殿下と呼ばないで
昔。
ひとりの少女が勇者として魔王と戦った。
ここまではどこにでもあるオハナシ。
でも、その勇者はあろうことか魔王に一目惚れして寝返ってしまった。
所謂悪堕ち勇者と魔王は瞬く間に世界を征服してしまう。
結果……
各々交流の無かった世界の各種族は魔王の下に統一され、経済的にも文化的にも発展してゆくことになる。
もちろん、各種族の自治独立を求める声もあるには、ある。
あるにはあるがしかし、魔王の統治による治安の安定や経済的な豊かさと引き換えにしようとまでするのは、一部の老人や上流階級、自らの種族こそが至高の存在だと信じる者くらいで、大多数の一般人は今ではそういった独立主義者を疎んじるようになっている。
……ほんの、20年くらい前のお話。
ついでに、ウチの両親の馴れ初め話。
え? どこに両親出てきたかって?
うん、だから、勇者(笑)と魔王(笑)。
まぁ、だから、俺って一応は王子様(笑)なんだよね。
え? さっきから(笑)を付けてる理由?
シラフでやってられないからだよ!
コレがもっと小さい頃からちゃんと王族の教育とか受けてたら違ったと思うよ?
でも、ウチの両親勇者(笑)と魔王(笑)の癖に、「庶民感覚を養う」とか言ってごく一般的な教育しかされてなかったんだよね。だから、自分の事を本気で一般人だと思ってたんだ。
……あー、いや、まぁ、金持ちだとは自覚してたよ?
使用人とかいるしさ。
それでも一般人だと思って生活してたのに、イキナリ「君は王族です」って、どこのマンガだよ!? ってなるだろ?
え? 城に住んでるだろ?
それが俺の家って、普通の住宅街のちょっとだけ広い一軒家なんだよね。
……王子だ。って聞かされた時に、実は俺の家じゃなくて、俺の部屋だった。って知らされたんだけどさ。
住宅街の一軒家が。だよ? 中で城に繋がる転移扉があるんだよね。知らなかったけど。
両親も城は堅苦しいとか言って、俺の家……じゃなくて部屋に入り浸ってるからね。疑いすらしなかったよ。
ていうか、母さんはまぁ元は平民だから分からなくもないんだけどさ。なんで父さんまで城嫌がるんだろうね。正真正銘の王族なのに。
え? それを言うなら俺も? デスヨネー。
いや、俺だってそれなりに自覚持たないといけないとは思ってるよ? けど、王族なの知らされたのって、中学卒業式の夜なんだよ。
まだギリギリ1ヶ月経ってないの。
だから、こう、王子様(笑)的な振る舞いとかそういうのはカンベンして欲しいワケ。
だから、まぁ、要するに……
「代表挨拶は辞退させてもらいます」
これから入学する高校の校長室。
突然呼び出されたから何かと思えば、入学式で代表挨拶しろ。って……一般人の俺にはキツイよ。
ああ、一般人じゃないんだったな。慣れねぇ!
「しかし、入試で満点をとったのは殿下だけでして……」
ヤメテ。殿下とかやめて。
校長先生に敬語使われるとか、どんな状況なんだよコレ。
「えー、でも首席って発表された人、他にいましたよね? 名前は覚えてないですけど」
校長先生は俺だけが満点とったとか言うけど、合格発表で主席と書いてた名前俺じゃなかったんだよね。
俺が満点なら、首席サマも満点だろ?
「ナロシュですか……彼は、その……平民でして……入試では加点が……ソレに、その、殿下は王族ですので、できて当然と言う事で減点されてまして……」
申し訳なさそうに言う校長先生。
つまり、俺が王族(笑)で、首席クンが平民だから、俺が満点とっても首席じゃなかったと。
つか、平民て加点されるのかよ。で、王族は減点? 貴族も爵位に合わせて減らされる? 聞いてねーよ。それに俺、試験当時は平民のつもりだったんですけどー?
けどまぁ、おかげで首席を回避できたので、このシステムには感謝だ。
うん、確かに王宮魔術師とか王立研究所のスタッフが家庭教師してくれたんだから、できて当然だよな。
んな超ハイスペック受験勉強させられてたの知ったの1週間前だけど!
