第四十三話 涙
ブックマークや感想をありがとうございます。
ちょっと遅くなりましたが、更新です。
今回で、とりあえずこの章は終わり、かな?
それでは、どうぞ!
「ライナード、あの……まだ?」
「もう少し……」
「あ、あぁ」
現在、俺はライナードにギュウッと抱き締められている。一昨日、目が覚めて、少しずつ体を動かしている俺だが、その一昨日からライナードの様子はおかしかった。
「その、もう、良いか?」
「まだ」
俺を抱き締めたまま離さないライナード。一昨日から、俺が眠って目が覚める度に目を潤ませて俺に抱きつくのだ。
(無理も、ないのかな?)
聞けば、俺は魔本に襲われて、一週間以上眠っていたらしい。そして、そこからライナードはずっと付きっきりで俺を看病し続けたという。
「すまない。だが、どうしても不安で……また、カイトが目を覚まさなくなるのではないかと、不安が拭えない」
そう告白するライナードに、俺は随分と心配をかけてしまったのだと、改めて認識する。
一昨日から、俺は一度として一人になることはなかった。もちろん、まだあまり動き回れないから、誰かの手助けが必要なのはあるだろう。しかし、それを入れても、ずっと監視されているようなこの状態は異常だ。特に、リュシリーなんかは、瞬きをしているのか不安になるくらい、ずっと俺を観察してくる。
(ライナードだけじゃない、色んな人に、心配をかけたんだ……)
日本に帰れないという絶望は、未だ、俺の中で燻っている。しかし、このライナード達の反応は、俺の心を少しだけ、温めてくれていた。
書庫で何が起こったのかは、すでにライナード達には伝えてある。ライナードは、まさか魔本が自分の声真似をして俺を引き寄せたなどとは思ってもみなかったらしく、かなりショックを受けた様子だった。それもあって、ライナードは俺から離れられないのだろう。
「もう、大丈夫だ」
「そう、か……なら、ちょっと着替えたいんだけど」
「分かった。リュシリーを呼ぼう」
ようやく俺を逞しい腕から解放したライナードは、見た目だけは落ち着いた様子で立ち上がり、サイドテーブルのベルを鳴らす。
「ライナード、私はもう、どこにも行かないよ?」
(実際、俺は、どこにも行けない)
その一言を告げると、ライナードはピタリと動きを止めて、こちらをじっと見つめる。
「……カイトの故郷は、異世界だと聞いた」
「……あぁ」
(そっか……ライナードは、知ってる、んだよな)
莉菜ちゃんことリリスさんや、ローレルさんが転生者として俺に呼び掛けていた時点で、俺が異世界から来たことがバレていることくらい理解していたが、こうして改めて言われると、少し衝撃がある。
「俺は、カイトを元の世界に帰す方法を知らない」
「そう、だな」
実際、そんな方法はない。いや、あったとしても、俺には意味のないものだろう。ただ、諦めの悪い心が、俺を苦しめるだけだ。
「だが、その方法を探してやることはできる」
「……もう、良いんだ。あっちの世界で、私は、死んだことになっているみたいだから……」
俺を襲った魔本は、『真実の魔本』と呼ばれているらしい。『真実の魔本』は、真実しか映し出さない。エルヴィス達の会話だけなら、エルヴィス達が元の世界に帰す方法を知らないだけだと思うことはできた。そして、実際にその可能性がないわけではない。
しかし、家族が嘆くあの声だけは、別だった。どう頑張っても、俺は死んだことになっている。だから、帰りたいとは思っても、実際に帰ることはできないのだ。
「っ、それ、は……」
「魔本が、私の家族が嘆く声を届けてくれたよ。私は、事故で死んだらしい」
感情を押し殺して淡々と俺は告げる。だって、今はそうするしかない。俺は、もう、この世界で生きていくしかないのだから。
すると、ふいに温かな腕が俺を引き寄せる。
「今は、誰も見ていない」
ポスッとライナードの胸板に顔を押し付ける形になった俺は、その言葉に、心がフルリと震えるのを感じる。そして、トン、トンと、優しく、優しく、背中を叩かれる。
「ライ、ナード……?」
問いかけても、返ってくるのはリズミカルに背中を叩かれる感覚だけ。温かくて、心地よい沈黙。たったそれだけなのに……俺の涙腺は大きく崩壊する。
「う、あ、ぁ……」
泣くなんて、あまりにも久々過ぎて、どうすれば良いのか良く分からない。後から後から流れ落ちる涙。頭の芯はボーっとして、上手く働いてはくれない。ただ、悲しくて、辛くて、苦しくて……俺は、声を嗄らすほどにずっと、ずっと、泣き続けた。
海斗ちゃん、しっかり泣いて、少しは気持ちが晴れてくれると良いなぁ。
それでは、また!




