
「……分かった。食後に話そう」
そう言われて、ライナードは着替えが終わるまで外で待つと告げて部屋を出ていく。
(……うん、ライナードは紳士だった)
一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。きっと、寝てる間に寒そうにしていた俺を見つけて、ベッドに運んで……そうしたら、ライナードの寝る場所がなくなって、仕方なく側で眠っていたとか、その程度のことだったのだろう。
着替えを手伝うと言う侍女達が入ってきて、俺はそれを必死に断ろうとしたものの、女ものの服、しかも、本格的なドレスの着方が分かるはずもなく、結局は全て手伝ってもらって、足元がスースーする萌木色のそれを着せてもらう。もちろん、顔を洗ったりだのというのはその前に済ませて……ドレスを着終わった後は、軽く化粧まで施された。
「それでは、ごゆっくり」
かっちりとした騎士服を身に纏ったライナードが入ってきて、朝食が運ばれてくる。退出する侍女達を横目に、俺はその料理へと目を向けるのだった。
何というか……海斗ちゃんは抜けてるし、ライナードは天然だし、何だかんだでいいコンビになりそうです。
次回はライナード視点の予定。
それでは、また!