第百十八話 小さな嫉妬
ブックマークや感想をありがとうございます。
今回は……ブラックコーヒーが必要かも?
それでは、どうぞ!
デート前までは、ライナードに気持ちを打ち明けるべきかどうかで悩み続けていた俺は、いざ劇が始まると、そちらに夢中になって、少しの間だけ、それを忘れていられた。しかし……。
「カイト……」
「っ……」
色々なデートの約束ができたことに浮かれていると、なぜだかライナードは、とんでもない色気を発しながら俺の名前を呼んでくる。その目はどこか欲望を抑えようとして抑えられないといった、ギラギラとしたもので、そんな目で見つめられると、どうしようもなく胸が高鳴る。
「ラ、ライナード? ど、どうしたんだ?」
「……すまない。カイトが、愛し過ぎて……」
(ノォォォオッ!)
長く硬い指が、向かい合った俺の頬をスルリと撫でてきて、心臓の暴走が激しくなる。
(何? 何でっ? 何がスイッチだったんだ!?)
全くもって、ライナードの考えが分からない俺は、とにかく殺人的なドキドキを何とかしようと深呼吸をしかけて……。
「可愛い」
「ふぎゅっ」
蕩けるような笑みを浮かべて発言したライナードに、心臓が活動停止の危機に陥る。
「ライナード……あの、えっと……何が、あった?」
「む? 特に何も?」
意を決して尋ねるも、ライナードは首をかしげて『何も』なんてほざきやがる。
(んなわけあるかぁっ!)
しかし、本人に否定されてしまえば、それ以上の追及はできない。唯一できることといえば……。
「えっと、ちょっと、トイレ……」
「む、分かった。ここで待っている。気をつけて」
「う、ん」
何を気をつけるのかは分からないが、とにかく今は、戦略的撤退だ。今のライナードはヤバい。とにかくヤバい。一度、体勢を立て直す必要がある。
「ふぅ……落ち着け。落ち着くんだ……」
運良く誰も居なかったトイレで、俺は鏡を前に赤く染まった頬へと手を当てて自分に言い聞かせる。
(ライナードが可愛いと思うことはあったけど……あんな、色気は初めてだ)
何がきっかけでライナードが豹変したのかは不明だが、あれに晒され続けるのは危険だ。あのままだと、無意識に告白してしまいかねない。
(うぅ……思い出したらまた、心臓が……うあぁ……)
顔の火照りは、一向に治まることなく、心臓の鼓動も何度もあのライナードの表情を思い出しては跳ね上がってしまう。
(作戦っ、作戦、考えないと!)
このままでは、明らかに不味いと、俺はゆだった頭を必死に働かせる。
今居るのは、前回の観劇の後にも訪れた喫茶店だ。とりあえず、注文したものは全て届いており、あともう少しで飲み終えるところでもある。
(そうだっ。さっさと飲んで、街を歩けば少しはマシになるかもしれないっ!)
きっと、じっとしているから。そして、対面した状態だから、こんなにドキドキが止まらないのだ。街を歩いていれば、きっと、多分、意識が逸れる……はずだ。
途中、少し自信がなくなってはきたものの、短い時間で考えられる作戦など、この程度のものだ。
「よしっ」
そうと決まれば、さっさと戻って、ライナードに街を案内してもらおうと、俺はトイレから出て……それを目撃する。
「えー? 私達と一緒の方が良いですよぉ」
「そうそう。ねっ、おにーさんっ。デートしましょっ」
そこには、二人の女性に言い寄られているライナードが居て、先程までのドキドキ、フワフワした気持ちが、冷水を浴びせられたように一気に冷える。
「断る」
「そんなこと言わないでさぁ」
「私達とイイコトしましょ?」
ライナードが断ってくれたのは嬉しい。しかし、ライナードにまとわりつく二人の女性に苛立ちが募る。
俺は、その苛立ちを懸命に抑えながら、ライナードの元へと早足で歩き……。
「お待たせ。ライナード」
どうにか笑顔を作ってそう言えば、途端に、ライナードは仏頂面から花が咲いたのかと思うくらい、鮮やかに、素敵な笑顔を見せる。
「カイトっ」
俺の姿を前に、すぐに立ち上がり、ズンズンと近寄ってきたライナードは、そのままガバリと俺を抱き締める。
「カイトと離れているのは、寂しい」
切なそうなその声に、俺はようやく治まりかけてきたはずの心臓の鼓動が、また、ズキュンという衝撃とともに速くなるのを感じる。
「え? あれ? もしかして、片翼が居る人だった?」
「あー、あの様子だとそうみたいね……他を当たりましょう」
「そうね」
ライナードに言い寄っていた女性達は、何やらコソコソと話し合って去っていったようではあったが、俺はもう、それどころではない。
「ラっ、ライナードっ!?」
「カイト……」
どうにか抵抗しようとライナードの名前を呼ぶものの、それをした結果は、さらにライナードから抱き込まれるということだけだった。
(あぅ……)
そうして俺は、完全にオーバーヒートを起こし……ライナードの腕の中で撃沈するのだった。
前回のお話で、海斗ちゃんが自分を想ってくれているかも、と感じちゃったライナードは、気持ちを抑えきれていない模様……。
と、いうか、抑えているつもりはあるんでしょうけどね?
さぁ、海斗ちゃんの陥落は間近ですっ。
それでは、また!