中学のテストも普通に難しかったんだよね。俺に合わせてレベル上げてたらしい。……クラスのみんな、迷惑かけたな。
「あー、ほら、王族(笑)だからって、首席と発表された人を差し置いて代表挨拶するってのもカンジ悪いじゃn……ないですか! だから、代表挨拶はその首席の人にお願いします」
名前聞いてもパッと覚えられないので、イマイチ締まらないなぁ……
「おお、流石殿下! 素晴らしい心がけでございます!」
単に挨拶押し付けてるだけなんだけどね。
「では、代表挨拶とは別枠で殿下の挨拶を……」
全力で止めた。
◇
入学式の日。
どうにか人前でスピーチをするなどという無理ゲーを回避した俺は、式が行われるホールにやってきた。
──遅れたら大変だと早めに来たのだが、少々早すぎたかもしれない。未だホールに並べられた椅子に着席している生徒は少ない。その少ない生徒たちは全員前から詰めて座ってるようで……このままでは最前列に座ることになりそうだ。
ソレは避けたいので、どこかで時間を潰して……
「ソコのキミ、早く席につきなさい。前から詰めて、ね」
「あ、はい」
先生らしき人に見つかってしまった。
大人しく自分のクラスのエリアに向かうとする。
案の定、最前列の席が空いていた。
しょうがないので、ソコに座る事にする。
「お、キミも1組か?」
「ああ。席、ココで合ってるよな?」
「そのはずだぜ。……とはいっても、誰も来ないからちょっと不安になってたんだ。安心した」
そう話しかけてきたのは、先に座っていたエルフの……男子だった。
こういう場合、女子とお近付きになるものだと思うのだが、現実は非情である。
「……何残念そうな顔してるんだよ? もしかして、女子だったら良かったのにとか思ってるか?」
「──お前、他人の思考が読めるのか? なんて、な。分かりやすかったか?」
「結構、あからさまだったぜ」
あー、一応王族(笑)だから、顔に出ないように訓練しないとなー。いや、誰に言われたわけでもないけど、イメージ的に。
「ま、同じクラスになったよしみだ。仲良くしてくれ。俺はモブーって言うんだ」
「ダムドだ」
互いに握手する。
モブー、モブー、モブー。
うん、多分覚えた。
俺も普通に名乗ったけど、俺の名前は世間一般には知られていないからな。
そのうち公表することになるんだろうけど、俺自身が王族(笑)の自覚もないのに、祭り上げられるのは困る。
なので、校長先生にも俺の素性は学校内では内緒にするように頼んである。
──なんか、妙に感心されて過剰に評価されてるみたいだけど。
「そういえば、知ってるか?」
「何を?」
「今年は王子様も入学するんだって!」
「へ、へぇ……」
あー、そうだよね。噂になるよね。
「なんだよ、興味ないのか?」
「い、いやぁ、なんていうか、実感が湧かなくてさ」
俺が王族(笑)なんて。
「まぁ、そうだよな。表舞台に出てこないから、顔どころか名前も知らないから、紹介されても実感沸かないかもな」
「だ、だよなぁ」
すみません。俺がその表舞台に出ない王子(笑)です。
「今年の首席が王子様なんだろ? 代表挨拶するらしいじゃん。楽しみだよな」
「え? なにそれ初耳なんだけど?」
首席の人って、平民て話だったはずだけど。
……まさか、父さんの隠し子とか?
「いや、王子様なんだから首席だろ? 俺と同じ中学のヤツも言ってたし」
「王子だからって、首席とは限らないんじゃぁ?」
「いや、ソレはないだろ」
「さ、さよか……」
事実首席じゃないんだけど……うん、コレは俺がその王子です。何て言える雰囲気(誤字でも変換できる)じゃないな。……最初から言うつもりも無かったけど。
◇
そんなこんなで、入学式は滞りなく終わった。
首席のナロシュ君はなかなかに堂々とした代表挨拶をしていた。──アレで平民だ。っていうんだから、恐れ入る。流石首席。
「いやー、流石王子様だったなー。俺ら平民とは違うっていうか……」
モブー君や。彼も平民なんだぜ?
そして同意を求めてる俺こそが王子(笑)なんだぜ? 本人が信じてないけど。
「そんな事より、次お前だぞ」
「え、マジ? あー、はいはい、ココにいますー!」
何をしているかというと、体力、魔力測定だ。
入学式の後に測定をやって、その成績で実技系の組分けをするらしい。
座学はともかく、実技は実力の近い者で固まって授業する方が効率が良いかららしい。
……中学までは普通にクラス毎に授業やってたのにな。
そんな事を考えている間に俺の番になった。
「では殿下、お願いします」
「……殿下はやめて。普通に名前呼んで」
「流石ですな。では、そのように」
いや、何が流石なんだよ?
単に小市民なだけだよ!
まぁ、教師は俺が王子(笑)だ、って知ってるよね。
一応、今も小声で対応してくれたし、俺が王子(笑)だと触れ回らないでくれてるのは、ありがたいね。
──さて、いっちょやりますか。
この測定は射撃系攻撃魔法測定だ。
遠くの的に向かって魔法を撃って、その威力を測る。
──ボン!
うん、狙い通り。
綺麗に的を破壊できた。
「──無詠唱な上に術式移行もスムーズですね。流石です」
いや、あんま褒めないでよ。
これくらいなら同じ中学の連中ならみんなできたし。
「それにしても、殿下の実力ならこの訓練場を爆破するほどの威力も出せたのでは?」
だから、殿下はヤメテ。それに……
「昨日今日魔法が使えるようになった子供でもあるまいし、そんな暴発はさせませんよ。この測定は魔法制御技術も測っているんでしょう?」
「まぁ、そうなんですけどね。たまーに……」
ドガァァァァァーーーン!!!
耳をつんざくような轟音が隣の演習場から聞こえてきた。
というか、隣との壁に大穴が開いていた。
「……こうして施設を破壊するような輩がいるのです」
「……いや、俺こんなバカじゃないから……」
壊された施設の壁の向こうから何故かよく通る声が聞こえてくる。
「あれー? 俺、またやっちゃいましたかー?」
……アレって、ナロシュ君か?
何で首席の癖に魔法暴走させてるんだよ!?
つか今「また」って言ってたか?
何回もやらかしてるの?
こんなのとこれから同じ学年で過ごすの?
……絶対、実技の組は分けてもらおう。
こんな制御不安定なヤツと同じ組とか、悪夢でしかない。
それこそ、王族の権威でも何でも使って、絶対に別にしてもらおう。
──そう、硬く誓った。